第69話 私は信じています。彼らはマモノ退治のプロです。

――天原衛


 ニビルな真っ暗な夜が終わり、空が白い光を放ち始める。

 夜明けと同時にサクラノオキナはシロクズシへの攻撃を中断し、俺達の目の前を横切って深い森の中へと消えていく。

 サクラノオキナと入れ替わるように、彼の作った道を使ってパキリノサウルスが引く中型の竜車が一台、シロクズシ討伐隊の元に到着した。

 竜車には討伐隊の隊員が食べる食料、それにナパーム弾の材料となるナフサと金属石鹸が山積にされている。

 前線基地と、討伐隊の野営地を一日かけて往復し物資をピストン輸送するこの竜車はシロクズシ討伐隊の生命線だ。

 何しろ討伐隊は150人の大所帯。

 こうやって、食料と武器が補給されないとシロクズシ討伐隊は2日と持たず干上がってしまう。

 この作戦を実施するに当たって、ミ・カミ様が竜車1台とパキリノサウルス2頭の貸出を提案してくれた。

 当初の予定では俺が竜車を引いて前線基地と野営地とのピストン輸送をやることになっていた。だから、目の前にいる角の無い角竜は俺を輸送任務から解放して戦いに参加出来るようにしてくれた恩人ということになる。


『物資の輸送ありがとうございます』


 俺は食料や武器の積み下ろしを手伝いながら、竜車に乗ってやってきた人達に挨拶すると彼らは寂しそうに首を振った。


『俺達は輸送隊じゃなくて、交代要員なんですよ』


 大人数が一度に戦う場合、戦闘中に死傷者が出て各部隊に欠員が発生することは十分考えられる。

 だから、竜車は前線で戦うマモノハンター達の武器や食料の輸送だけでなく、前線基地で待機している予備兵力5人くらい送迎して、死傷者と交代して各部隊の定員を満たすことが作戦計画に盛り込まれている。


『でも、昨日の戦いでは負傷者は出たけど、みんな軽症で済んで部隊の欠員は出ていないって聞いたぞ』

『だから俺達、荷物降ろしたら前線基地にとんぼ帰りなんですよ。シロクズシと戦うんだって気合入れて来たのに正直萎えます』

『確かに、とんぼ帰りは萎えるなあ』


 マモノハンターは、みんなマモノを倒して手柄を立てたいと思っている血の気の多い連中の集まりだ。

 昨日の戦いで死者や、重傷者が出なかったのはめでたいことだが、予備兵力として待機を命じられている彼等はいい気分はしないだろう。

 何とか彼等を元気づけられないか思案していると、ハ・ルオがパタパタと走り寄りながら何かを叫んでいる。


『今朝到着した交代要員の方々ですよね。すいませんが、急ぎ作戦本部の方に来てくださいッ!』


 ハ・ルオに先導されてアイリスの元に向かった交代要員の5人に告げられたのは、俺が思ってもみなかった命令だった。


『治癒魔法が使えるハンターを戦闘任務から外して負傷者の治療に専念させるので、貴方達は彼らの代わりに各部隊に合流してシロクズシとの戦いに参加してください』

『と、いうことは俺達戦えるんですか!?』

『はい、一日遅れですが今日からよろしくお願いします』


 交代要員の5人は、ここに来たのが無駄足とならずシロクズシと戦えると知って互いにハイタッチして喜びを露わにしている。


『しかし、治癒魔法が使える奴は戦闘から外して負傷者の治療に専念っていきなりの方針転換だな』

『朝一番に、ミ・カミ様やミ・ミカが各部隊を代表して上申に来たんです。昨夜、夕飯のあと各部隊で昨日の戦いについての反省点を話し合ったみたいなんですが、どの部隊もとりあえず治癒魔法が使える人員は戦闘から外して負傷者の治療に専念させるべきだという意見が出たらしくて』


 各部隊で話し合いか。

 どうやら、昨日の戦いで上手くいかなかったこと、失敗が多かったことは、作戦に参加した全員にとって共通の認識だったようだ。


『とても良い改善策だと思ったので、指揮官して花まるで今回の上申案を採用しました』


 治癒魔法が使える人員は戦闘から外してケガ人の治療に専念させる。

 俺もいいアイディアだと思うが、しかし……。


「アイリス。お前のことだから治癒魔法の使い手はケガ人の治療に専念させるなんてアイディア、最初から思いついてたんじゃないのか?」


 アイリスの考える作戦の特徴は、死傷者を減らすための安全マージン確保の徹底だ。

 そんな彼女が、こんな初歩的な見落としをしていたことが不思議で仕方ない。


「そのアイディアはあったんですが、私の命令で戦闘から外されたら、その人達はどんな感情を抱くと思います?」


 アイリスの命令で最初から戦闘から外し、治療に専念させたらどうなるか想像してみる。

 マモノハンターは基本的に戦うことが三度の飯より好きな連中ばかりなので、アイリスの命令で戦闘から外されたらその人物は命令に対して大きな不満を持ち士気は大きく低下するだろう。


「全て命令して押し付けるんじゃなくて、自分達で改善策を考えるようにしないと士気の低下から組織が崩壊する可能性があるってことか」

「それもありますが、私は信じています。彼らはマモノ退治のプロです。戦死することさえ防げば、彼らは私が考えるよりも遥かに有効なシロクズシへの対抗策を立案してくれますよ」


 アイリスはこれから始める激闘に備えて朝食を食べているシロクズシ討伐隊の面々の姿を見ながら満足げな笑みを浮かべている。


『衛ッ! 今日の作戦開始前に少し相談したいことがあるんですが?』


 アイリスと一緒にみんなが朝食を食べている様子を眺めていた俺の元にミ・ミカが駆けよって来る。


「ほら、衛にも相談があるみたいですよ」


 俺はミ・ミカに手を引かれて、ウルクのマモノハンター達が考えたシロクズシ対策とやらを聞きに行くのであった。

 _____________________________


『衛さんは、無暗に敵に突撃するのではなく、グレンゴンのサイズをシロクズシの根っこを掘り出す人たちの盾として使って欲しいんです』


 俺がミ・ミカから、シロクズシに突撃したときの立ち回りを昨日から変えて欲しいと頼まれた。

 昨日の俺は恵子と一緒に先鋒として敵に突撃してパワーを生かしてシロクズシの攻撃手段であるつる草を片っ端から引きちぎるという戦い方をしていた。

 しかし、今日は敵への攻撃を最低限にしてシャベルでシロクズシの根を掘り出す掘削要員に張り付いてグレンゴンの巨体を彼らの守る盾として活用して欲しいという意見が全ての部隊から提案されたらしい。


『衛さんに各部隊の尻拭いをお願いするみたいで大変申し訳ないんですが……』


 ミ・ミカは申し訳なさそうな顔で、敵を攻撃せず身を挺して味方を守る盾になれというお願いをしてくるが。


『わかった、やるやる。確か昨日の負傷者もほとんどが掘削要員だったって話だし、仲間への盾役喜んでやらせてもらうよ』


 俺の能力を生かして仲間を守って欲しいという提案に不満なんてあるはずがない。

 アイリスが言っていたシロクズシ討伐隊の隊員全員が凄腕のマモノハンターで、マモノ退治のプロだという言葉を俺は肌で実感する。

 彼らは昨日の失敗から学び、改善策を自ら考え提案する能力を持っている。

 しかも、自分の戦い方を改善するだけでなく。

 俺の動きもちゃんと見ていて、もっと良い戦い方があると教えてくれたことが素直にうれしい。


『昨日アイリスに言われたんだよ。周囲に気を配れるよう、もっと余力と余裕を残した状態で戦ってくださいって』


 俺は目の前の敵ばかりに気を取られ周りを全く見ていなかったが、他のマモノハンター達はちゃんと俺のことを見てくれた。


「俺もまだまだ未熟者だな」


 戦い慣れしてない自分の力不足を自覚して、俺はグッと拳を握りしめた。



――ミ・ミカ


 ピュルルルルルル!!!!


 カブラ矢の奏でる特徴的な音色が、二日目の戦いの始まりを告げる。

 昨日の失敗を元に部隊の編成を変更したが、戦法は基本的に昨日と同じでナパーム材入り火炎瓶の投擲から始まる。

 シロクズシが昨日と同じく土魔法≪ドロバクダン≫で紅蓮の業火を消し止めるのを見届けてからハ・ルオがカブラ矢を2本放ち第一部隊に突撃の合図をする。

 今日は昨日の反省を踏まえて、治癒魔法を使える隊員の後方待機。

 マモルさんに掘削要員に張り付いて彼等を守る盾となってもらうように頼んだ外に、部隊内で若干のフォーメーション変更を行った。

 昨日は、シャベルを持って根を掘り出す掘削要員が25人、武器を持って掘削要員を守る護衛が25人の半々で人員の割り振りを行っていたが、今日は掘削要員20人、護衛30人に人員を再配置している。

 全て昨日の戦いで護衛の手が足りず掘削要員にケガ人が続出したことを反省してのフォーメーション変更だ。

 これらの対策が吉と出るか、凶と出るか。

 今、その真価が問われようとしていた。

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