第63話 大丈夫、運が悪くても俺が対策課クビになるだけだから
――天原衛
「すいません。ちょっと恵子借ります」
俺は恵子の手を取って強引に居間から連れ出した。
外務大臣相手にかなり失礼な行動だが、外交問題に発展するよりはマシだろう。
「恵子、ミ・カミ様が大臣に向かってなに言ったんだ?」
「文句があるならシロクズシと戦ってから言えって、さすがにそのまま伝えるのは怖いから、どうしようかと思ってたんだけど」
どうやら、地球の常識と、ニビルの常識の齟齬で、話が抉れてるようだ。
地球の常識では戦場に行くのは軍人だけで民間人を戦場に連れて行くのはダメだ。
しかし、ニビルには軍人と民間人を明確に分ける法はなく、暗黙の了解で戦わずに守られてるだけの人間は、命をかけて戦う人間を敬い従うという考え方なのですれ違いが生じてしまうのだ。
ちなみに俺の考え方はニビルの常識に近い、なにより駆除作戦の成功率を上げるために指揮官アイリスは絶対に欲しい戦力だ。
「ミ・カミ様の発言そのまま伝えたら外交問題になるし、今回は俺が泥をかぶるか」
「泥を被るって、マモちゃん何するつもりよ!?」
「俺が事情を大臣に説明する。大丈夫、運が悪くても俺が対策課クビになるだけだから」
「全然、大丈夫じゃないでしょッ!!」
恵子はヤメロと言ってくるが、これは誰かがやらなければならないことだ。
俺は自分の姿が映りこむようにドカッとコタツの横に座り込んだ。
「なんだね君は? 政府高官同士の対談を止めるなんて越権行為だと思わないのかね」
会話を止めて恵子を退席させた俺に外務大臣から叱責が飛ぶ。
しかし、こういう考えが間違いだと気づいてもらわないと、ウルク相手の外交は絶対に上手くいかない。
「大臣は大きな勘違いをしてます。大臣は日本政府の高官で地球では非常に社会的地位の高い人間かもしれませんが、ガーディアン・ミ・カミはあなたのことを戦わずに守ってもらうだけの何の価値もない男だと思っています」
俺の言葉にその場にいる全員が沈黙する。
まあ、外務大臣に面頭向かって何の価値もない男なんて言ったら、地球人なら驚くなという方が無理な話だろう。
「私が無価値な男だと!? ガーディアン・ミ・カミは本当にそう言ったのか!?」
「直接ではないですが、似たようなことは言ってますよ。ウルク……というか、ニビルの社会全般に言えることなんですが、彼らの常識では人々をマモノから守るマモノハンターが一番偉くて、戦わない人間が何言っても相手にされないんです。
ガーディアン・ミ・カミはマモノハンターとして直接マモノと戦って国民を守る戦う国家元首です。
そんな人が、アイリスに指揮官就任を打診してアイリスはOKをだしました。
だから、これはもう決定事項なんです。
日本政府の外務大臣がなにを言っても、ガーディアン・ミ・カミはマモノと戦わない無価値の男が文句をつけているとしか思いませんよ」
日本における資本家や政治家のような権力者は、ニビルではマモノハンターを敬い従うことが当たり前の弱い存在としか思われない。
それを理解しておかないと、ウルクとの外交は絶対に上手くいかない。
「あとこれは俺の意見ですが。シロクズシと戦うためには指揮官アイリスは絶対に必要な戦力です。外務大臣がなんと言おうと、絶対に戦場に連れていってウルクのマモノハンター達と一緒に戦ってもらいます」
俺が一通り言いたいことを言い終わると、外務大臣の顔色は真っ赤に染まる。
なにしろ、外務大臣に昇りつめるほどのエリート政治家だ。
一兵卒に噛みつかれるなんて、生まれて初めての経験かもしれない。
「小杉君ッ!! なんなんだね、この少年はッ!? 環境省が未成年者を採用してるなんて初耳だし、役人としても礼節を欠くのも限度というものがあるだろう」
外務大臣は環境大臣を本名で呼んで激しく非難する。
暗に俺をクビにしろと言いたいのだろう。
別にいい、最初からクビ覚悟だったし俺は解雇されても痛くも痒くもない。
「そうですね。確かに彼は言い過ぎだと思います。衛君、外務大臣に非礼について謝罪してください」
環境大臣はいつもの飄々とした口調で、俺に外務大臣に謝罪するように求めてくる。
「小杉君ッ!! 彼の態度は誤って済む問題じゃ……」
「誰がなんと言おうと天原衛君を解雇することはできません。
彼は、日本に4人しかいないマジンの1人で他のマモノの遺伝子を取り込むことであらゆるマモノに変身することの出来る特別な力を持っています。
他にも、人気のない山の中でマモノの痕跡から本体の居場所を探し当てるスキル。
気配を消してマモノの至近距離まで接近して情報収集を行うスキル。
数え上げればキリがないくらい、彼は山岳兵として優秀な技術を有するマジンです。
プロ野球選手のスター選手と同じですよ、天原衛君は僕や岸本さんと違って替えの利かないオンリーワンの価値を持った人材なんです」
環境大臣は20歳以上年上の外務大臣に淡々と俺の必要を説き解雇要請を却下する。
てか、俺って環境大臣にそこまで買われていたのか……意外な事実である。
「岸本さんも少し落ち着いて考えていただけませんか? ウルク人は個人の戦闘力を信奉し、命を懸けて人々を守るマモノハンターが最も尊い存在だと考える地球人とは全く違う価値観を持つ人たちです。
それでも、人類が初めて遭遇する地球外生命体の築いた国家と国交を結ぶことは、日本にとって大きな国益になると思うのですが」
後輩である環境大臣に反抗されて、外務大臣は眉に皺を寄せて不機嫌さを隠そうともしなかったが、さすがに立場上同格でである国務大臣を怒鳴りつけることはせず矛を収めた。
「今後ウルクと国交を結ぶためのスキームを検討する。
ガーディアン・ミ・カミにはご武運お祈りしていますと伝えてくれ。
あと、伊藤君すまないが君は当面の間、ニビル調査隊に帯同してウルクの文化について調査し報告して欲しい」
それだけ言うと、外務大臣はテレビ会議から退室した。
彼がニビル人のことをどう思ってるか判らないが、国交を結ぶためには外務省側が譲歩する必要があることは理解してもらえたようだ。
「はああああああ……」
外務大臣が退室すると、由香と環境大臣が同時に大きなため息をついた。
「衛さん、外務大臣に噛みつくなんて無茶しすぎです。私、心臓が止まるかと思いましたよ」
「てか、衛君。クビ覚悟で岸本さんに噛みついたよね。なんでそんな危ない橋を渡るんだよ。勝算もなく噛みつくなんて君らしくないじゃないか」
二人は怒っているのではなく、俺が外務大臣に噛みついたのが本当に不思議で仕方ないみたいなので、事情を説明することにする。
「ミ・カミ様の発言を恵子がそのまま通訳して伝えたら国際問題になって、ウルクと日本の国交樹立が無理になると思ったんですよ。
ミ・ミカ様、『文句があるならシロクズシと戦ってから言え』って言ったんですよ。
戦わない人間に発言権が無いのはニビルでは常識ですが、外務大臣は暴言としか受け取らないでしょ。
だから、俺が泥を被ることにしたんです。別にクビになっても痛くも痒くもないし」
国家元首が暴言を吐いたら国際問題になるが、暴言を吐いたのが俺なら俺をクビにすれば事態は収まる。
「衛さんがクビになったら私と異世界生物対策課はすごく痛いですからねッ! 今後も、勝手に辞めるとか言わないでくださいよ」
「でも、事情を聞いた限りではナイスアシストって感じだね。
とりあえず僕たちに出来ることは、ガーディアン・ミ・カミに日本と国交を結びたいと思ってもらえるよう、日本の良さをプレゼンすることかな」
小国とはいえ経済を全て自国内で回しているウルクに日本と国交を結ぶメリットはない。
日本がウルクと国交を結びたいなら、日本と国交を結ぶメリットをミ・カミ様に知ってもらう必要がある。
「そう思うなら、シロクズシの駆除に協力してください。あれを倒すのに協力すれば日本の好感度は上がります」
「わかった。シロクズシを倒すための物資、もっとスピード感をもって調達してくれるように総理にかけ合ってみるよ」
「あと、物資集積所の件でミ・カミ様から提案があります」
恵子に会話を止めさせたミ・カミ様は、さらさらと自分の考えをノートに書きこんだ。
『ここに来るときにゲートのある洞窟と、周辺の地形を確認しました。よかったら、前線基地の建設はウルク側でやらせてください』
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