第73話 サクラノオキナ。おつかれさまでした

――天原衛


 シロクズシが自分の身を守るために発動させた泥の雨がナパーム弾の炎を消火していく。

 その直後、俺達を威嚇するようにユラユラと動いていた巨大なつる草が一斉に力を失ってバタバタと倒れていく。

 それを見てその場にいる全員、なにが起こったのかを理解した。


『……やった』


 誰かが小さくそうつぶやくと、全員に一つの気持ちが伝播していく。


『やったッ! やったぞッ!!』

『俺達の勝ちだッ!』

『ひゃっほうッ! 俺達はやり遂げたぞッ!』

『恵子の奴、本当にシロクズシをぶっ殺しやがったッ!』


 事前に賭けをしていたので勝者も敗者も居るのだが、そんなことは関係なかった。

 シロクズシを倒した。

 ウルクが守られた。

 その事実を前にして、作戦に参加した全てのマモノハンターが歓喜の雄叫びをあげた。

 いたる所で誰のものとも知れない歓喜の声が上がるなか、倒れたつる草の合間を縫って黒いタテガミのオオカミが姿を現す。

 彼女は口に握り拳大の黒い球体を咥えて、ゆったりとした足取りで俺達の元に近づいてくる。

 シロクズシにトドメを刺した英雄の凱旋だ。


「恵子ッ! やったなッ!!」


 俺は全力疾走で恵子の元に向かい、オオカミ姿のままの彼女をギュッと抱きしめた。

 彼女は俺に抱かれたまま、人間の姿に戻りクタリと全体重を俺に預ける。


「ちょっと疲れた。全力で魔法使うのはキツイね」

「あの青い炎、すごかったからな。本当にお前はスゴイ奴だよ」


 俺は魔力の使い過ぎでフラフラになっている恵子を両手で抱き上げた。

 いわゆるお姫様だっこという奴だ。

 俺に抱かれたまま作戦本部に戻る恵子を、仲間達が喝采で迎えてくれる。

 そして、群衆の中からミ・カミ様が出てきてウルク式の合掌ではなく、地球式のお辞儀で出迎えてくれた。


『恵子ありがとうございます。貴方のおかげで、シロクズシに勝つことが出来ました』

『私は最後にトドメを刺しただけです。シロクズシにトドメを刺せたのはミ・カミ様も含めたここにいる全員が命がけで戦ってくれたおかげです』


 恵子の言葉にミ・カミ様は目に涙を溜めながらコクコクと頷いている。

 シロクズシを倒し、ウルクを守れたことを一番喜んでいるのは、ウルクにいる30万の国民を守る義務を負っているミ・ミカ様に外ならない。


『そう……そうですね。これは、この場にいるみんなの勝利ですッ!! みんな、ウルクに帰ったらこの勝利を祝ってたくさん美味しいものを食べましょうッ!!』

『おおおおおおおおッ!!!』


 ミ・ミカ様の言葉に呼応して、シロクズシ討伐隊の皆は歓喜の叫びをあげる。

 その叫びはシロクズシのもたらした絶望を掻き消すように一際大きく響き渡った。



――天原衛


 シロクズシ討伐作戦14日目。

 恵子の青い炎が、シロクズシにトドメを刺してから2日後。

 俺はまだ森に残っていた。

 魔力器官を失ったことで、シロクズシは死んだ。

 しかし、ここからが植物型のマモノのしぶといところで、魔力器官を失い魔法を使うことは出来なくなっても、ただのクズとして元シロクズシは生命活動を続けている。

 もはや土魔法を使うことも無く、つる草が動いて襲ってくることも無くなったが、森の中に雑草を放置しておくわけにもいかないので全て除草してウルクに送ることになった。

 その場で燃やしてしまえばいいと思ったが、マモノは死んだ後も身体の中に貯えた魔力を残しているのでウルクに持ち帰ればいろいろと使い道があるらしい。

 ただし、仕事内容は命の危険のないただの草刈りになってしまったので、大半のマモノハンターはウルクに帰り、20人に満たない希望者だけが残り最後の後片付けをやっている。


『皆さん、おやつを作ったので少し休憩しましょうッ!』


 アイリスが拡声器で休憩を呼びかける。

 今でも作戦指揮官はアイリスなのだが、戦闘の指揮をするのがよほどしんどかったらしく、彼女は除草作業には一切口出しをせず、2日間ずっと俺達に食べさせる食事を作ることに専念していた。

 手作りのおやつが出てくるようになったのも一昨日からで、おやつを作るのが彼女なりの気分転換なのだろう。


『アイリスさん、この食べ物なんですか半透明でなんかプルプルしてる』


 ミ・ミカは小皿にちょこんと盛られた半透明の団子を、ツンツンとハシで突いている。


『それはクズ餅っていう日本の郷土料理よ。昨日、みんなで掘り出したシロクズシの根っこを粉々に砕いて水にさらすと、根っこの中のデンプンと灰汁が分離するの。そうやって作ったくず粉を砂糖と一緒に煮詰めて固めるとこういう半透明な見た目のお餅になるのよ』


 昨日クズ粉作りを手伝っていた恵子が、ミ・ミカ達にクズ餅の正体について説明する。


『ほえ~、シロクズシの根っこって~食べられるのね~』

『ミ・ミカ、姉さん、このクズ餅って食べ物舌触りがさわやかでとっても美味しいよ』

『この甘みは砂糖と一緒に煮詰めたからかですね。美味しいです、これウルクに持って行けば普通に売れますよ』


 女の子が甘いものを好きなのはニビルでも同じらしく、ミ・ミカ達は満面の笑顔でクズ餅をほおばっている。

 シロクズシ駆除作戦の立案にかかわったメンバー、恵子、牙門、アイリス、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオ、ヨ・タロの7人は全員希望者として森に残っていた。

 おそらく俺と同じく、最後まで見届けたいという漠然とした思いを胸に抱いているのだろう。

 ミ・カミ様だけはガーディアンの仕事が忙しいので、草刈りをするために森に残るわけにもいかず泣く泣く他のマモノハンター達を引率してウルクに帰って行った。


「仕事は割と重労働だが、なんかいいなこういうの」


 甘いものを食べてキャーキャー言ってはしゃいでいる少女達を遠巻きに見守っていた牙門がポツリとつぶやく。


「俺はここ好きだぜ、誰かが死ぬ心配しなくていいなら。街より森の中にいる方が落ち着く」


 静かな森の中で恵子達と一緒に野良仕事して、飯作って、寝る。

 これで日当が出るんだから俺にとっては最高の環境だ。

 しかし、こんなのどかな光景も今日までだ。

 俺の見立てでは、今日中に元シロクズシだったクズの除草と根っこの掘削は全て終わる。

 あとは、それを明日の定期便に積み込めばシロクズシ駆除作戦は完全に終了する。



 青く光る空が反転し、黒い闇がゆっくりと降りてくる。


『つる草は、これで最後か? 積み込みしやすいように全部ロープで束ねるんだろ』

『それで最後です。荷造りは全て終わったので、あとは明日の定期便を待つだけでです』


 荷物の確認をしていたミ・ミカが全ての荷造りが完了したことを教えてくれた。

 振り返って元シロクズシの生息地を見ると、森の中にぽかんと土がむき出しになった更地が広がっていた。

 これにてシロクズシ駆除作戦は完全に終了だ。


『マモちゃん、サクラノオキナが来たよッ!』

『そうか来たか』


 シロクズシが倒されたあとも、サクラノオキナは毎晩ここに来てクズを攻撃し続けていた。

 後片付けが二日足らずで終わってしまったのは、サクラノオキナが夜通し草刈りをし続けてくれたおかげだ。

 しかし、今はもうサクラノオキナが攻撃すべきクズはつる草一本残っていない。

 彼もそれを理解したらしく、なにもない更地の中央で枝を振り上げることも無くポツンと立ち止まっていた。


『終わったぜ。お前の仇は、俺達が草一本残らず始末してやった』

『もう何も心配することはないよ、あなたはこの森の中で静かに自分の生を全うすればいい』


 全ては、サクラノオキナがシロクズシと戦っているところを見かけたことから始まった。

 シロクズシを放置すれば、この森を飲み込みいつかはウルクも飲み込んで全てを『シロクズシの荒野』に変えてしまっただろう。

 サクラノオキナはそんな絶望的な敵に何年も何十年も、ずっと孤独な戦い続けていたのだ。

 でも、彼が孤独な戦いを続けてくれたおかげで、俺達は間に合った。

 サクラノオキナは動かない。

 故郷を取り戻したからもう動かず、ここに根を張るつもりなのかもしれない。

 だから、俺はサクラノオキナの幹に手を置いて一言だけ言葉をかけた。


『サクラノオキナ。おつかれさまでした』

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