第65話 アイシャルリターン。ようやく、帰ってきましたね
――アイリス・オスカー
一昨日、前線基地で参加者全員に作戦の概要を伝えた後、短時間だが演習を行い。
昨日、一日かけて前線基地からシロクズシの群生地まで移動した。
そして、いま私の視界一杯に緑色の絨毯が広がっている。
「アイシャルリターン。ようやく、帰ってきましたね」
森も、山も、都市も、全てを『クズの荒野』に変える恐怖のマモノ『シロクズシ』。
一か月の時を経て私はこの怪物と対峙している。
一か月前の私は、衛達の戦いを物陰から覗き見るだけの傍観者に過ぎなかった。
しかし、今日の私はウルクからやってきたマモノハンター150名の指揮官としてここに来ている。
両肩と背中が重い。
これから私が発する言葉の一言一句に、150人の人間の命がかかってると思うと責任の重さに押しつぶされそうになる。
私は折れそうになる心を奮い立たせるため自分の頬をパンパンと叩いて気合を入れ直す。
「アイリス大丈夫? 顔色悪いわよ」
私の不安な気持ちが伝わったのだろうか、隣を歩いていた恵子が私の顔を覗き込んでくる。
「ソーリー。私の指揮に150人の命とウルクの命運がかかっていると思うと怖いです。とても、とても怖い」
「わかる。自分のせいで別の誰かが死んだらと思ったらすごく怖いもんね。でも、だからこそ信頼できる。アイリスは誰も死なせないために、いっぱい頑張ってくれるんでしょ」
「もちろんです。しかし、この作戦で衛と恵子には大きな負担をかけることになってしまったのは申しわけないです」
今回の作戦を立てるに当たり、衛と恵子の二人には体力的にも命の危険という点でも一番キツイ仕事をお願いすることになってしまった。
「何言ってるのよ。私とマモちゃんはマジンよ、普通の人間とは体力も、身体の頑丈さもダンチなんだから、今回の仕事なんて何ともないわ。むしろ、牙門さんやミ・ミカみたいに難しい状況判断をしなくていいから楽なくらいよ」
今回の作戦を立てるに当たって、衛、恵子、十字、ハ・マナ、ハ・ルオ、ミ・ミカ、ヨ・タロ、ミ・カミ様の8人には他のマモノハンターとは違う特別な仕事お願いしている。
主力となるのはウルクから動員した150人のマモノハンターだが、誰一人犠牲を出すことなく作戦を完遂するためには、選抜した8人が自分の仕事をやり遂げてくれることが非常に重要だ。
『アイリスさん。作戦開始前に、ここまで来てくれたマモノハンターに指揮官から訓示をお願いします』
ミ・ミカ様に背中を押され私はここに集まってくれたマモノハンター150人と対面することになった。
『皆さんに訓示を出すならガーディアン・ミ・カミの方が相応しいと思うのですが』
『いいえ、シロクズシ駆除作戦における私の役割はアイリスさん指揮に従って戦う一人のマモノハンターに過ぎません。全員にこの作戦の指揮官は貴方だって判らせるためにも、ビシッと訓示をお願いします』
ミ・カミ様にそこまで言われたら黙ってるわけにもいかない。
私は覚悟を決めて地球から持ってきたメガホンのスイッチをオンにした。
『改めまして、今回シロクズシ駆除作戦の作戦指揮官に任命されたアイリス・オスカーです。
ウルクの命運をかけたこの戦いに参加してくれてたマモノハンターの皆さん、本当にありがとう。私は指揮官として誰一人欠けることなくこの作戦を完遂できるよう全力を尽くします。
そして、この作戦に参加する皆さんに一つだけ絶対に守って欲しいことがあります。
ブリーフィングでも散々言いましたが、撤退の合図が出たら全員速やかに安全圏に撤退してください。
手柄を立てる必要はありません。
むしろ、撤退の指示を無視して手柄を立てた者は命令無視により処罰します』
私は皆に対する訓示で撤退命令には絶対に従うようクギを刺した。
正直、私を見るマモノハンターたちの視線は冷たい。
きっと、戦う力のない女が何を偉そうに言ってるんだと思っているのだろう。
人に恨まれるのは悲しいことだが彼等が撤退の指示を守り、無事生還できるなら私はどれだけ恨まれてもかまわないと思っている。
この場に集まったマモノハンター150人は、個人主義で、隊列も、行進も、陣形も組むことが出来ない兵士としては使い物にならない欠陥品だ。
しかし、一つだけ地球の軍隊より優れている点がある。
この場に集まった150人は全員、武器として加工された魔導具を持ち強力な攻撃魔法を使いこなすことが出来る。
つまり、目の前にいる全員が人知を超えたスーパーパワーを持つヒーローなのだ。
――ハ・ルオ
ピュルルルルルルッ!
私の放った矢が戦場全体に響き渡る甲高い音を立てながら、大きな放物線を描いて飛んでいく。
放った矢はカブラ矢。
ヤジリの部分に矢を放つと戦場に響き渡る甲高い音を響かせるカブラを装着した特別な矢だ。
私の合図を待っていたと言わんばかりに森の中から一斉に50人のマモノハンターが森の中から飛び出し、シロクズシに向かってナパーム材を入れた火炎瓶を投げつける。
こうして、ウルクの命運をかけたシロクズシ駆除作戦の火ぶたが切って落とされた。
アイリスさんは、シロクズシ駆除作戦を実施するにあたって、集まった150人のマモノハンターを一斉に突撃させるのではなく、マモノハンター達を50名単位で編成された3部隊に分けて、各部隊が交代しながら攻撃するプランを提示した。
これは普通の人間が魔法を使ったときのリスク。
エネルギーの過剰な消耗による低血糖症や餓死の可能性を低くするための対策だ。
各部隊に与えられた戦闘可能時間は30分。
30分間戦闘した後、第1部隊は全員が一時撤退して、後続の第2部隊・第3部隊が戦闘している間の1時間に休憩とエネルギーの補給を行う。
この30分の戦闘と、1時間の休憩というローテーションを夜になるまで繰り返しシロクズシの駆除を目指すというシロクズシ駆除作戦の大まかな内容だ。
ここに集ったマモノハンターは、全員が経験豊富な猛者ばかりなので自分達はもっと戦えると主張する声が絶えなかったが。
アイリスさんは、攻撃に参加した50名が確実に生還するためには安全マージンを多め取る必要があると主張して、マモノハンター達が求める攻撃時間の延長を絶対に認めなかった。
そして、私に与えられた役割はアイリスさんに指示されたタイミングでカブラ矢を放ち攻撃開始の合図を50名に知らせることだ。
正直なところ、みんなが命を懸けて戦っているときに後方から魔法を使うわけでもなく、ただ合図出すだけの役割に甘んじるのは非常に不本意だ。
しかし、アイリスさんから『皆が嫌がる役回りだからこそ、信頼できる人にお願いしたいんです』と手を合わせてお願いされてしまった。
最初は攻撃開始や突撃開始の合図を出すだけのポジションに何の意味があるのかわからなかった。
しかし、50人のマモノハンターを目の前にすると実感する。
全員が息を揃えて行動するために、カブラ矢撃ちは誰かがやらなくてはならない重要に役割だ。
私が1回目のカブラ矢を放つと、森の中で待機していた50名の第1部隊が一斉に木陰から飛び出し1人1本ずつ配布されたナパーム材入り火炎瓶をシロクズシに向かって投げつける。
この、ナパーム材入りの火炎瓶。
一度火が付けば周囲にある燃焼物を全て焼き尽くすまで燃え続ける恐ろしい武器だが、1か月の準備期間の間に若干の改良が加えられた。
改良の内容はごく単純で、ビンの口に当たる細い部分に固く皮紐を縛り付けてビンそのものを振り回せるようにしたのだ。
スリングのように遠心力をかけてビンを投げられるようにすれば、単純に手で投げるよりもより遠くに火炎瓶を投擲することが可能になる。
目論見は概ね成功し、ほぼ倍の飛距離を得た火炎瓶がシロクズシに降り注ぐ。
シロクズシは自らの手足であるつる草で火炎瓶を払い除けようとするが、それは自分の首を絞めるだけだ。
つる草によって破壊された火炎瓶はナパーム材をぶちまけながら着火し、シロクズシのつる草は瞬時に紅蓮の炎に包まれる。
『すげえええッ!!』
『燃えてる、燃えてるぞッ!』
自分達の投げた火炎瓶によってシロクズシのつる草が炎に包まれるのを見て、マモノハンター達は歓声をあげる。
『おい、ハ・ルオ。ぼさっとしてないで突撃の合図を出せッ!』
『つる草が派手に燃えてるんだ、さっさと突撃して根っこを掘り返そうぜ』
一昨日のブリーフィングで全員に話したことだが、私が1回目のカブラ矢を放ったら火炎瓶の投擲開始。
その後、アイリスさんが近接攻撃してもよいと判断したら私が2発のカブラ矢を立て続けに放ち、マモノハンター達が突撃を開始する段取りになっている。
現金なもので有利に戦えそうだと思ったマモノハンター達は私に突撃の合図を出すように迫って来る。
しかし、アイリスさんの判断は。
『ノー。火が消えるまで突撃は許可しません。貴方達、一酸化炭素中毒で死にたいの?』
近接攻撃を行うのは、シロクズシが土魔法≪ドロバクダン≫を使って消火作業を行うことを前提として計画されている。
もし、シロクズシが火を消せず、つる草が全て焼き尽くされてしまうなら、それこそ好都合だ。
上草が焼き尽くされた後の無人の枯野で、悠々と根っこを掘り返してしまえばいい。
見たところシロクズシは不意に襲いかかってきた大規模な火攻めに混乱したのか、無暗につる草を振り回して被害を拡大させている。
『アイリスさん、もしかしたら突撃の命令出さなくても済むかもしれませんよ』
『そうですね、それがベストだと思います』
そうつぶやきながら、アイリスさんは右手に持ったストップウォッチを使って淡々と時間経過を確認している。
ゴゴゴゴゴッ!
どのくらいの時間が経っただろうか、突如シロクズシの密集地から不気味な音が鳴り響き地面がブルブルと鳴動する。
『土魔法が来ますッ!』
土魔法≪ドロバクダン≫
水分を十分に含んだ大質量の泥の塊が、つる草を焼く炎の上に降り注いだ。
例えナパーム弾で作った炎であっても上から大質量の泥を被せて酸素を遮断してしまえば、消し止められてしまう。
あの魔法を使うのにどれだけの魔力を必要とするのだろう。
人間の力では一回使えばたちどころに気を失ってしまうような大魔法連発して、シロクズシは自らを焼く炎を瞬く間に消化していく。
『ハ・ルオッ! カブラ矢を2本、突撃の合図をしてください』
『はいッ!』
私は、アイリスさんに言われるのとほぼ同時に2本のカブラ矢を空に放った。
『経過時間は11分か、次はこんなに上手くいかないでしょうね』
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