第60話 この作戦、誰が指揮を取るの?

――天原恵子


 私達は、ハンター協会でシロクズシを発見した事と、その後に起こった出来事を一通りミ・カミ様に説明した。

 元マスター・オブ・ハンターの名は伊達ではなく、シロクズシの名を聞いても取り乱すことなく終始落ち着いた調子で私達の話に耳を傾けてくれた。


『しかし、まあ、随分と厄介なことになったわね』


 私達からウルクが存亡の危機にさらされていることを聞かされて、ミ・カミ様は深々とため息を吐いた。


『ミ・カミちゃん、悪いけどマモノハンターに対して動員令をかけて欲しい。これだけの事態だ100人以上のハンターが集団で対処する必要がある』


 マスター・ヨ・コタが、ミ・カミ様に『ガーディアンの名においてマモノハンターにシロクズシの駆除を命ずる』と書かれた書類を差し出した。

 作戦に参加を求めるマモノハンターの数は150名。

 ミ・ミカ様がこの書類にサインすれば、ハンター協会は最大で150名のマモノハンターを招集してシロクズシの駆除作戦に参加させることが可能になる。

 本来は、他国と戦争があったときにマモノハンターを兵士として戦争に参加させるため整備された制度なので、単独のマモノ退治に150人ものマモノハンターを動員するは異例中の異例だ。


『まあ、サインはするわよミ・ミカの話を聞く限り、シロクズシの退治にはそのくらいの人数が必要になると思うし。ただ、私すごく心配なことがあるのよ』


 ミ・ミカ様は、額に皺を寄せながら動員令を命ずる書類にサインをする。


『なにか気になることがあるなら言ってくれ、ミ・カミちゃんはガーディアンだから俺はミ・カミちゃんの命令に可能な限り従う義務がある』

『この作戦、誰が指揮を取るの? 150人もマモノハンター集めて個々の判断で退治させるなんて言ったら私この場で書類を破り捨てるわよ』

『誰が指揮を取るかって言われたらミ・カミちゃんになるんじゃねの。マモノハンターはガーディアンの命令で招集をかけるわけだし』

『ムリムリ。私は150人もの人間率いてマモノ退治なんてやったことないんだから。マスターだって私が2、3人のチームで戦った経験しかないのは、よく知ってるでしょ』


 ミ・カミ様はパタパタと手を振って作戦指揮官は出来ないとアピールする。


『そんなん、俺だって同じだよ。そもそもウルクで150人が一斉に動いて作戦行動をするなんて前代未聞なんだから。ガーディアンが責任取るしかないだろ』

『それを言ったら、マスター・ヨ・コタはハンター協会のマスターじゃない。マスター・ヨ・コタが責任取ってもいいんじゃないの?』


 ミ・カミ様とマスター・ヨ・コタが言い争う様子を見てマモちゃんがトントンと私の肩を指でたたく。


「なんか口論になってるみたいだけど大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないわね。集めた150名のマモノハンターを誰が指揮するかで揉めてる」

「ああ、確か軍隊が無いとか言ってたもんなあ。だから、軍を率いる指揮官がいないのか」

「本来はガーディアンかハンター協会のマスターが指揮官になるんだけど、二人共150人の人間を一斉に動かす作戦の指揮なんて無理だって言い張ってる」

「言いたかないが情けない話だな。他国に侵略されたら、いやでも数百人単位の人間を指揮する必要があるのに何の備えも無しなのか」


 牙門さんが、失望を隠さない口調でつぶやく。

 自衛隊経験者から見れば、たかが150人程度の部隊すら指揮できる人間がいないなんて状況は信じられないだろう。


「実のところ、本当の戦争なら問題ないのよ。他国の侵攻を受けても150人が一斉に行動する作戦なんてやらないから」


 ウルクの、正確にはニビルに星の数ほどある都市国家の戦争における基本戦略は都市への籠城だ。

 守りの硬い城壁の内側に自国民を収容して籠城したうえで、城外に3~5人単位の精鋭部隊を城外に放って敵の輸送部隊や、後方の物資集積所を徹底的に焼き払う。

 そうやって敵軍の補給を断ってしまえば、都市を包囲している侵略者は一週間もすれば食糧不足に陥り撤退を余儀なくされる。

 地球の常識で考えると都市を包囲されている状況で城外に少数の兵を放つなんて無謀で現実味のない作戦に聞こえるかもしれないが、ニビルでは侵略者は敵地を占領するための人員確保のために、軍団の中に吹けば飛ぶような雑兵を大量に抱え込んでいるので、マモノ退治に慣れた腕利きのマモノハンターなら容易に包囲を突破することが出来る。


「なるほど、ニビルでは戦争は防衛側が圧倒的に有利で、おまけに大部隊を動かすメリットがほとんどないってことか」

「ニビルでも他国を侵略して従えようとした人がいなかったわけじゃない。けど、実際に戦争したらほぼ9割以上防衛側が勝ってるの。統計なんて取ってないから正確な数字はわからないけど」


 おかげでニビルでは侵略戦争は割に合わない愚かな行為という共通認識が形成され、国家間の戦争がほとんど起こらない代わりに、国家間交流も最低限しか行われない状態が長く続いている。


「戦争が少ないのは良いことだと思いますが、国家間の交流が少ないのは寂しいですね」


 伊藤さんがポツリとつぶやく。

 国家間の交流を積極的に進めたいと考えているか外交官なら、ニビルの閉鎖的な国際社会は寂しい世界だと思うのかもしれない。


「まっ、戦争も国家間の交流の一形態ってことだろうな。自国内で経済全部回せるなら必要以上に他人と仲良くしようと思わないんだよ」


 しかし、困ったことになった。

 シロクズシの駆除はウルクでは前例のない、敵地への大規模侵攻を前提とした作戦だ。

 ニビルにはこんな状況を想定した兵法は存在しないし、軍団を指揮できる指揮官も存在しない。

 ミ・カミ様やマスター・ヨ・コタが指揮官を誰にするかで頭を悩ませていると、再びマモちゃんが指で私の肩をトントンと叩いた。


「恵子、ミ・カミ様に地球に来てもらえるよう聞いてくれないか?」

「ミ・カミ様を地球にッ!? 地球に来てもらって、どうするつもりなの?」

「決まってるだろ。この作戦の指揮官に適任な人物が地球に居るから、そいつを推薦するんだよ」

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