第10話 ニビルでは時速500キロで走る人間がゴロゴロいるっていうのかよ?

――????


 薄暗い会議室の一画。

 机とテーブルを講義形式に並べて28名の男女が、プロジェクターに投影された鑑賞している。

 映し出されているのは上空から撮影された環境省異世界生物対策課オントネー分室の職員達が戦闘訓練を行っている様子だった。

 北海道の山奥で行われている人知を超えたバケモノ達の戦いを見て、映像を見ていた者達は一様に言葉を失っていた。

 金縛りにあった者達の封印を解くために、プロジェクターを操作していた女性が言葉を発する。


「以上が、3月20日に撮影された環境省異世界生物対策課オントネー分室の職員が実施していた戦闘訓練の様子です」


 女性が映像内容について説明するのを聞いて最初に口を開いたのは、最前列のテーブルに座っていた中年の男性だった。


「映像が随分と遠いな、もっと低空から撮影は出来なかったのか?」


 男性の指摘の通り、映像はかなりの遠距離から撮影されていて超高速で戦う二人の動きを追うことが出来る代わりに、顔や手足の動きを正確に確認することが出来ない内容だった。


「お気持ちはわかりますが、この映像は三沢の偵察飛行隊が通常の地上偵察に偽装して撮影したものを統幕経由で提供してもらったもです」


 青森県の三沢基地を本拠地としている偵察飛行隊はアメリカから輸入した無人機偵察機3機を運用しており、この無人偵察機が常に高度15,000メートルの上空から日本の領土及び領海の監視活動を行っている。


「もし彼等を撮影するために無人機をオントネー上空で低空飛行させれば、対空監視レーダーに無人機の動きをトレースされて、北部方面隊に我々の動きを知られてしまいます」

「すまなかった。君の言う通り諜報機関が、諜報活動をしていることを他者に知られるなんて本末転倒だ」


 中年の男は自分が的外れなことを言っていたことを察して素直に謝罪する。

 諜報活動を行っていることを他者に知られてはならない。

 組織の存在と活動内容を徹底的に隠すことは、彼等にとって最も重要視するテーマだ。


「しかし、戦闘訓練だと聞いていても冷や汗が出る光景だな。俺には生身の人間が時速500キロまで加速して、ぶつかり稽古をしているように見えるんだが彼らは本当に人間なのか?」


 最後列のテーブルに座っていた壮年の男性がポツリとつぶやく。

 大相撲の立会いは、体重200キロ近い大男が瞬間的に時速数十キロのスピードに加速してぶつかり合うので、60キロで走る車に激闘したときと同等の運動エネルギーが発生すると言われている。

 なら、時速500キロまで加速した人間がぶつかり合えばどれほどの運動エネルギーが発生するのだろう。

 そんな想像もつかない力をぶつけながら、映像に映っている二人はまるで一撃離脱戦法で戦う航空機のように、激突と離脱を繰り返しながら十数回にわたってぶつかり合いを続けている。


「この映像で戦闘しているのは環境省異世界生物対策課の天原衛官と、ウルクから交換留学生として来日したミ・ミカという少女です。先ほど質問にあったら彼らが人間かという質問についてですが、天原衛官は体内に魔力器官を取り込んだマジンと呼ばれる超生命体ですが、交換留学生のミ・ミカの方は地球人と全く同一の遺伝子を持つ人間であることが判明しています」

「おいおい、ニビルでは時速500キロで走る人間がゴロゴロいるっていうのかよ?」


 会議室は再び沈黙に包まれる。

 天原衛というマジンはまだいい。

 彼等に知らされている情報によると普通の人間がマジンになれる確率は0.1%、ほとんど奇跡のような幸運がなければマジンと呼ばれる超生命体は誕生しない。

 しかし、地球人と生物学的に何も変わらないミ・ミカがマジンと互角の能力を発揮しているなら、ニビルには同等の戦闘力を持つ人間が無数に存在することになる。

 その事実に彼らは底知れない恐怖を覚えた。


「彼等の動きを自衛隊に配備されている兵器に例えると、歩兵戦闘車が装備している対戦車ミサイルに近いスピードと軌道で動いていますね」

「ノーコストで撃ちまくれる対戦車ミサイルか、コストパフォーマンスは抜群ですね」


 現在兵器は高性能になった代償に、使い捨てのミサイルにも高価な電子機器を搭載するのでミサイルや砲弾は1発1発の価格が非常に高価になってしまった。

 もし彼等が魔法という未知の技術を使ってノーコストで現代兵器を同等の破壊力を発揮するなら、それだけで敵対した時の脅威度は跳ね上がる。


「攻撃力も対戦車ミサイルと同等の攻撃力があるとすれば、自衛隊の装備で耐えられるものはありますか?」

「自衛隊の装備で直撃されても耐えられるのは90式戦車と10式戦車だけですね。ただし、最も装甲が厚い正面部分に限られます」


 戦車は正面を向いて撃ち合うことを想定した兵器なので敵と向かい合う可能性が一番高い正面の装甲が厚くなるよう設計されている。

 その代償として上面や底面の装甲は薄くなるため、歩兵が携帯する対戦車ミサイルや地雷に足元をすくわれる原因になっている。


「10式戦車なら増加装甲を付ければ側面でも耐えられると思われます。彼らがあくまで2次元軌道で動くなら効果はあるのでは?」


 彼らは衛達を仮想敵としてどのように戦えばいいか議論する。

 生身の人間が素手で殴ってくるだけなのに戦車でなければ勝負にならないという時点で頭の痛い話だが、検討を重ねていくと最新鋭の戦車でも勝てるか怪しいという話になって来る。


「先ほどから対戦車ミサイルを想定して議論していますが、突撃してるのはミサイルじゃなくて手も足もある人間ですよね。もし、私が彼等の立場なら装甲なんて殴らずピンポイントで履帯を攻撃すると思うんですが?」


 その意見が出た途端、会議室に居る全員が口を紡ぎ沈黙がその場を支配した。

 戦車は不整地での走行性能を高めるために、タイヤの代わりに数十枚の鉄板をピンで接続して輪の形に加工した履帯を使って走行している。

 戦車にどれだけ増加装甲を付けたとしても、戦車を走らせるために接地しなくてはならない履帯部分を完璧に防御するのは不可能だ。

 彼らが履帯をピンポイントで攻撃して戦車が走れなくなってしまったら、例え内部の搭乗員や他の装備が無事でも、回収して修理するまでその戦車はタダの置物と化してしまう。


「オントネーで勤務しいる天原衛官と、牙門十字官は元自衛官です。戦車の構造についても多少の知識はあると思われるので、戦車と交戦するときに履帯を切って行動不能にする戦術を取ってくる可能性は非常に高いです」


 プロジェクターを操作していた女性が衛と十字に関する情報を語ると重苦しい空気が会議室を支配した。

 最新鋭の戦車で戦っても、ニビルからの来訪者には勝てない。

 その事実が彼等の胸の内に重くのしかかる。


「まあいい要は彼等と交戦しなければいいだけの話だ。引き続き監視は継続するが絶対に手を出すな。安心しろ、彼等と戦うことになるのは私達じゃない。私達は情報だけ渡して高みの見物を決め込んでおけばいい」


 中年の男は部下を安心させるために、そう言って会議を締めくくった。

 戦わずに情報だけ渡してやり過ごしたい。

 この場で誰よりもそれを願っているのは彼なのかもしれない。

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