第2話 その魔力器官、私……というか、アメリカに売ってもらえませんか?

――天原衛


「スゴイ! 夜のマモノ狩り成功したんだッ!」

「ハ・ルオも牙門さんもおつかれさま。弓で、ハガネバサミを仕留めるなんて。ウルクでは前代未聞の快挙と言われるでしょうね」


 オントネーの天原家にハガネバサミを持ち帰ると、恵子とハ・マナがマモノ狩りの成功を褒めてくれる。

 今日の狩りに恵子は同行せず、狩りに参加したのは俺、牙門、ハ・ルオの3人だった。


「姉さん、姉さんッ! 牙門さんが調達してくれた暗視装置すごいよ。真夜中なのに昼間みたいに周囲が見渡せるし、トビサソリに取りつけた照準器が捉えた映像をスイッチ一つで確認出来る。 これがあれば夜行性のマモノだって楽勝だよ」


 ハ・ルオは、牙門が調達した最新型の暗視装置の性能を子供のようにはしゃぎながら語っている。

 今回の夜の狩りの目的は、地球の最新技術を取り入れて改造したデンコとトビサソリの性能を確認することだった。

 先日のシロクズシ駆除作戦の報酬としてもらった金で、牙門はアメリカから最新式の暗視装置を調達して魔導具デンコを改造したが、実はハ・ルオが使う魔導具トビサソリにも同じ暗視装置を使った改造が施されている。

 正確には、牙門が弓の師匠であるハ・ルオに地球にトビサソリを強化するための機材があることを教えて改造を勧めたのだ。

 その実戦テストを行ったのが今日。

 テストの結果は上々で、二人は夜間にマモノを狙撃する作戦能力を獲得するという超パワーアップを成し遂げた。


「じゃあ、お楽しみのレベル計測タイムですね。№40394、牙門さんが仕留めたハガネバサミのレベルを教えてください」


 ミ・ミカがクビから吊り下げたオモイイシをハガネバサミに向けるとオモイイシは赤い光を発してハガネバサミの身体を調べ始める。


「ハガネバサミ。生体:マモノ、原種:ノコギリクワガタ。属性:虫・金。推定体長1メートル。推定体重7キロ。レベル32。マモノ化したことで原種の約5倍の大きさに巨大化した虫タイプのマモノ。金魔法で外骨格を超硬鉄に変える能力をもち、前方に伸びるハサミは鉄製の鎧や武器をたやすく切り裂く鋭利な刃になっている」


 オモイイシが日本語でハガネバサミの生態とレベルについて教えてくれる。

 補足するとオモイイシが言ったノコギリクワガタは日本に住む体長5センチ程度のノコギリクワガタではなく、ウルク周辺の森に生息するノコギリクワガタのことだ。

 ウルク周辺は気候が温暖で、加えてニビルの酸素濃度が地球よりも高いので昆虫が大型化する傾向がある。

 ゲート周辺の森に住むノコギリクワガタも例外なくその恩恵を受けており、マモノじゃない原種でもオスの平均体長は15センチ軽く超える。

 ニビルの夜の森では、体長10センチを超える巨大昆虫が大量に木に幹に張り付いて樹液を吸っているという、人によっては卒倒しそうな光景が森のいたる所で展開されていた。


「レベル32かあ。このレベルだと武器じゃなく工業用に払い下げね」


 ハ・マナがいつものおっとりとした口調で、今日捕まえたハガネバサミの魔力器官は武器として使えないとつぶやく。


「レベル32だと、武器の魔導具に出来ないのか? 金魔法が使える武器って便利だと思うけど」

「レベルが低いと、使える魔法の最高出力が低くなるからマモノハンターは武器として使いたがらないのよ。魔法を最高出力で魔法を使う機会は滅多にないけど、命の危機が迫った状況で弱い魔法しか使えないのは心細いでしょ」


 思い出されるのはグレンゴンと戦ったときの記憶。

 あのとき、ハ・マナは最大出力のボウフウを1回使っただけで昏倒してしまったが、彼女がグレンゴンのカエンホウシャを相殺できる威力のボウフウを撃てなかったら、この場に居る何人かはグレンゴンに殺されていただろう。


「緊急時に一撃必殺の大技が撃てるように、武器にする魔力器官はある程度レベルが高くないとダメってことか」

「そうね~、最低でもレベル40は欲しいわね」

「最低でもレベル40か。そうなると、これは工場で使う用に回されることになるな」


 武器に加工するには物足りないレベルの魔力器官でも、工業用なら必要とされる出力の魔法を安定して使い続けられるなら何も問題はない。


「でも、まとまったお金が手に入るのは間違いないよ。姉さん、明日にでもウルクに行ってこいつをオークションに出品しよう」


 マモノハンターが討伐したマモノの魔力器官は、狩った本人が使う場合を除いてハンター協会が主催するオークションで競売にかけられる。

 魔力器官は一度手に入れれば半永久的に使える優れた動力機関なので、当たり前のように値段は釣り上がる。

 ハガネバサミの魔力器官も、ハンター協会を通じてオークションにかけてもらえば一年くらい遊んで暮らせる大金を手にすることが出来るだろう。


「牙門さん、次は鳴子さんになに買ってもらう? 地球にはまだまだ科学で動くスゴイ道具があるんでしょ」


 最新型の暗視装置の便利さに味をしめたのか、ハ・ルオは魔力器官の売上金で早くも皮算用をし始める。


「その魔力器官、私……というか、アメリカに売ってもらえませんか?」


 2階でリモートワークをしていたアイリスが、居間に入って来るなり意外な提案をかましてきた。


「ハガネバサミを日本政府じゃなくて、アメリカに売るんですか?」

「そうです。そのハガネバサミの魔力器官は、ウルク政府から贈られたものじゃなくて十字達が個人的な狩りで手に入れたものでしょう。だから、誰に売るかの裁量権は狩りに参加した3人にある」

「そうだな。こいつの魔力器官だけでなく死体まるごと、誰に売ろうと文句を言われる筋合いは無いな」

「しかし、アメリカかあ……」


 今回仕留めたハガネバサミの死体は俺達の所有物なので誰に売ろうと文句を言われる筋合いは無いが、俺と牙門は環境省異世界生物対策課の職員だし、ハ・ルオはウルクのマモノハンターだ。

 互いの立場的にマモノの死体と魔力器官という高価値の品を安易に第3国に売却してもいいのか不安がある。


「プリーズ。ウルクでオークションに出すより絶対に高額で買い取ってもらえるよう交渉します。あと、恥ずかしい話ですが、そろそろアメリカ政府に飴を与えておかないと良からぬことを考えそうで怖いです。上司から教えてもらったのですが、ペンタゴンやCIAはニビル進出に出遅れたことに非常に焦っているらしいです」

「いまさら焦っているって、アメリカさん、さすがにそれはムシが良すぎない?」


 恵子が呆れた口調でつぶやくのを聞いて、俺は思わずコクコクと頷いた。

 日本政府がニビル調査隊を出したとき、国防省やCIAはマモノにビビって軍人でも工作員でもないアイリス一人だけ送り込んでメンドウな仕事を丸投げした。

 それなのに、日本政府がウルクと国交を結んだと聞いた途端に出遅れたと騒ぎ始めるなんて、まるでワガママな子供みたいな反応だ。


「ソーリー。アメリカ政府は自分達が世界のキングだと思っているので基本的にバカなんです。ただ、CIAやペンタゴンは悪知恵だけは働くので、暴走しないように機嫌をとっておく必要があります」


 暗い表情で自国政府の悪口を言うアイリスの立場を考えて、俺達はハガネバサミの魔力器官をアメリカ政府に売却することにした。

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