第61話 衛、なんでウルクの国家元首がここに来るんですか!?

――アイリス・オスカー


 衛達がオントネーに戻ってきたのは、彼らをウルクに送り出してから一週間後のことだった。

 ほぼ、ウルクからトンボ返りしてきた様なものなので何かトラブルがあったのかと心配したが、彼らが帰郷した理由を聞いて私はパニックを起こしそうになった。

 想像して欲しい、電話のような連絡手段がないから仕方ないとはいえ他国の国家元首が日本政府になんの挨拶もなく入国してきて、ド田舎にある公務員の自宅にあがりこんで来たのだ。

 地球における外交儀礼をすべて無視した傍若無人なふるまいに、外交官である伊藤さんは青ざめるのを通り越して土気色の顔色で霞が関に電話をしている。


『洞窟を抜けたら一面銀世界になっていてビックリしたけど、このコタツって魔導具は便利でいいわね。ウルクでも作れないか提案してみようかしら』

『コタツいいですよね。私も日本のコタツ好きです』


 私は自分の体面に座ってお茶を飲んでいるミ・カミ様の顔色を窺って愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。

 ウルクの国家元首であるガーディアン・ミ・カミは髪色が珍しい銀髪であることを除けば、何処にでもいる普通の中年女性に見えた。

 年齢は44歳と聞いているので環境大臣とほぼ同年代、地球基準で考えると驚くほど若い国家元首だ。

 しかし、年齢以上に地球の政治家と決定的に違うのは彼女の戦闘能力だろう。

 ウルクの国家元首、ガーディアンの選出方法は『ガーディアン・ファイト』と呼ばれる戦技大会に優勝することで、彼女はその大会に代理人を使わず彼女自身が出場して優勝したという話だ。

 つまり、目の前の女性は魔導具を使えばキュウベエやグレンゴンのようなマモノと素手で渡り合える強大な戦闘力を有していることになる。


「衛、なんでウルクの国家元首がここに来るんですか!?」


 私は、背後でニヤケ顔を晒している衛に思わず噛みついた。

 付き合いは短いが、こんなミステリーな事態が起きたとき、たいてい衛が後ろで糸を引いていると私は学習している。


「ぶっちゃけて言うと、シロクズシ駆除作戦の指揮官としてアイリスを推薦したからだ。ミ・カミ様だって前例のない大作戦の指揮官に推薦された人物がどんな奴か、直接会って確かめたいだろ」


 衛の口から飛び出したのは私が想像もしていなかった爆弾発言だった。


「私が指揮官ッ!? 悪い冗談はやめてください、私は軍人じゃなくてただの医師ですよ」

「私もアイリスさんが適任だと思うけどな。今進めてるシロクズシ駆除作戦ってアイリスさんの発案から始まったようなもんだし」


 そう言いながら、衛と恵子は私が札幌の異世界生物対策課と共同で作っている作戦計画の資料に目を通している。

 ナパーム弾を使ってシロクズシのつる草を焼き払い、根を掘り出す本隊の突入を援護するのは作戦の大枠に過ぎない。

 150人の人員が効率的に動くには他にも沢山の決まり事を作る必要がある。

 ナパーム弾を投下する隊員、根を掘り出す隊員、根を掘り出す隊員をシロクズシの攻撃から守る隊員の割り振り、一度の攻撃で何人の隊員が突撃するかの見積、突撃隊に撤退を指示する条件の設定と、撤退を指示する連絡手段の構築、隊員の休息時間の捻出etc。

 それ以外にも作戦に参加する兵士の損害を最小化し、戦果を最大にするために山のような選択肢の中から正解を探し出さなくてはならない。


「まだ案の段階だが、この作戦計画よく出来てるじゃないか。異世界生物対策課でも150人の兵士を投入してマモノと戦った経験はないから、対策課単独でこの作戦計画は作れないだろ」


 牙門は作りかけの作戦計画の案文を呼んで、感心したようにコクコクと頷いている。


「サンクス十字。でも、この作戦計画、私が一人で作っているわけじゃないです。シロクズシを実際に見た私が一番有効だと思う行動スキームを提案して、ムリのあるアイディアを由香達に添削してもらって作戦計画として形にしているだけです」


 私は机上の空論しか考えられないので、作戦計画の案を由香に送るたびに大量の修正がかかった返答が返ってくる状態だ。

 そんな私に指揮官なんて出来るはずがない。

 そのことを衛達に説明すると、衛達はジーと目を細めて私の顔を凝視する。


「俺には、アイリスがメインでシロクズシ駆除作戦の作戦計画を作っていますと言ってるように聞こえるんだが」

『ミ・カミ様、目の前にいるアイリス・オスカーがシロクズシ駆除作戦の作戦計画を現在作成中です。作戦の指揮官として彼女以上の適任者はいないと思います』


 恵子はあえて私にも理解できるように、ノートにウルク語を書いて筆談形式でミ・カミ様に私を指揮官に推薦する。


「ちょっと恵子、ミ・カミ様に変なこと吹き込まないでください」


 焦る私の顔を観察していたミ・カミ様は、表情を変えずにペンを手に取った。


『シロクズシを倒すための作戦をあなたが考えているのだとすれば、指揮官として貴女以上の適任者はいないと思います。

 信じられないかもしれませんが、ウルクではシロクズシを駆除作戦でマモノハンター達を統率する指揮できる人間も、作戦計画を立てられる人間もいません。

 作戦の指揮官として我々を助けてくれないでしょうか?』


 ミ・カミ様、両手を合わせて合掌する。

 私は驚きのあまり、リアルで背筋に汗が流れるのを感じた。

 ウルクにおける合掌は、日本人のお辞儀と同じで相手への敬意をあらわしたり、何かを頼むときに使われるジェスチャーだ。

 つまり、私はいまウルクの国家元首に頭を下げて指揮官になってくれと頼まれている。


『私しか居ないというなら、指揮官への就任、お引き受けます』


 私は震える手を抑えながらウルク語で返事を書き記した。

 こんなの、引き受けるしかないじゃないか。

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