第11話 現金書留が2通届いているのでサインお願いします
――天原衛
3月25日。
日課となっているミ・ミカ達との練習試合を終えて居間で寛いでいると、珍しくインターホンがピンポーンと高い音を鳴り響かせた。
「マモちゃん、私達、手が離せないから玄関の方お願い」
「はいよ」
台所で料理をしている恵子に言われてコタツから抜け出した。
ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオの3人を迎え入れて7人暮らしとなった天原家だが、最近俺は台所に立たせてもらえなくなった。
恵子曰く、「マモちゃんの料理は雑で手抜きばかりだから料理は女子だけで作ります」とのことだ。
そんなわけで俺と牙門が掃除、女子5人が炊事と洗濯という感じで天原家は家事を分担している。
一年前まではずっと1人暮らしだったのに、気が付けば男2人に対して、女子が5人とすっかり男女比が逆転して家の中では肩身が狭くなってしまった。
玄関まで行くと、インターフォンを押したのは郵便局の配達員だった。
「御在宅でよかったです。現金書留が2通届いているのでサインお願いします」
「現金書留ですか? しかも、2通」
「珍しいですよね。私も滅多に取り扱わないんですけど、対面じゃないとお渡しできないので助かりました」
配達員さんは、俺の顔を見て心底ホッとした表情で2通の封筒を手渡してくる。
山奥にある天原家に行き来するためには、一番近くにある郵便局でも往復に一時間かかるので再配達することになればすごく大変なのは容易に想像できる。
「おつかれさまです。こんな山奥までありがとうございます」
俺はこれから30分かけて郵便局まで戻ることになる配達員さんにお礼を言って2通の現金書留を受け取った。
「現金書留なんて送って来たのは誰だ?」
インターネットが普及した現在、現金の受け渡しなんて口座振込をすれば事足りる。
わざわざ高い郵送料を払って現金書留を、しかも2通に分けて送るなんて意味の分からない行動だ。
「宛先は、俺と牙門で、送り主は……」
送り主の名前に社名や組織の記載はなく、ただ『齋藤司』とだけ書かれていた。
「齋藤司って、やっぱり俺が知ってる齋藤さんだよな」
齋藤さんは札幌で勤務している異世界生物対策課の同僚で、牙門の後任としてマモノ駆除班の班長に任命された人だ。
齋藤さんが指揮するマモノ駆除班は、山岳戦の訓練をするために月に2~3回オントネーにやってくるので顔を合わせる機会は割と多い。
その齋藤さんが異世界生物対策課の名前を使わず、個人の名義で俺と牙門に現金書留送って来た。
「なんかイヤな手紙だなあ」
封を開けなくてもキナ臭い匂いがプンプンする。
しかし、無視するわけにもいかないので俺は牙門に怪しい封書の片割れを押し付けることにした。
「牙門、作業中悪いけど郵便が届いてるぞ」
「後にしてくれ。いまは作業中だ」
牙門は家の隣に作った作業スペースで、魔導具デンコの分解整備をしていた。
几帳面な性格の牙門らしく、作業工程はとても丁寧だ。
デンコの部品を一つ一つ手に取って付着した土やホコリを乾いたタオルで拭い、それから弓のリムの部分にグリスを塗って部品全体に馴染ませる。
最後に部品を取り付けてデンコを組み立て直し、正常動作することを確認する。
牙門は俺を待たせていることなど意にも介さず作業を続け、一通りの作業が終わってからようやく振り向いてくれた。
「牙門、少しは待たせてる人間に気をつかえよ」
「待たされるのが嫌なら居間に戻れ。急いでいるのはお前だ、俺じゃない」
とんでもなく失礼な態度だが、自衛隊にいた頃の付き合いで、こういう奴だと知っているので腹は立たない。
俺に友人は少ないが、ここまで相手に遠慮せず本音を言い合えるのは牙門だけだと思う。
「で、俺に郵便とか言ってたけどなんだ? 変なダイレクトメールか」
「いや、現金書留だ。俺と牙門を名指しで2通。送り主は齋藤さんだ」
「なんだ、それ? 呪いの手紙じゃないだろうな」
牙門も宛名を一目見ただけで怪しい封書だと感じたらしく不機嫌そうに眼を細める。
とはいえ、いつまでも宛名とにらめっこしている訳にもいかないので、俺と牙門は同時に封を切って中身を確かめた。
中に入っていたのは……。
「現金が5万円と、プロ野球の観戦チケット、あとは手紙か」
「おっ、このチケット、北海道ガッツの本拠地開幕戦のチケットだぞ」
チケット書かれた4月2日の日付を見て牙門が歓声をあげる。
「そのチケット、価値があるのか?」
俺は野球に全く興味がないのでよくわからないが、どうやらただの観戦チケットではないらしい。
「あるある。何しろ北海道唯一のプロ野球チームの本拠地開幕戦のチケットだからな。発売当日に半日経たずに完売するプラチナチケットだ」
「そんなのよく手に入ったな」
齋藤さんが熱狂的なガッツファンなら頑張って手に入れるのかもしれないが、それなら俺達にそのチケットを渡す意味が理解できない。
同封されている現金5万円の用途もよくわからないし、仕方ないので同封されている手紙の中身を確認することにする。
手紙は手書きで以下のようなことが書かれていた。
①異世界生物対策課の内情を嗅ぎまわっているネズミがいるので、ネズミ捕りを手伝って欲しい。
②俺と牙門は何もせず、渡した金とチケットを使ってプロ野球観戦を楽しんでくれればいい。
③本件については俺と牙門だけで対応し、女の子達には秘密にして欲しい。
④当日の行動について、下記に記した行動マニュアルに従って動いて欲しい。
「プロ野球観戦を楽しめって、齋藤さんどう考えても俺達をオトリにする気じゃねえかッ!」
普段オントネーの山奥から出てこない俺達が満員の野球場の顔を出せば、ネズミは又とない機会だと思って食いついてくるだろう。
「ただチケットと金を現金書留で送ってきた理由は判ったな。これはよくある防諜対策だ」
「現金書留は郵便物の中でも一番厳重に管理されるから盗むのも、封筒の中見るの難しいもんな」
金を口座振込で入金すれば入金情報が銀行のコンピューターにログとして残るし、連絡事項をメールで送ればハッキングで内容を確認される。
もし斎藤さんが捕まえようとしているネズミがCIAの工作員なら、インターネットを使った情報のやり取りは全て筒抜けになると考えてもいいだろう。
アイリスがアメリカに帰れないのはCIAに身柄を拘束される可能性があるからだ。
もしかしたら、齋藤さんは本気でCIAの工作員を捕まえるつもりなのかもしれない。
「ただ不思議なのは、俺達の周りにいるネズミって何処にいるんだろうな? 少なくとも裏山にもゲートの周辺にも知らない人間が来ている形跡が無いんだよな」
天原家があるのは北海道の山奥でも特に人気のない地域だ。
オントネーで一番観光客が多い湯の滝キャンプ場からも30キロ以上離れているので、知らない人間が来たらすぐにわかる。
「ネズミも人を派遣したらすぐ見つかると思ってるんだよ。もしかしたら、奴らは空の上から俺達のことを見張っているのかもしれないぜ」
牙門はデンコを掲げて厚い雲のかかった空に狙いを向けながらそうつぶやいた。
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