第72話 アイリスさん、まだ光があるうちに一回だけ勝負をかけたいですッ!

――天原恵子


 シロクズシ駆除作戦12日目。

 ニビルにおいて数百の国を滅ぼしてきた最悪のマモノ、シロクズシ。

 最初見たときは絶望すら感じさせた強大なマモノの駆除は驚くほど順調に進んでいった。

 隊員の命を守るための編成の変更、ナパーム弾の投擲方法の最適化、そして最後に作戦に集ったマモノハンター達が集団戦闘に慣れてきたことによる練度の向上。

 それらの要素が組み合わさり、シロクズシは日を増すごとに大きく生息域を削り取られていった。

 12日目の戦闘が終わるころには、最大で100ヘクタールまで拡大していたシロクズシの生息域は、連日の猛攻撃によって四分の一以下まで減少していた。


『いやあ、減った、減った。もう、更地の方が圧倒的に広くなったな』


 変身を解除し人間の姿に戻ったマモちゃんは、自分達が削り取ったシロクズシの生息域の跡をポンポンと足で踏みつける。

 シロクズシを駆除した跡地は、土がむき出しの更地になっている。

 地面は、土だけじゃなくナパーム弾で焼き尽くされたシロクズシの灰が混ざっていて少しザラザラした感触がする。

 私達がシロクズシを完全に駆除した跡は、この灰を肥料にして豊かな森が蘇るだろう。

 青い空にくすんだ色が混じりもうすぐ夜が、サクラノオキナがやって来る。


『アイリスさん。一つ聞きたいことがあるんだけど。日が完全に落ちたらシロクズシはドロバクダンを使って来ると思う?』

『可能性が全くないとは言いませんが、おそらく使って来ないでしょう。衛さんも言ってましたが、ドロバクダンは魔力消費が大きいので光合成が出来る時間帯じゃなければシロクズシは使わない、下手をすれば使えないのかもしれません』


 シロクズシ駆除作戦は、マモちゃんが気が付いたドロバクダンの使用条件を前提に計画された作戦だ。

 夜間に50人のマモノハンターが一斉に突撃したら同士討ちが発生する可能性が高いのも大きな理由だが、昼間に戦うのはもう一つ狙いがある。

 ジャガイモと同じで、シロクズシも夜間、根にエネルギー溜め込み、それを使って昼間に光合成をするためのつる草を成長させていく性質を持っている。

 だから、昼間にシロクズシにナパーム弾を投げ込みドロバクダンを使って消火させることで、森林火災に発展するリスクを防止することと同時に、効率的に根に溜め込んだ魔力とエネルギーを消費させることが出来ると考えたのだ。

 私達は連日の攻撃でシロクズシの生息域を3/4削り取ったが、もしかしたら地下根は目に見える状態よりも大きく消耗しているかもしれない。


『アイリスさん、まだ光があるうちに一回だけ勝負をかけたいですッ!』

『勝負をかけるですか』

『シロクズシにドロバクダンを使わせて、天眼で魔力器官の場所を特定します』


 今までは魔力の動線が多すぎて魔力器官の位置を特定出来なかったが、生息域を大きく削り、さらに根に貯えた魔力を大量に消耗させている今なら、魔力の動線が魔力器官を特定可能なレベルまで減っている可能性が高い。


『ドロバクダンを使わせるなら、明日使う分のナパーム弾を使う必要がありますね』

『ダメですか?』


 時間は一分一秒を争う。

 完全に夜になってしまえば、森林火災に発展するリスクがあるのでナパーム弾を使えなくなってしまう。


『いいでしょう。ただし、ナパーム弾使うのは1回だけですよ』

『十分です。次の一撃で、この戦いを終わらせます』


 私のわがままを聞いてもらい、アイリスさんが急遽25人の人員と、25本のナパーム弾を用意してくれる。

 ザワザワ…ザワ……ザワザワ……。

 さらに、私がシロクズシに最後の決戦を挑むという話を聞きつけて作戦に参加しているほぼ全員が作戦本部にやってくる。


『恵子がシロクズシにトドメを刺せるかどうか、賭けようぜッ!』

『俺はダメな方に金貨一枚』

『なら、俺は恵子がやり遂げる方に金貨一枚だ』


 いつの間にか、私がシロクズシにトドメを刺せるか否かで賭けが始まり、この場にいる全員が私の一挙一投足を注意深く見守っている。


「恵子、大丈夫か?」


 周囲が大騒ぎになっているのを見てマモちゃんが心配そうに声をかけてくる。

 せっかくなので、私は思い切ってマモちゃんに抱き付いた。


「おい、恵子ッ!? いきなり抱き付くなよ」


 衆人環視の中、私に抱き付かれてマモちゃんは慌てていたが、私はマモちゃんの胸に額を当ててゆっくりと深呼吸する。

 不思議だ。

 どんな状況だろうと、マモちゃんに抱き付いていると安心する。

 マモちゃんが一緒なら何があっても大丈夫。その確信を抱いた私は、マモちゃんを開放してあげる。


「マモちゃん、ありがとう。おかげでスイッチ入った」

「どういたしまして。たった二人の兄妹だからな、不安なときはいくらでも抱き付いてくれ。あと、俺はお前が成功する方に賭けるからな。恵子、ぶっ飛ばしてやれッ!」

「もちのロンよッ!!」


 マモちゃんに気合を十分に注入してもらった私は、突撃に備えてオオカミの姿に変身する。


『いまから恵子がシロクズシに決戦を挑みます。予定外ですが、一回だけナパーム弾をシロクズシに投下します。ハ・ルオ合図をッ!』


 アイリスさんに指示されて、ハ・ルオが薄暗くなっていく空にカブラ矢を放つ。

 ピュルルルルル!

 もはや聞き慣れてしまったカブラ矢の音色。

 音を聞くと同時に、アイリスさんの集めてくれた有志25人が一斉にナパーム材入りの火炎瓶をシロクズシのつる草が密集してる位置へ投げ込んでいく。


『ナパーム弾着弾。延焼始まりましたッ!』


 ハ・ルオの現状報告を聞いて私は即座にナパーム弾が作り出す炎のカーテンの中に飛び込んだ。

 常人なら自殺行為でしかない行動だが、私はゴースト・火属性のマジンだ。

 私が火で傷つくことは無いし、一酸化炭素中毒になることも無い。

 重要なのは出来るだけ魔力器官の近くに行って、ドロバクダン発動時の魔力の流れを観測すること。


 ゴースト魔法≪天眼≫


 天眼は体内を流れる魔力の流れを感じる霊感の機能を強化して、自分以外の周囲を流れる魔力の流れを探知できるする魔法だ。

 肉体強化系の魔法なので属性を問わず、全ての魔法使いが使えるが、肉体を持たない幽霊である私は元から霊感が強く天眼による霊感強化の強度も肉体を持つ他のマモノやマジンと比べものにならないくらい強い。

 天眼を発動させた私は、シロクズシが魔法を使うために消耗しきった根っこから絞り出すように魔力を吸い出しているのが手に取るように分かった。

 予想通り、シロクズシは見た目以上に消耗していた。

 地上に出ているつる草は外敵を威嚇するべくユラユラと揺れ動いているが、つる草にエネルギーを供給する根っこは貯えていた魔力とデンプンを使い過ぎてカラカラにやせ細っている。

 それでも自分の命を守るためにシロクズシはナパーム弾の炎を消さなければならない、やせ細った根っこにムチ打って魔力を吸い上げる。


 ……………………………………ッ!!


 見えたッ! 捉えたッ! 判ったッ!

 根から吸い上げた魔力が集まる収束地点、吸い上げた魔力が集まるその一点、そこにシロクズシの命そのものと言える魔力器官が存在する。

 魔力器官に魔力を集めたシロクズシが土魔法≪ドロバクダン≫を発動させる。

 ドロバクダンを使うためにシロクズシが大量の土をかき集め、その余波で大地がゴゴゴゴ!!と大きく鳴動する。

 攻撃するなら今だッ!


 火魔法≪カエングルマ≫ 


 魔力全開放ッ!!

 魔法出力最大ッ!!


「わォォォォォォんッ!!!!」


 私は自分の持てる最大の力で火の魔法を発動する。

 炎の温度は雄に摂氏3,000度を超え、普段は紅蓮に燃え上がるタテガミが、青い光を放って燃え上がる。

 私は青い炎をまとってシロクズシの魔力器官を目指して突撃する。

 シロクズシのつる草が私を止めようと振り下ろされるが、青い炎に触れた途端につる草は打撃力を失って白い灰へと燃え尽きた。

 もはやシロクズシに私を止める力は残っていない。

 魔力器官はシロクズシの生息域の中央部にある根っこの一つに隠されていた。

 私の炎は魔力器官を守ろうとする、つる草を焼き、根の上に被さる土を溶解し、魔力器官を包む根のデンプン層を焼き払った。


「わんッ! わんッ! わんッ! わんッ!!」


 私は握り拳くらいの大きさの見慣れた黒い球体を食らいつき、それをシロクズシの身体から引き剥がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る