第9話 お兄さんの戦績は、189戦6勝181敗2引き分けね

――天原衛


 俺は痛む背中をさすりながら、山道を駆け上げる。

 裏山の一画にある切り立った崖の淵で、恵子とハ・マナがレジャーシートを敷いて座っていた。

 二人は見晴らしのいいところから俺とミ・ミカの試合を見物していた。


「あっ、マモちゃん戻ってきた。大丈夫? 怪我してない?」


 ケモノハドウでブッ飛ばされる俺の姿を目の当たりにしていた恵子は、山道の登って来る姿を確認するとパッ!と立ち上がって抱き付いてくる。


「恵子、大丈夫だから心配するな」

「でも、ミ・ミカに肘打ち食らったところ肋骨折れてるじゃない」


 恵子は抱き付いたまま、ジッタイカの魔法で服の中をまさぐりミ・ミカに肘打ちを食らった個所を探し当てる。


「痛いから傷口触るな。それに肋骨折れてるって言ってもヒビだけだから本当に大丈夫だ」


 肉体強化魔法の一つ、治癒力強化の効果は伊達ではない。

 肋骨が折れて内臓に刺さったらさすがに手術が必要になるが、ヒビだけなら30分も休めば全快するし魔力を多めに流せばもっと早く治すことも出来る。


「にしても、マモちゃんまた負けちゃったわね」

「いまのところお兄さんの戦績は、189戦6勝181敗2引き分けね」


 ハ・マナが斜め掛けにしていたカバンからタブレット端末を取り出し、今の試合の結果を入力して俺の戦績を教えてくれる。

 練習試合の結果を記録して成績を可視化するのは、ハ・マナのアイディアだ。

 彼女曰く、面白いからという理由で残している記録だが、こうして練習試合の結果を数字で残すと、全員の実力と成長度合いを確認出来るのでいい試みだと思う。

 しかし……。


「しかし、改めて見ると俺の成績ヒドイな。他のメンツに比べて圧倒的に負けが込んでるし」


 189戦6勝181敗2引き分け、勝率3%以下。

 自分が恵子達に比べて圧倒的に弱いことを思い知らされる数字だ。


「でも、衛さんはまだマジンになってまだ一年も経ってないんだから仕方ないですよ。むしろ、経験が浅いのに恵子やハ・マナから勝ちを拾えてるだけでもすごいと思います」


 横からフォローを入れてくれたミ・ミカを、恵子とハ・マナは目を細めてジットリと睨みつける。

 彼女達の気持ちもわかる。

 ミ・ミカの成績は194戦168勝26引き分け。

 勝率100%。

 彼女はまだ練習試合で一回も負けていないのだ。


 恵子がミ・ミカと試合をして盛大な『わからせ』を食らってから、俺と恵子はミ・ミカ達に魔法戦のやり方を一から教えてもらうことにした。

 魔法戦の基本となる、天眼や出力を落として発動速度を早くした弱い魔法の使い方をマスターするための地味な反復練習を毎日数時間繰り返すと同時に、覚えたテクニックを実戦で使うために制限時間30分の練習試合を繰り返す。

 それが、ここ2か月間の日課となっていた。

 練習試合は、基本的に俺、恵子、ミ・ミカ、ハ・マナが総当たりで試合を行い、カゲトラやヨ・タロが遊びに来た時には彼等と試合、あとはキュウベエが寝床に戻って来た時に彼にタイマンを挑んで腕試しをしたりしている。

 ちなみに弓使いの牙門とハ・ルオは別メニューだ。

 二人の戦い方は、藪の中に隠れて長距離から敵を狙撃するとか、仲間がマモノ動きを止めたときに矢で急所を狙うものなので、ヨーイドンで殴り合う試合は条件が不利すぎるし、そんな勝負をする意味もない。

 そんな感じで2か月間、練習試合をしてその戦績を記録すると仲間内の強さの序列がハッキリして来る。

 順位としては以下のような感じだ。

 1位  ミ・ミカ

 同1位 カゲトラ

 3位  キュウベエ

 同3位 天原恵子

 5位  ヨ・タロ

 6位  ハ・マナ

 7位  天原衛


 カゲトラは10試合しかしていないので、200戦近く試合をしているミ・ミカと同列には語れないが戦績は3勝7引き分けで勝率100%。

 特に、ミ・ミカと3戦やって3回とも制限時間30分以内に決着が着かず引き分けとなったので、ミ・ミカと互角の実力があると考えていいだろう。

 しかし、何よりもすさまじいのはやはりミ・ミカだ。

 194戦168勝26引き分け。

 30分で戦闘不能に追い込めなかったケースも少なくないが、彼女がKOされたことは皆無だ。

 この2ヶ月間、俺はミ・ミカの強さを嫌というほど思い知らされることになった。

 ミ・ミカはマモノでもマジンでもない普通の人間だ。

 魔力も体力も、身体に魔力器官を入れている連中に比べたら大きく劣る。

 それなのに実際に戦ったらマジン達を圧倒するんだから本当に恐ろしい話だ。


「俺、ミ・ミカと戦ってると自分の動きを全部読まれてるような気がするんだよな。ミ・ミカ、お前って実は数秒後の未来が判るとかそういう凄い魔法使えるんじゃないの?」

「それ、私も思うことがあるわ。ミ・ミカって次の行動を予測してフェイントをかけるのが恐ろしく上手いんだよね」

「私はいつも理不尽だと思ってるけど、ミ・ミカはなんか特別なのよね」


 能力バトルマンガで最強のクラスの能力として語られることが多い、数秒先の未来が見える特殊能力。

 彼女はそんなチート能力を持っているとした思えない動きをすることがある。


「そんな能力ありませんよ。それに、私には火力不足っていう明確な弱点があるから完璧とはほど遠いですよ」

「それは、そうなんだけどさあ……」


 確かに、ミ・ミカは獣魔法しか使わない関係で攻撃力が低く明らかに大型のマモノと戦うのに向いてない。

 その弱点は対戦成績にも現れていて、スピードが互角のカゲトラと、タフさが尋常じゃないキュウベエ相手だと、全ての試合で引き分けている。

 しかし……。


「俺が思うに、対策できる弱点は、弱点じゃないんだよ」


 ミ・ミカの弱点である火力不足を補う方法は簡単だ。

 恵子やヨ・タロのような攻撃力の高い助っ人と一緒に戦えばいい。

 練習試合は、戦闘中の立ち回りや、天眼や弱い魔法を使ったフェイントを使うコツは身に着けるためにタイマンで戦っているが、実際の戦闘では1対1で戦わないといけないというルールは存在しない。

 そもそも、大型のマモノに1人で挑むのはナンセンスだし、逆に大勢の敵に囲まれてもミ・ミカは包囲破って逃げ切れる立ち回りの上手さがある。

 だから、彼女が語る火力不足という弱点は実戦あまり問題にならない。


「個人技を磨くのもいいですが、私としてはこのメンバーで狩りに行って連携して戦う訓練もした方がいいと思います。衛さんは、牙門さんとハ・ルオの訓練に付き合ってニビルに狩りに行ってますよね」

「2人の護衛兼猟犬の代わりだけどな」


 弓使いの二人は、敵に気づかれないように潜伏して隙を付いて狙撃するという戦い方が基本になる。

 そういう戦い方の技術を磨くにはマモノや野生動物を狩る実戦経験を繰り返すしかないので、二人は頻繁にゲートを抜けて狩りに行っている。

 接近戦に不安がある二人の護衛兼クマの鼻を生かして獲物を探す猟犬の代役として俺は二人の訓練にも参加している。


「そういえば、ハ・ルオが、衛さんは獲物を追いこむのがとても上手いとホメてたわね」

「一人で出来ることってどうしても限界があるので、ハ・ルオ達みたいにチームで狩りをして連携して戦う訓練もやった方がいいと思うんです」

「まっ、私達は個人で世界最強になることを目指してるわけじゃないもんね」


 ミ・ミカに圧倒的な力の差を見せつけられたので、魔法戦のやり方を一から鍛え直すことにしたが恵子の言う通り俺達の目的は個人で世界最強になることではない。

 強いて言えば、俺も含めた仲間全員が強くなって安全にマモノを狩れるようになるのが目的だ。


「個人じゃなくてチームとして強くなるのが目的なら、ミ・ミカの言う通り一緒に狩りに行った方がいいかもしれないわね」

「あと、今までみたいな1対1じゃなくて、2対2で試合をするのもいいんじゃないかしら」


 恵子とハ・マナが、連携して戦う訓練についていろいろアイディアを出してくれる。

 せっかく、ミ・ミカ達が交換留学生としてオントネーに来てくれているのだ。

 強くなるためにイロイロ試してみるのも悪くないだろう。

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