第66話 お前の任務は負傷者の救助だッ! 俺じゃなく戦場をよく見て負傷者がいないか観察しろ

――天原衛


 ピュルルルルルルッ!

 ピュルルルルルルッ!

 ハ・ルオの放った2本のカブラ矢が青空を切り裂くように大きな放物線を描く。


『うおおおおおおッ!!』


 それはブリーフィングで全員に共有された突撃開始の合図。

 その合図を聞いて50人のマモノハンター達が喊声をあげながらシロクズシに突撃する。


『ギャオオオオオッ!!』

『ワンッ! ワンッ! ワンッ!』


 俺と恵子も獣の咆哮とともにシロクズシに突撃した。

 俺と恵子に託された役割はマモノに変身して、全ての近接攻撃に参加すること。

 普通の人間は休憩なしで戦い続けるなんて生物の限界を超える行為なので不可能だ。

 しかし、マモノやマジンは違う。

 体内に魔力器官を持ち、人間とは別の原理で生命維持を行う俺達は最低限のエネルギー補給さえあれば生物の限界を超えて夜明けから日が暮れるまでぶっ通しで戦い続けることが可能だ。

 ローテーションを無視して全ての戦闘に参加して戦い続けるのは、マジンであっても楽な仕事ではない。

 しかし、アイリスはこの作戦に集まってくれたマモノハンターを守るために、俺と恵子には先頭に立って戦い続けて欲しいと頼まれた。

 断る理由はない。

 グレンゴンに変身した俺の圧倒的なサイズとパワー。

 ナパーム材入り火炎瓶を遥かに凌駕する恵子の炎の魔法。

 例え俺が指揮官だったとしても、他のマモノハンターとは一線を画する強力な戦力を後方で遊ばせておくなんて論外だと考えるだろう。

 俺は一か月前に戦った時と同じようにシロクズシのつる草が密集して生えている場所に飛び込んで、つる草を根元から噛みちぎった。

 周囲のつる草がムチのようにしなりバチバチッ!と俺の身体を打ちすえる。

 シロクズシのつるのムチは、普通の人間が喰らったら一撃で全身の骨をバラバラにされて肉塊に変えてしまう強力な破壊力を持っている。

 たとえ巨大なグレンゴンに変身して、その肉体を魔法で強化しても無傷では済まないし、痛みだって感じる。

 だけど、そんな痛み……気合で耐えればいい。

 生きるということは、他の生き物を殺し続けて自分の命を繋ぐことだ。

 だから、痛くて当たり前、殺して当たり前、殺されるのも当たり前だ。

 アイリスからは、俺と恵子はなにも考えずに戦い続ければいいと言われている。

 だから、俺は戦う。

 力の限り、シロクズシに噛みつき、踏みつけ、蹂躙し続けるのだ。



――ミ・ミカ


 ボンッ!

 ガキッ!

 ゴオオオオンッ!!


 私の眼前で、シロクズシとマモノハンター達が激しい戦いを繰り広げていた。

 打撃、斬撃、爆発、火炎、電撃……数えきれないほどの魔法がシロクズシのつる草を攻撃し、そして同時に無数のつる草が激しい反撃を続けている。

 破壊の轟音が耳を貫く。

 そんな激しい戦いを前にして、私は1エン(36メートル)ほど離れた場所で何もせず呆然と立ち尽くしていた。


『牙門さん、やっぱり私も戦闘に参加したいです。みんな頑張ってるのに、離れた場所で見てるだけなんてイヤです』

『ダメだッ! アイリスに言われただろお前の仕事はシロクズシと戦う事じゃない』


 私と同じように、戦闘の中心部から少し離れた場所で待機していた牙門さんは強い口調で私の戦闘参加を制止する。


『でも!?』

『お前の任務は負傷者の救助だッ! 俺じゃなく戦場をよく見て負傷者がいないか観察しろ』


 一昨日のブリーフィングで、私、ハ・マナ、ヨ・タロ、母さんの4人はアイリスさんから特命が言い渡された。

 特命の内容は戦闘には参加せず負傷者の救助に徹すること。

 私達がこの役目を任された理由は正直よくわからない。

 アイリスさんは言った。


『負傷者の救助をお願いするのは、貴方達がウルクで最も優れたマモノハンターだと思うからです』


 マモノハンター各個人の力の優劣は、ハンター協会が毎年発表する年間ランキングによって可視化されている。

 引退前にマスター・オブ・ハンターになった実績のある母さんは今でも一流のマモノハンターだと思うし、私の個人成績は昨年3位、、ヨ・タロは5位で、ハ・マナが8位、ハ・ルオが9位だ。

 自画自賛はあまり好きではないが、私達がウルクで最も優れたマモノハンターだというアイリスさんの言葉は、少し誇張はあるが完全な的外れではないと思う。

 能力が可視化されているのだから、より優れたマモノハンターがより危険な仕事をするべきだと思うのだが、軍隊という組織を知っている衛さん、牙門さん、恵子の3人は揃ってアイリスさんの判断の方が正しいと言う。

 私は、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、戦場をジッと見つめ続けた。



――牙門十字


『戦闘時間30分経過。第1部隊撤退』

『了解』


 左耳につけたイヤホン越しに聞こえてくる第1部隊の撤退命令を聞いて、俺は空に向けて3本のカブラ矢を放った。

 カブラ矢を1回放ったときは、火炎瓶による攻撃開始の合図。

 カブラ矢を2回放ったときは、シロクズシへの近接攻撃開始の合図。

 そして、カブラ矢を3回放ったときは、総員撤退の合図。

 これが一昨日の全体ブリーフィングでアイリスが繰り返し言い聞かせたこの作戦の最重要事項だ。

 俺の任務は戦闘中のマモノハンター達に撤退の合図を出す役割で、ミ・ミカ達と同じく主戦場から1エンほど離れた位置で待機しアイリスの撤退命令あれば即座にカブラ矢を放てるよう準備している。

 他に適任者が居ないから仕方ないとはいえ肩の荷が重い任務を任されてしまった。

 一見、命令に従ってカブラ矢を放つだけの簡単な仕事のように見えるが、俺に任された役割の本質はそこではない。

 俺はただ命令に従って合図を出すのではなく、戦闘の状況を常に監視して部隊が危険な状況に陥っていると判断したらアイリスの指示を待たずに撤退の合図を出すことを求められている。

 この作戦に参謀や副指令官は存在しないが、俺の立場は実質的にアイリスの副官か前線指揮官に近い。

 その証拠というわけではないが、今回の作戦で使用するために1セットだけ持ってきた携帯無線機の片方を俺は持たされていた。


『ミ・ミカ、第1部隊総員撤退だ。お前も下がれ』


 何もしないうちに、所定戦闘時間30分が経過して呆然と立ち尽くしていたミ・ミカの手を引いて撤退を開始する。

 自分の目で状況を判断し、指揮官の指示を待たずに行動してその責任を負う。

 それが、どれだけ重要で難しい任務なのか、この少女にはまだわからないのだろう。

 この戦いの中で彼女が成長し、自分の任された役割の重要性に気づいてくれることを祈りながら俺はミ・ミカの手を引いて歩き続けた。

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