第64話 ガーアン・ミ・カミです。シロクズシ駆除作戦に参加するマモノハンター150名と共にただいま到着しました
――牙門十字
アイリスを作戦指揮官として迎え入れることが決まってから一月ほど経った。
この一か月は全てシロクズシ駆除作戦の準備に費やされたといってもいい。
日本政府は作戦に参加する兵士達が食べる食料と、シロクズシを攻撃するためのナパーム弾の材料調達。
ウルク政府は地球とニビルを繋ぐゲート出口付近にシロクズシ駆除作戦の前線基地建設を行った。
基地は、洞窟周辺にあったクルミの大木を切り倒してスペースを確保した上で、建材を運び込んで前線基地として使用できるサイズの大きな丸太小屋を作り、その隣に竜車を待機させるための車庫と、車を引くパキリノサウルスに飼葉を与えるための厩舎が併設されていた。
車庫と厩舎は雨風が吹き込まないように、藁葺の屋根が設置されていて今回限りではなく継続的にこの小屋を使用する意図が見て取れる。
「当初の計画ではプレハブの仮設住宅と露天の物資集積場を作るだけの予定だったのに。随分立派な建物になりましたね」
伊藤君が完成した前線基地を見て興奮気味に感想を述べる。
『ミ・カミ様は、シロクズシ駆除作戦のあとも日本と交易をするための拠点としてここを使うつもりみたい。だから、小屋を補修するための材木もここに残してるのよ』
俺達と一緒に小屋の完成を見届けたハ・ルオが興奮気味に小屋の後ろに積まれた丸太を指差した。
日本には習うより慣れろということわざがあるが、一か月間ウルクで生活していた俺や伊藤君は、ウルク・クサリク語に関して下手な会話くらいは出来るようになった。
『だから、こんなしっかりした作りになったんですね。しかし、不思議なんですがなんで小屋を作るための建材をウルクから運んで来たんですか? 木をたくさん切り倒したんだから、それを使って小屋を建てればいいのに』
『そういえばそうね? 切り倒した木は数年後を見越した小屋の補修用で、小屋を建てるための材木は全部ウルクから持って来てたわね』
木造建築に関する知識を持たない、伊藤君とハ・ルオはコクンとクビをかしげる。
ここに衛がいなくて良かったぜ。
あいつなら、容赦なくお前らアホかと言っていただろう。
『切り倒したばかりの木は幹の中に大量の水分を含んでるから、材木として使うと幹の中の水が温度変化に応じて凍ったり溶けたりして割れるんだよ。だから切り倒した木は一年以上寝かせて内部の水分をカラカラに乾燥させてから材木にするんだ』
青年と少女は尊敬の表情で俺を見上げる。
林業の建設業に携わる職人なら誰でも知ってることなので、この程度で尊敬されるのも気恥ずかしい。
基地の建設や、大量の物資の調達は一朝一夕で終わる仕事じゃないのは百も承知だが、準備期間となった一か月は、少し退屈な時間だった。
大事なことは、衛が外務大臣に暴言を吐いてアイリスを作戦指揮官として迎え入れた時点で全て決まってしまったので、俺に出来ることはゲート周辺で行われている前線基地の建設を他のマモノに妨害されることが無いように警備をすることと、魔導具の使い方を練習ことだけだった。
「もっとも、ノンビリ出来るのは今日で終わりだけどな」
前線基地の完成に合わせて、今日、ウルクで招集したシロクズシ駆除作戦に参加するマモノハンター150人が来ると聞いている。
『竜車だッ! 討伐隊が来たみたいだよ』
空に薄闇がかかり夜の帳が落ちる寸前、ハ・ルオが基地に近づいてくる竜車の接近に気づいて指差した。
パキリノサウルスがけん引する中型竜車を先頭にミ・カミ様が招集したマモノハンター150名やって来たのだ。
『ハ・ルオ、アイリス呼んで来い。指揮官自らが出迎えれば討伐隊の士気も上がるだろ』
『わかった。アイリスさん呼んでくる』
ハ・ルオは、小屋の中に運び込んだコピー機で必死に作戦計画書の複製を作っているアイリスを呼びに行った。
「なんとか今日中に到着しましたか。それにしても、ずいぶん遅かったですね」
伊藤君の言う通り、討伐隊の到着は当初の予定よりかなり遅れていた。
本来なら午前中に到着して今日中にブリーフィングを行う予定だったので、作戦開始の日程がまる一日遅れてしまった。
「遅くなった理由はあいつらの歩き方見たら判るだろ。俺は隊列見るだけで不安になってきたぜ」
竜車の後ろからマモノハンター達が無秩序な並びでダラダラ歩きながら付いてくるのが見える。
日本人には当たり前すぎて想像もつかないかもしれないが、ウルクのマモノハンターは隊列を組んで行進するという発想が全く無いらしい。
俺達は小学校の体育の授業で、教師の掛け声に合わせて2列縦隊・3列縦隊等の隊列を作り行進することを徹底的に叩き込まれたが、こんな軍事教練じみたカリキュラムを学校で教えているのは日本くらいだと聞いたことがある。
こんなダラダラ歩く集団を引率してきた衛と恵子は、落伍者を出さないようにかなり苦労しただろう。
「天原妹、おつれさま。予定よりずいぶん遅かったじゃないか」
竜車の荷台の上に座っていた恵子に声をかけると、彼女は俺の目の前にピョンと飛び降りて深く大きなため息をついた。
「やあああああっと、着いたぁぁ……」
深い深いため息に、この烏合の集を引率するのがどれだけ大変だったか物語っていた。
「聞いてよ、牙門さんッ! この人達、どいつもこいつも自分勝手に行動して人の話なんて全く聞きやしないのよ」
「そりゃ大変だったな。これだけの人数がバラバラに歩くと落伍者や脱走する奴が出てきそうなのによく頑張ったよ」
「まあ、私よりマモちゃんと、ミ・カミ様が大変だったと思うけどね」
広場になだれ込んでくる150人のマモノハンター達の最後尾につけていたのは、グレンゴンに変身した衛と、衛の鼻の上に座っているミ・カミ様だった。
おそらく先頭で恵子が、最後尾でミ・カミ様が集団を監視して、逐一支持を出していかないと前進することさえままならなかったのだろう。
衛が広場の中央まで来ると、ミ・カミ様は衛の鼻先からピョンと飛び降りた。
3メートル以上の高さがあるので何の備えも無しで飛び降りるのは危険な高さだが、ミ・カミ様は階段を二段飛ばしで降りるくらいの気軽さでキレイに着地を決める。
よく見ると、袴の上からミ・ミカと同じデザインの黒い帯締めが巻き付けられていた。
ウルクの魔導具は原則、魔力器官の元の持ち主となるマモノの名前を付けることになっているのでミ・カミ様の魔導具もミ・ミカと同じく『エンマ』の名を持つのだろう。
ミ・カミ様が、衛の鼻先から降りて来たのとほぼ同時に、ハ・ルオに手を引かれたアイリスが小屋から小走りでこちらに向かってくる。
『ガーディアン・ミ・カミです。シロクズシ駆除作戦に参加するマモノハンター150名と共にただいま到着しました』
『シロクズシ駆除作戦の司令官アイリス・オスカーです。シロクズシ駆除作戦に参加するマモノハンター150名の到着を確認しました』
この作戦の2トップとなる二人は互いに手を合わせて、儀礼的な状況報告を終えてから二人そろってクスクスと笑いはじめる。
『マモノハンター150人が到着って見ればわかることなのに、わざわざ口に出して報告するなんて、地球の軍隊はメンドクサイことするのね』
『ノンノン。途中で強力なマモノに襲われて数十人の死者が出る可能性もあるし、食中毒が発生して100人以上が戦えなくなっている可能性もあります。大人数が行動する場合は判り切ってることでも口に出して、正確な状況の確認と情報共有を行うことはとても大切です』
指揮官に就任したアイリスが、最初にウルク側に求めたのは『報告・連絡・相談』の徹底だった。
日本では俗にホウレンソウと呼ばれる情報共有のスタイルは地球の軍隊ならどこの国でも当たり前に行っていることだが、ウルクのマモノハンター達にホウレンソウを教え込むために俺達はかなりの苦労を強いられることになった。
ウルクのマモノハンターは基本的に5人以下の少人数で行動し、森に入った後の行動は全て自己責任と臨機応変で対応する。
しかし、そんな身勝手な行動を許していたら150名もの人員が一斉に行動することが出来なくなるので、個人が勝手に動くことは禁止すると全てのマモノハンターに命令したのだが、マモノハンターは個人主義の人間しかいないので、この命令に対する批判が殺到した。
最終的に、ガーディアン・ミ・カミやマスター・ヨ・コタがハンター達を説得して何とか個人の暴走を抑えることが出来たが、集団行動におけるホウレンソウの重要さを彼らは全く理解していないだろう。
『とりあえず、今日は食事を取って朝まで休息を取るように兵士たちに伝えましょう。明日の朝一番で全体ブリーフィングを行ます』
『食事がもらえるのは助かるわ。みんな一日中歩き続けて、お腹ペコペコだから』
『食料は日本政府が支援してくれたので全員に配給できます。ただ、申しわけないですが小屋に用意されたベッドは多くないので兵士の大半はここで野宿をお願いすることになります……ミ・カミ様だけなら仮眠室のベッドをお貸しできますが』
『いらない。私もみんなと一緒に外で寝るわ。こう見えても、元マモノハンターだから外で寝るのは慣れているのよ』
そんなわけで、前線基地に来てくれたマモノハンターを労うため食事を提供したのだが、配膳係となった俺達はここでも大いに苦労することになった。
メニューは皿が一つで済むのでカレーライス。
学校給食方式で一列に並んだ各個人に渡した皿に、ご飯とカレールーを順番に盛りつけるだけで簡単に配膳が出来るはずなのだが、ウルクのマモノハンターは一列に並んで順番を待つというルールを知らないため我先へと俺達のところに押し寄せて暴動に発展しそうになった。
最終的に、作戦指揮官であるアイリスと、ガーディアン・ミ・カミが幼稚園児を誘導する保母さんのようにマモノハンター達を一列に並ばせて順番に食料を受け取るよう口がすっぱくなるまで言い聞かせることになった。
文化の違い、教育の違い、といった要因があるのかもしれないが、こんなまとまりのない連中と一緒に戦うことになると思い知らされて俺は夜まともに眠れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます