第67話 第2部隊戻ってきます。まだ30分経ってないけどいいんですか?
――ハ・マナ
風魔法≪キリサキ≫
乱戦エリアの中に飛び込んだ私は、倒れて動けなくなっている男性にトドメの一撃を放とうとするシロクズシのつる草を間一髪のタイミングで切り捨てた。
だが、これで安心するわけにはいかない。
いま戦っている相手はシロクズシ。
攻撃の手足となる、つる草は私の周囲に数えるのもバカらしくなるほど生えている。
『ヨ・タロ。速く負傷者を避難させて』
風魔法≪キリサキ≫
私はヨ・タロに一刻も早く負傷者を乱戦エリアから離脱させるように呼びかけながら、二人を襲うつる草を風の魔法で切り払う。
私は、常人だ。
体力にも魔力にも限界があり、周囲のつる草を全て薙ぎ払うような無茶をすればたちまち体力が付きて気絶してしまう。
だから見極めなくてはならない。
自分と、ヨ・タロ、負傷者の3人を襲うつる草だけをピンポイントで切り払い、最小限の魔力消費でこの場を切り抜けるのだ。
ヨ・タロが負傷者を引きずって乱戦エリアを離脱するのにかかった時間は実質30秒くらいだったが、1秒が1分に、10秒が10分に感じた。
第1部隊が、所定の戦闘時間30分を1人の死傷者もなく完了することが出来たのとは対照的に、第2部隊が近接攻撃を開始すると立て続けに戦闘不能なレベルの負傷者を出すことになった。
原因はシロクズシがナパーム弾の炎を消す方法を学習したから。
近接攻撃は、ナパーム弾でつる草を焼き払った地点の地面を掘り返してシロクズシの地下根を探し出し、それを焼却処分してシロクズシの生息域を削ることが目的だ。
第1部隊は、火炎瓶を投下して近接攻撃開始するまで11分間、ナパーム弾の炎はシロクズシのつる草を焼き続づけた。
しかし、第2部隊が投下したナパーム材入り火炎瓶はわずか5分で消し止められてしまった。
延焼時間の差は6分。
しかし、この6分の消火時間短縮によってシロクズシのつる草は、第1部隊が対峙したときに比べてほぼ倍の数が生き残っていた。
つる草の数が倍になれば、反撃の手数も、攻撃力も倍になる。
第2部隊マモノハンター達はシロクズシ強力な反撃に一歩もひるまず戦い続けているが、それでも近接攻撃の開始からわずか15分で3名の脱落者を出している。
私とヨ・タロは、アイリスさんからの特命で第2部隊の救助担当に任命されている。
15分の間に3名の負傷者が出ているので、必然的に私とヨ・タロはわずか15分の間に3回、乱戦エリアへの突入と負傷者を抱えての離脱を決行することになった。
正直キツイ、近接戦闘が始めって今に至るまで、一息つく余裕すらない緊張を強いられる時間が続いている。
『そろそろ、マズいかもな』
私の右隣で、総員撤退の合図を出す準備している牙門さんが小さくつぶやく。
その真剣な表情から、なにか重大な決断をしようとしていることがヒシヒシと伝わってくる。
「ワンッ! ワン! ワン! ワン!」
乱戦エリアを監視していたヨ・タロがけたたましく吠えて私に異変を伝えてくれる。
彼の視線の先に目を向けると、地面に突っ伏した4人目の負傷者の姿が見えた。
『ハ・ルナ。負傷者を救助したらお前も他の奴らと一緒に森まで撤退しろ』
4人目の負傷者が出たのを見て牙門さんは、カブラ矢を3回空に向かって撃ち放った。
カブラ矢を3回放つのは総員撤退の合図。
所定の戦闘時間30分はまだ経過していないが、牙門さんは第2部隊がこれ以上戦闘を続けるのは無理だと判断した。
――アイリス・オスカー
『第2部隊戻ってきます。まだ30分経ってないけどいいんですか?』
所定の戦闘時間が経過していないのに、牙門が緊急撤退の合図を出したのを見てハ・ルオは顔にポカンと疑問符を浮かべている。
『良い、悪い、でいうなら十字は良い判断をしてくれました。戦果あげるために部隊が全滅したら元も子も無いですからね』
仮に死傷者が1人出たら、部隊内の別の隊員が死傷者の救助又は搬送を行わなければならないので結果的に部隊は2人分の戦闘力が減少してしまう。
たかが1人、されど1人だ。
今回の作戦では戦闘と休憩のローテーションを構築するために、各部隊を50名で編成している。
各部隊の人数は50人なので、5人の死傷者が出たら部隊の戦闘力は単純計算で10%減少することになってしまう。
これだけでも大問題なのだが、最悪なのは味方の戦闘力が10%減少しているのに敵の戦闘力が変わらないという現実だ。
敵との戦力差が開いてしまうので10%の損耗を受けた部隊は戦力差に押されて更なる損害を出す可能性が非常に高くなる。
現代の戦闘理論では部隊の構成員の30%が死傷すれば全滅と判定される。
たとえ、構成員の7割が生き残っていたとしても死傷者を守るために部隊は戦闘不能に陥ってしまうのだ。
だから、部隊が全滅する前に撤退の命令を出した十字の判断は正しい。
この作戦で最も重要なのは、一度の戦いで多くの戦果を得ることではなく、各部隊の戦闘力を可能な限り維持し続けることだ。
幸い今回の作戦に参加してくれたマモノハンターの中には骨折くらいの負傷であれば、短時間で癒してしまう治癒魔法の使い手が何人も存在する。
ハ・ルナ達が救助した負傷者も治癒魔法と、一時間の休息を挟めば、次の戦闘に参加できるだろう。
『どんなに頑張っても、この規模のシロクズシを一日で駆除しきるのは不可能です。だから、人命最優先、戦力維持が最優先です。今回、失敗したと思うなら、その原因を分析して次の戦いに生かせばいいんです』
ハ・ルオに、この作戦の重要事項と私の考えを話して聞かせると、彼女は真剣な表情でコクコクと頷いてくれる。
別に暇つぶしで、彼女にこんな話をしているわけではない。
ハ・ルオには直接伝えていないが、私に身に何か起こった時には代理の指揮官は十字が、十字が担当している撤退の指示役はハ・ルオに担当してもらおうと思っている。
もしもの時に備えて、ハ・ルオには戦術的な視点を養って欲しいのだ。
――ミ・カミ
『アイリスさん、第2部隊30分もたなかったわね』
第2部隊が30分もたずに撤退してくる様子を見ながら私はアイリスさんの元を訪れた。
私が持っているストップウォッチに刻まれているタイムカウントは20分。
ナパーム弾による露払い経ているにも関わらず、所定時間一杯戦いきれなかったのは頭の痛い結果だ。
しかし、アイリスさんは第2部隊が敗走する様子を見て、むしろ余裕の笑みを浮かべている。
『30分もたなかったのは残念ですが、第2部隊に大きな被害は無いみたいなのでノープロブレムです。これから休憩に入るので、その間に負傷者の治療と魔力回復を行えば第2部隊は次も完全な状態で戦えるでしょう』
『アイリスさん言ってたもんね。最悪なのは死者が出ることによって部隊の戦闘力が永久的に低下することだって』
『そうです。一番重要なのは死傷者を減らして部隊の戦闘力を継続的に維持すること。作戦目標の達成は二の次です』
彼女は医師なので、作戦計画を作るに当たって可能な限り誰も死なせたくないという気持ちがあったのは間違いないだろう。
だが、それだけではない。
『長期的に考えて部隊の戦闘力を維持し続けることが、シロクズシを効率よく駆除することに繋がる。私は、その辺理解したつもりなんだけど』
私は、ため息混じりに、自分がアイリスさんのところに来た理由を告げた。
『マモノハンターって奴はどうにも血気盛んな奴が多くてね。第2部隊が20分で敗走しちゃったから、第3部隊をその穴埋めために40分戦わせてくれって要望が出てるのよ』
ちなみに私の任務は、ミ・ミカ達と同じ負傷者の救助だ。
今回の作戦で編成した各部隊は命令系統の混乱を避けるために、各部隊に隊長や副隊長を設けていないので私が部隊を代表してアイリスさんに部隊の要望を伝える役割を引き受けることになった。
『はあ!?』
私の話を聞いたアイリスさんは口を半開きにして、驚きを隠そうともしなかった。
アイリスさんの隣に控えるハ・ルオも、露骨に額に皺を寄せて不満の感情を露わにしている。
『ミ・カミ様、こんなバカな要望伝える役目、なんで引き受けたんですか? 第2部隊が20分で撤退したのに第3部隊が40分戦いきれる根拠ってないですよね』
各部隊の戦力は、ハンター協会の記録にあった昨年度の年間ランキングを参考に概ね均等になるように人員配置している。
強いて言えば、ミ・ミカは他のメンバーに比べて圧倒的に強いけど、それ以外に各班の戦闘力に優劣はない。
『私だって、なにバカなこと言ってるんだって思ったわよ。でも、第3部隊の大半が敗走する第2部隊の姿を見て『自分達が上だと見せつけるチャンスだッ!』って舞い上がっているのよ』
実に個人主義者ばかりのマモノハンターらしい考え方だ。
他人が討伐に失敗した強力なマモノを自分が退治すれば自分の名と株が上がる。
彼らの頭にはそれしかなく、敵を倒す算段は気合と根性があれば何とかなるとしか思っていない。
『歴戦のマモノハンターなんて無謀な戦いを繰り返して、運よく生き残ってきた奴ばかりだからね。根拠のない自身だけは人一倍豊富なのよ』
普段のマモノ退治ならそれで問題無い。
チャレンジ精神旺盛で、無謀な戦いを繰り返えして生き残った経験と日々の鍛錬が、ただの人間をマモノハンターに進化させる。
『ミ・カミ様に来ていただいたのに申しわけないですが、第3部隊の要望は指揮官として却下します。ちなみに、攻撃開始時間の前倒しも認めません。当初の計画通りの時間に第3部隊はシロクズシへの攻撃を開始してください』
『指揮官殿の命令拝命いたしました。気にしないで、私はその言葉を聞きたかっただけだから』
だけど、今回は違う。
シロクズシという最強最悪のマモノを倒すためには、この作戦に参加した全ての人員がシロクズシ討伐隊という組織の歯車になって動かなくてはならない。
一人では立ち向かう事すら出来ない大きな困難に、大勢の人達が力を合わせて立ち向かう。
それが、私達に人間に与えられた最強の武器なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます