第68話 久しぶりだな、サクラノオキナ。俺は、戻って来たぞッ!
――天原衛
長い……長い一日が終わった。
シロクズシのへの攻撃開始から、夜になるまで戦い続けた俺と恵子は森の中の安全圏に逃げ込んだ途端パタンとその場にへたり込んだ。
「恵子、衛、ベリーナイスファイトッ! 貴方達が頑張ってくれたおかげで今日の攻撃は戦死者0で戦い抜くことができました」
「それはよかった」
本当に良かったと思う。
戦死者0で戦い抜く。
それは、アイリスがシロクズシ駆除作戦を立てるときに最も重要視していたことだ。
「戦死者0はおめでたいが、俺はとりあえず飯を食わせて欲しいぜ」
グレンゴンに変身するための魔力を使い果たした俺は、一時的にスライム状の物体に姿を変え、最低限の魔力の回復を待って人間の姿に復帰する。
いつものことだが、人間の姿に戻った俺は一糸まとわぬ全裸だ。
もっとも、俺達が必死に戦っていた姿を見ていたマモノハンター達に、素っ裸で座っている俺に奇異の視線を向ける者はいない。
代わりに、ミ・カミ様が無言で俺に服を渡してくれた。
ただし、渡された服は元々来ていた作業着ではなく見知らぬデザインの服だった。
「これ? 洋服じゃないのかよ」
「それウルクの男服だよ。柔道着に近い構造だから、そっちの方が脱着しやすいと思う」
コクエンの姿から、いつものハイカラさんスタイルに戻った恵子が服を着るのを手伝ってくれる。
ウルクの男性着は、柔道着のズボンのように腰回りをヒモで縛るタイプのズボンと、腰回りくらいまで丈のある着物がセットになっていた。
例えて言うなら時代劇に出てくる岡っ引きが着ているようなデザインの着物で、基本的な構造は柔道着と同じなので慣れれば一人で着付できるだろう。
和服の利点は、本人の体格に合わせて細かく服のサイズを調整しなくてもいいところだ。
俺も、ミ・カミ様が用意してくれた服を問題無く着ることが出来た。
周囲を見渡すと、男性のマモノハンターは同じデザインの着物の上から野外活動用のマントや、チェインメイルを上から羽織っている人が多数派だ。
『ミ・カミ様、服、ありがとうございます』
『衛君と恵子さんは、今日一番頑張ってくれたからこのくらいなんでもないわ。しかし、変身するたびに裸にならないといけないのは、ちょっと不便ね』
『そうは言っても、変身前と変身後じゃ戦闘力がダンチですからね。それに、人に裸見られまくってるんで、いい加減気にならなくなってきましたよ』
イヤな話だが人間は慣れる生き物だ。
裸芸で笑いをとるお笑い芸人と似たようなもので、変身能力に目覚めた当初は多少感じていた恥ずかしさも今ではスッカリ感じなくなってしまった。
特に顕著なのは変身能力を披露しまくったミ・ミカ達の反応で、最初はと同年代の男子の裸を見て目を背けていた彼女達も、今では石像でも見ているような反応しかせず無言で服を渡してくるようになり、俺が裸でフラフラ歩いていたら怒鳴ってくるのは今では恵子だけになってしまった。
「服を着たなら、ご飯食べに行こうよ。マモちゃん、体力も魔力もカラカラで倒れそうでしょ」
「それは恵子も同じだろ。ひどい顔してるじゃないか」
俺と同じく朝の攻撃開始から夜の帳が降りるまで戦い続けていた恵子は体力と魔力が枯渇している影響で青白い顔をしている。
「奥の方で食事の用意をしているので二人は好きなだけ食べてください。それだけの働きをしてくれたのは、ここに居る全員が認めています」
アイリスに案内されて森の中を歩いていくと、木を切り倒して作った開けた空間にマモノハンター達に食事を提供するための炊事場が作られていた。
しかも、しかもそれだけじゃない。
「南側に竜車が通るための道が整備されてる。こんな道、いつの間に作ったんだ?」
俺達はゲートのある洞窟に前線基地を作るために、大工の人達を護衛しながらウルクと前線基地を往復する仕事を毎日のようにこなしていたが。
シロクズシと前線基地を繋ぐ竜車道を作る仕事にはノータッチだった。
「いや、実はこの道を作ったのは私達じゃないんですよ」
アイリスがそう言った直後、ズシンッ! ズシンッ! と巨大な物体が近づいてくる音が響きわたる。
即座に武器を取り警戒モードに移行するマモノハンター達に、アイリスが拡声器持って全員に呼びかけた。
『いま接近して来るマモノは敵ではありません。皆さん攻撃せずに、道を開けて彼を通してあげてください』
俺が竜車道だと思っていた道から姿を現したのはサクラノオキナだった。
「もしかして俺が竜車道だと思っていたって……」
「ええ、実はサクラノオキナの通り道です。彼は森の木々を必要以上に傷つけないように毎日同じ道を通ってシロクズシと戦いに行ってるので、その通り道を利用させてもらいました」
サクラノオキナは幹の直径が5メートルを超える巨木を依り代としているので、彼が通ったあとには地面の土が掘り返され中型の竜車が通れるくらいの道が出来る。
シロクズシと戦い続けているマモノ、サクラノオキナの存在はシロクズシ駆除作戦に参加しているハンター全員に周知されているので、その場に集ったマモノハンター達はスーッとモーゼが奇跡で海が割ったように左右に分かれて道を開けた。
その場にいるマモノハンターの大半が、シロクズシに勝ち目のない戦いを挑み続ける巨大な枯れ木のマモノに無言で畏怖の視線を向ける中、俺はサクラノオキナに近寄って声をかける。
「久しぶりだな、サクラノオキナ。俺は、戻って来たぞッ! シロクズシを倒すための戦力も、装備も、作戦も全部用意して戻ってきた」
サクラノオキナが、俺の言葉の意味を理解できたとは思えないが、彼は枯葉の残った枝で俺の頭をワシャワシャと撫でる。
どうやら、彼の中で俺とここに集まったマモノハンターは自分の仲間だと理解してもらえたようだ。
彼は、俺に最低限の感謝の気持ちを伝えるとズシンッ! ズシンッ! 大きな足音を響かせながらシロクズシの元へ向かっていく。
きっとこれから、連日連夜繰り返されているサクラノオキナとシロクズシの戦いが始まるのだろう。
『これからサクラノオキナがシロクズシに対して攻撃を仕掛けます。少しうるさいと思いますが、皆さんは自分の身体を休めることに努めてください』
アイリスは拡声器を使って、サクラノオキナとシロクズシの戦いにクビを突っ込まないよう、その場にいる全員にクギを刺す。
「アイリス、他の連中はともかく、俺は飯さえ食えばまだ戦えるぜ」
「で?」
「飯食ってエネルギー補給したら、俺だけでもサクラノオキナの手伝いに行きたい」
俺や恵子のようなマジンは、食事を取って体内にエネルギーと魔力を溜め込めば普通の人間と違って疲労を無視して戦い続けることが出来る。
俺にとってサクラノオキナはもう、見知らぬマモノではなくシロクズシという共通の敵と戦う戦友だ。
戦友が戦っているのだ。
駆け付けて助けてやりたいという気持ちが腹の奥からフツフツと湧いてくる。
アイリスは目をつぶって深々とため息を吐くと、拡声器の取っ手の部分をスコーンと俺の脳天に振り下ろした。
まったく痛くない打撃だったが、いつも沈着冷静で声を荒げることもほとんどないアイリスがいきなり暴力に走ったことにビックリした。
「ダメに決まってるでしょ! 衛はシロクズシ討伐隊の隊員です。その場の感情に流されずに明日に備えてコンデションを万全に整えてください」
「俺はマジンだから飯さえ食えば多少の無理は効くんだけどなあ」
「その無理をするという発想がダメなんです。今回の作戦は衛さん一人で戦っているんじゃありません。周囲に気を配れるよう、もっと余力と余裕を残した状態で戦ってください」
アイリスに深くクギを刺され、俺はサクラノオキナを援護するための夜間出撃を断念することになった。
バキッ! ドガッ! グシャ!
聞こえてくる轟音が、サクラノオキナとシロクズシが激しい戦いを物語っている。
俺は後ろ髪を引かれる気分だが、俺も一応元自衛官だ。
軍隊おいて、指揮官の命令には絶対に服従しなければならないということは理解している。
俺は黙って食事を取り、寝転がって気力と体力の回復に努めることにした。
――天原恵子
全員が夕飯を食べて、身体を横にして休息を取り始めたところで、ようやくシロクズシ駆除作戦の初日はようやく終わりを迎えた。
作戦に参加したマモノハンターの大半は昼間の激闘の疲れを癒すためスースーと静かな寝息を立てており、見張り役の持つカンテラの明かりが真っ暗な森の中でユラユラと揺れている。
私は地面に敷いたマントの上で4回目の寝返りを打ったあと、寝るのを諦めて起き上がった。
野宿には慣れているので、いまさら地面が固くて寝られないなんて情けないことを言うつもりはないが、昼間の激闘で気分が昂揚しているせいか瞼は重くならなかった。
「少し散歩するか」
森の中では、そこら中で作戦に参加したマモノハンターが雑魚寝をしていた。
私は彼等を踏まないように気を付けながら暗い森の中をヒタヒタと歩き回る。
散歩をしていると、カンテラの明かりとは違う光が暗い森の中で輝いているのが見えた。
見覚えがある。
私の記憶が確かなら、あれはスマホかタブレット端末のバックライトの光だ。
「明日の朝も早いんだから、指揮官殿も早く寝た方がいいんじゃない」
近づいてみるとアイリスさんが、木の幹を背にしてタブレット端末にデータ入力をしていた。
「私は、今日の戦闘に関するデータの入力が一通り終わったら休みますよ。恵子はこんな時間にどうしたんですか?」
「なんか気分が昂揚して眠れないから少し散歩。こんなに自分を追い込むくらい戦ったのは久しぶりだからね」
この作戦で私に与えられた役割はマモちゃんと一緒に全ての戦闘に参加すること。
空が明るい間はシロクズシのつる草を火魔法で焼いて焼いて焼きまくり、体力と魔力を使い過ぎてヘロヘロになってしまった。
ここまで、ギリギリの戦いをするのは久しぶりなので気分が昂揚しているのだろう。
「気分転換がすんだら眠れなくてもいいので、身体を横にして目をつぶってください。そうするだけも心身は休まるので」
その発言を聞いて、彼女が何者なのかを思い出す。
他に適任者がいないので指揮官の仕事をお願いしてしまったが、アイリスの本職はお医者さんなのだ。
「今日の戦闘に関するデータって、各班の戦闘時間とかケガ人の数とかいろいろ記録付けてるけど、そんな細かいデータ必要なの?」
「必要ですよ。私は指揮官なので、データを見て作戦が上手くいっているか見極めなくてはなりません。悪い結果が出ているようなら改善策を考える必要があります」
「ちなみに今日の結果はどうなの?」
私に主観で言わせてもらうと、今日の戦闘はボロボロだった。
シロクズシがドロバクダンで早めにナパーム弾の炎を消火することを覚えてからは、全ての戦闘で所定の戦闘時間30分もたずに撤退する憂き目にあっている。
「そうですねえ。指揮官の立場から言わせてもらうと、死者ゼロで初日を切り抜けたので上々の出来だと思います」
「あの内容で、上々なの!?」
少し行儀は悪いがアイリスの持っているタブレットのデータを見せてもらう。
予想通り、30分戦いきれたのはナパーム弾の消火に時間がかかった最初の戦闘だけで、その次からは長くて25分、短い場合は18分で総員撤退の判断が下されている。
「やっぱりナパーム弾で露払いをしても30分戦いきれてない。おまけに今日の戦いでシロクズシ根っこ20個しか焼却処分出来なかったんでしょ」
私達が一か月前、一晩中戦い続けて焼却した地下根の数が12個だったので、単純な数で言えば、あの時に比べてほぼ倍の数の根を焼却出来たのかもしれない。
しかし、150人もの人員を投入してこの結果は少し物足りない気がする。
「恵子、焦るのは良くないですよ、リラックス、リラックス」
「むううう……」
明らかに計画通りの戦果が上がっていないのに、落ち着き払っているアイリスの真意が判らない。
「恵子だから特別に言いますが、私、最初は計画通りに戦果が上がらないと思っていました」
「だったらなんで、こんな作戦を作ったのよ?」
「最初は、と言ったじゃないですか。恵子、人間というのは経験から学び成長する生き物なんです」
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