第70話 見た目は鈍重そうなのに、竜車ってけっこうスピード出るよな
――ヨ・タロ
二日目の戦いが終わった。
“ヨ・タロおつかれさまッ!”
木陰で丸くなって休憩を取っていた俺にオオカミの姿をした恵子が話しかけてくる。
“別に疲れていない。今日は昨日程働かずに済んだからな”
結論から言えば、昨日の失敗を反省して実施した改善策やフォーメーションの変更は上手くいった。
特に素晴らしい点は負傷者の数が昨日に比べて劇的に減ったことだろう。
昨日はハ・マナ
と共に2分と置かず乱戦エリアへの突入と、負傷者を連れての脱出を繰り返えしていたが今日は1度か2度、負傷者の救助をしたらいつの間にか所定の戦闘時間が過ぎていることが多かった。
俺の見立てだと負傷者の減少に特に貢献していたのは……。
“恵子、お前の兄、スゴイな”
“もちろんッ! マモちゃんは私の自慢のお兄ちゃんだからね”
負傷者の減少に大きく貢献したのはマモルの立ち回りの変更だった。
彼がシロクズシへの攻撃を最低限に控えて部隊に張り付くことで、シロクズシのつる草から掘削要員を守る鉄壁の盾となった。
マモルが自分の居る方向からの攻撃を完全にシャットアウトしてくれば、他の隊員も別方向から来る攻撃に対して高い密度で掘削要員を守ることが可能になる。
結果として昨日に比べて負傷者の数は激減した。
“しかし、お前の兄貴もすごいけど、アイリスがこれほど優秀な指揮官だとは思わなかったぜ。あいつ本当に医者なのか”
“お医者さんで間違いないと思うけど、アイリスさんの指揮能力は、才能のなせる業だと思う。同じ地球人でも、私もお兄ちゃんも、牙門さんも、アイリスさんみたいな天才指揮官になれないから”
アイリスのすごいところは、自分の部下となる兵の扱いがとても上手いことだ。
きっと親父や、ミ・カミ様が指揮を取った場合、我の強い性格なので自分の考えを部下に押し付けてくるだろう。
しかし、アイリスは必ず部下の上申を聞いて、その考えを採用するか否かを客観性・合理性に照らし合わせてから判断する。
かといって自分の考えが全くないわけではなく、今回の作戦では『兵の命を守る』というという明確な重要目標をかかげ作戦に参加しているマモノハンターに繰り返しその考えを言い聞かせていた。
自分の考えを繰り返し言い聞かせ、部下がその考えを理解してくれるのを待つ。
きっと今日の成功は、そんな小さな努力を粘り強く続けた結果だ。
“恵子、お前はこの戦いこれからどうなると思う?”
“う~ん、多分大丈夫なんじゃないかな? きっとアイリスさんの頭の中では、この作戦の山場は超えてると思う”
“山場は初日か”
個々の能力は高いが、集団行動に慣れていないマモノハンター達にとって最も危険なのは何も知らずに戦った初日の戦いだったのかもしれない。
アイリスが最初からそう考えていたのだとしたら。
“頭おかしいんじゃないか、あの女”
俺は自分達を指揮する彼女の底知れない部分に寒気を覚えるのであった。
――牙門十字
シロクズシ駆除作戦3日目。
今日も空が白い光を帯び始める時間に、マモノハンター達に定期便と呼ばれている武器と食料を満載にした竜車が野営地に到着する。
作戦開始から3日、今のところこの作戦における兵站は問題無く機能している。
もっとも、この補給の充実は日本政府が武器と食料を支援してくれたおかげだ。
軍隊というのとにかく大飯食らいの組織だ。
今回、シロクズシ駆除作戦のために集まったマモノハンターの数は150人。
この150人が、毎日朝と夜、1日2回食事を取るので1日につき300食の食料が消費される。
なんの生産活動もしない150人に、毎日300食の食料を提供し続けるためのコストは安いものではなく、作戦の期間が長くなればボディーブローのようにウルクの財政にダメージを与えることになる。
ウルクは肥沃な穀倉地帯に居を構え、北のラガシュや南方にあるウルにコメを輸出して外貨を稼ぐ農業大国だが人口は30万人と地球のスケールでいけば地方都市レベルの人口しか有していない。
人口が30万人しかいない国は、基本的に30万人分の食い扶持とプラスアルファしか食料生産をしないので、今回のような大規模な軍事作戦を起こした場合、日本政府の支援が無ければ兵站の確保に四苦八苦することになっていただろう。
「牙門さん、おはようございます」
今日の定期便には意外な人物の姿があった。
外務省からか出向して来た伊藤君が、竜車の荷台に揺られて野営地までやってきたのだ。
「伊藤君じゃないか。まる一日かけての移動おつかれさま。竜車の荷台はけっこう揺れるから酔ったんじゃないか」
「実は途中、車酔いで2回吐きました。竜車から降りて歩こうとも思ったのですが、けっこう速いので降りるに降りられなくて」
「見た目は鈍重そうなのに、竜車ってけっこうスピード出るよな」
竜車の速度は当たり前だが車を引く竜の歩行速度に依存する。
ちなみにウルクで最も多数飼育されている中型の角竜パキリノサウルスの歩行速度は時速15キロから20キロの間くらい。
自動車に比べると遅いが人間が走って追いていくのは難しいスピードで、道の全く整備されていないオフロードで4トン近い荷物を引いていることを考えると十分すぎる速さと言える。
「しかし、こんな最前線になにしに来たんだ? シロクズシは生息域の外にいる動物を攻撃しないから大きな危険はないがここが戦場である事に変わりはないぞ」
外交官である彼の仕事は戦場に立って敵と戦うことではない。
ウルク語の会話がある程度出来るようになったなら、ウルクに行って有力者に会い、日本の存在をアピールすることが彼の戦いだ。
「そうは言っても、ウルクの国家元首が居るのはこの戦場ですからね。あと、外務大臣からウルクの軍事力を計る資料としてマモノハンターの戦いぶりを撮影してこいと特命を受けました」
そう言うと、伊藤君は動画撮影用のハンディカムを取り出した。
彼が持ってきたの4K対応+自動光学補正機能付きの高級機種で、異世界生物対策課でも偵察時にマモノの資料映像を残す目的で同クラスの機種を購入している。
戦場での資料映像を撮るために外務省はかなり奮発したようだ。
「そういう仕事があるなら仕方ないな。ついて来い、日本政府は食料と武器の援助で恩を売りまくってるから司令部に帯同する許可は取れるだろ」
伊藤君を連れてアイリスの元へ行くと、彼の帯同はアッサリと許可が降りた。
『グットッ! 動画撮影いいですね。皆さんの活躍を映像に収められるなんて素晴らしいです』
『それが話に聞いていたビデオカメラという奴ね。戦ってる姿を映像に収められるっていうのは素晴らしいわね。その映像をウルクの国民に見せれば、マモノハンターがどれだけ勇敢に戦ったか国民に見せることが出来るじゃない』
伊藤君が戦いの様子を撮影すると聞いて、ミ・カミ様がその映像をウルクで上映したいと言い出した。
『えっ! 僕の撮った動画をウルクで上映するんですか?』
伊藤君は自分が撮った動画がウルクで公開されると聞いて露骨に動揺する。
『私達が戦ってる姿を撮影するんでしょ、それをウルクで公開したらだめなの?』
『いえ、そういうわけでは……』
「動画データのコピーなんていくらでも作れるだろ。友好国への贈り物だと思って渡しておけ」
「確かに、そうですね」
「出来れば、私もその動画データのコピー欲しいです。ホワイトハウスにウルクは地球の中堅国家と比べても見劣りしない軍事力を持っていることを知らせておきたいです」
確かに今後、ニビルが地球と接触することを考えるとニビルの各都市国家が地球人から見てもバカに出来ない軍事力を持ってることを知らせておくことは大きな抑止力になる。
ウルクは銃や戦車のような現代兵器は持っていないし兵士の数も少ないが、マモノハンター各個人はアサルトライフル等の歩兵用武装では対処不能な身体能力と攻撃力を有しているし、中にはミ・ミカやミ・カミ様のように複数の戦車を撃破可能なバケモノも存在する。
それを見せつければ地球の国々も安易にニビルに侵略戦争を仕掛けようと考えなくなるだろう。
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