第3章 敵はアメリカ

第1話 ニビルの夜の森はとても賑やかだ。

――牙門十字


 ホーホー。

 ギーギー。

 ピーピー。

 ニビルの夜の森はとても賑やかだ。

 昼間は大型の動物を恐れて隠れている小鳥や虫たちが巣穴を飛び出し。

 夜の闇に紛れてエサを探して森の中のいたる所を飛び回る。

 星も月もないニビルの夜は暗い。

 文明の利器である暗視装置が無ければ数歩歩くことも難しい、そんな真の闇の中で俺は完全武装でジッと待ち続けていた。

 自衛隊から異動してからここまでの武装を装備するのは久しぶりだ。

 着用しているのは陸自から分けてもらった夜戦用の迷彩服とテッパチ。

 そのテッパチにアメリカから輸入した双眼鏡型の暗視装置をマウントしている。

 この暗視装置は、熱の出す赤外線を画像化する機能と、弓にマウントした照準器が捉えた映像を無線で暗視装置に送信する機能、二つの革新機能が搭載されたアメリカ軍でもデルタフォースのような特殊部隊にしか配備されていない最新型だ。

 高額な装備なので、陸自にいたら絶対に手に入らない代物だが、俺はシロクズシ駆除作戦に参加した報酬としてウルク政府から大金をもらったので、代金を自分で払うことを条件に鳴子さんにこの最新型の暗視装置を調達してもらった。

 俺はこれらの夜戦装備を装備した上で、ギリースーツを被り、茂みの中でずっと獲物が来るのを待ち構えている。

 手にしている武器は魔導具デンコ。

 恵子が仕留めたマモノ、デンコの魔力器官をハ・ルオさんが作ったコンパウンドボウにマウントして作った魔導具で、これに暗視装置とセットになった照準器を取り付けている。

 デンコを手にすることで俺は獣属性と雷属性の魔法を使うことが可能になる。

 衛と同じように獣属性の魔法で肉体強化を行えるのはとてもありがたい話だが、普通の人間は生体属性と自然属性の魔法を同時に使うと5分と持たずに低血糖症を起こして気絶してしまうので、使用する魔法の種類と出力には細心の注意を払う必要がある。

 そして魔導具デンコの強みは、矢に雷の魔法を付与して強力な電撃を放てることだ。

 従って使用する魔法は獣魔法ではなく雷魔法がメイン。

 だから俺は、こうして茂みの中に身を潜め肉体強化魔法の使用は最小限に止めるようにしている。


(牙門、虫型のマモノを見つけた。そっちに追い込むから、上手いこと頭を避けて射抜いてくれ)


 腕に巻き付けた無線機のタッチパネルに、衛が書いたと思しきメッセージが表示される。

 俺はあまりに身勝手な要求に怒りの返信を返す。


(無茶言うなッ! 飛んで来る標的の頭以外を狙おうとしたら、狙撃の難易度が跳ね上がる)


 虫型というくらいだから当然相手は羽を広げて飛んでいるのだろう。

 飛んでくる相手を迎撃するなら、真正面を向いている頭を狙うのが一番命中率が高い。

 柔らかい腹を狙うなら、上空を通過した後に飛び去っていく目標を狙撃することになるが、等速で距離が離れていく目標を狙うのはとても難しい。


(牙門さん。発見したマモノはハガネバサミです。身体を覆う外骨格は間違いなく超硬鉄になっているので頭を狙撃しても矢が通りません)


 ハ・ルオが補足情報を知らせてくれたことで、俺はようやく状況を理解した。

 衛達が見つけたハガネバサミというマモノは、ノコギリクワガタを原種とするマモノで属性は虫・金属性。

 体長は約1メートル、体重は約7キロという石炭紀の古代昆虫をほうふつさせるバケモノクワガタだ。

 厄介なのは身体を覆う外骨格が潜水艦の建材に使われている超硬合金と同等の特殊合金になっていることで、ハ・ルオの言う通り頭を狙えばデンコの攻撃でも弾き返されてしまう。


「わかった。何とかしてやるよ」


 わざわざ狙撃が困難なハガネバサミを狩らなくてもいい気もするが、マモノは誕生のメカニズム的に比較的数の多い虫や草属性の種でも生息数はけっして多くない。

 今夜、運よく発見した獲物だ。

 マモノハンターなら絶対に仕留めたいと思うだろう。


「急げ、急げッ!」


 俺は、ザックの中にあるヘッドライトを取り出して、点灯させ木の枝の出来るだけ高いところに引っかける。

 実は俺がやっているのはとても危険な行動だ。

 もし、立作業をしているところにハガネバサミが飛んで来たら、俺の身体はマモノのハサミによって真二つに切り裂かれてしまう。

 俺はハガネバサミが飛んでこないことを祈りつつヘッドライトを枝に引っかけ、それが終わると急いでその場に寝転がる。

 ハガネバサミの攻撃を避けるコツは出来るだけ姿勢を低くすることだ。

 どんな昆虫でも同じだが、飛行するときに地を這うように超低空を飛行することは無いのでこうして寝転がればある程度の安全は確保できる。

 それから俺は暗視装置をつまみ上げ、裸眼で煌々と光を放つヘッドライトに向けて矢を向けた。

 ゴクリ……息を飲んで俺はハガネバサミが来るのを待ち構える。

 その瞬間はすぐにやって来た。

 ヘッドライトを枝に引っかけて3分も経っていなかっただろう。

 ブゥゥゥゥゥン!!と大きな羽音を響かせながらハガネバサミがやって来た。

 カゲトラと同等の体格を持っているので森の中を飛べば木の枝葉が邪魔になるはずだが、ハガネバサミのハサミはだいたい何でも切れる鋭利な刃で、その気になれば木の幹すら簡単に切り倒してしまう破壊力がある。

 目の前に生い茂る枝葉は薄紙以下の障害にしかならないだろう。

 しかし、どれほど大きくて強力な特殊能力を持っていてもハガネバサミは昆虫だ。

 昆虫は光に向かって飛ぶ。

 その習性からは逃れられない。

 バッサバッサと枝葉を薄紙のように切り裂きながら、ハガネバサミは真っすぐ俺が枝に引っかけたヘッドライトに向かって突っ込んでくる。


 雷魔法≪ライソウ≫


 俺はハガネバサミが光に突っ込む直前に、ヘッドライトに向けて矢を放った。

 ガキンッ!

 金属同士がこすれ合うかん高い音が鳴り響き、ハガネバサミから漏れ出た雷光が四方八方に飛び散った。

 直後、ハガネバサミは羽ばたきを止めフラフラと墜落する飛行機のように俺から数メートル離れた場所に墜落する。


「やっ、やったか……」


 立ち上がってハガネバサミのところに行くと、腹部にある外骨格の隙間に矢が突き刺さり、ハガネバサミは全身からカニが焼けるような香ばしい匂いを放ちながら息絶えていた。


「牙門さん、大丈夫ですか?」

「ガゥゥゥゥゥッ!」


 ハ・ルオと、クマに変身した衛が駆け込んでくる。

 俺がサムズアップのジェスチャーでハガネバサミを仕留めたことを伝えると、二人の顔にも笑顔が浮かんだ。

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