第59話 俺に雨漏り修繕のやれってか

――天原衛


「ははは……俺に雨漏り修繕のやれってか」

「それが、終わらないとミ・カミ様。ハンター協会に行けないって言ってるのお願い」


 ウルクのガーディアンにシロクズシと戦争するための相談に行ったら、家の雨漏りを直してくれと頼まれた。

 自分でも何を言っているのか理解不能だが、こういう予想外のことが起こるから世の中は面白い。

 あまりの面白さに、乾いた笑いが浮かんでくる。


「マモちゃん、実家で雨漏りがあった時とか自分で直してるでしょ。だから、このアパートの雨漏りも直せるんじゃないかと思って」

「だいたい俺の家は木造の日本家屋で、コンクリの建物の雨漏りを直したことは……あるかも」


 自衛隊にいた頃の苦い記憶が脳裏をよぎった。


「牙門、自衛隊では今でも自営工事で雨漏りの修繕やってるのか?」

「やってる。維持費少ないし、業者呼ぶより自営工事で直した方が早いからな」


 10年経っても変わらない自衛隊のダメな伝統を垣間見て俺は思わずため息を吐く。


「なら、牙門も手伝え。このアパートの雨漏りさっさと直してガーディアンをハンター協会に連れて行く。恵子、悪いけどアパートの図面見せてもらうぞ」


 恵子に頼んで、俺達にアパートの図面を見せてもらえるようミ・カミ様に頼んでもらう。


「ミ・カミ様は、問題無いって言ってる。けど、図面の書き文字は全部ウルク文字よ。マモちゃん読めるの?」

「構造を確認したいだけだから、文字が読めなくても大丈夫だ。部材になに使ってるかは、予想つくしな」


 コンクリート製の建物で雨漏りが起こった場合、屋上に発生したコンクリートのひび割れから雨水がしみ込んでいる可能性が非常に高い。

 自衛隊にいた頃、隊舎で雨漏りがあったら雨の中屋上に行って、雨漏りの原因と思しきひび割れをパテ埋めして応急処置をしたことが何度かあった。

 本格的な対策をするなら屋上の全面にゴムシートを張ったうえで端から雨水が入り込まないようにシーリング処理を行った方が良いのだが、自衛隊は装備に大金をかける割に隊舎の維持費はスズメの涙程度しか支給されないので、隊舎で雨漏りがあってもひび割れをパテ埋めしてその場しのぎで済ませてしまうのだ。

 自衛隊の事情はともかくとして、この建物の雨漏りも屋上に発生したひび割れから雨水がしみ込んでいる可能性が非常に高い。


「図面を見る限り、この建物鉄筋コンクリートじゃないな」


 建物は、まず鉄骨で建物を支える骨組みを作り、骨組みの周囲に無筋コンクリートを流し込んで外壁を形成する構造になっていた。

 内部の壁は、軽量化のために木材と漆喰が使われており、当然のことながら各個室を隔てる壁は薄く部屋で大声を出せば上下左右に音が漏れるだろう。


「このアパート、日本なら耐震基準を満たしていないからアウトだな」

「ここはニビルだ。日本と同じ耐震基準を求めるのは酷だよ。ただ、この構造だと雨漏りしたら取り壊しにするのもわかるわ」


 雨漏りが起こるという事は、外壁のコンクリート内に雨水がしみ込んでいることを意味する。

 そして、コンクリート内に雨水が染み込むと、建物を支えている鉄骨も雨水にさらされてしまう。

 鉄は水に濡れたらサビる。

 そして、当たり前だが鉄はサビたら強度が落ちる。

 一日、二日なら問題ないが、放置し続ければ近い将来サビた鉄骨が建物の重さを支えきれなくなって倒壊することになる。

 俺と牙門は、屋上に昇って状態を確認してみると屋上の床に5カ所ほど雨漏りの原因になりそうなひび割れを見つけた。

 コンクリートの建物は一見頑丈そうに見えるが、経年劣化によって外壁にひび割れが発生しそこから雨水がしみ込んでくるのだ。


「恵子、アパートの屋上で雨漏りの原因になりそうなひび割れを複数見つけた。ウルクでは雨漏りの修繕やってくれる大工いないのか? 屋上にゴムシート張るとか、せめてひび割れをパテ埋めするとか」

「それで雨漏り直せるの? ちょっと聞いてみるね」


 恵子がミ・カミ様に質問すると彼女は力なくクビを振った。


「そんな工事をしてくれる大工は知らないって。多分、雨漏りを修繕するための工法をウルクのヒトは知らないんじゃないかな?」

「そういうことか……」


 補修の方法がわからないから、雨漏りしたら危険だから取り壊そうという発想になってしまうんだろう。


「牙門、俺達がタイヤ作ってもらった工場に雨漏り防止用のゴムシート発注したら作ってくれるかな?」

「多分作れるだろうな。プレス機でゴムシートとして流用出来そうな板ゴム作ってたし、そもそもタイヤ用のゴムの方が作成の難易度は高い」

「決まりだな。恵子、このアパートの雨漏り直せるぞ。屋上に雨漏り防止用のゴムシートを張れば、多分雨漏りしなくなるはずだ」


 恵子が修繕可能なことを伝えると、ミ・カミ様は身を乗り出して俺に顔を近づけてくる。

 言葉はわからないがおそらく『詳しく教えて』と言っているのだろう。

 しかし、言葉で説明するのは無理なので紙にアパートの屋上を模した長方形を書いて説明することにすた。


「俺が確認した限り、屋上に雨漏りの原因になりそうなひび割れを5カ所発見しました」


 俺は略図に丸をつけて、ひび割れのあった場所をミ・カミ様に教える。


「このひび割れから雨水がしみ込んで雨漏りが発生している可能性が高いです。ただ、今確認したひび割れは目視で確認できるものだけなので目に見えない小さなひび割れが発生している可能性は十分考えられます」


 ミ・カミ様の表情が露骨に暗いものになる。

 コンクリート製でも築30年となるとこのくらいの劣化は当たり前に起こるものなのだが、彼女は自分の家がここまで痛んでいるとは想像していなかったんだろう。


「ミ・カミ様が修理の方法はあるのかって言ってる」

「修理といえるか判りませんが雨漏りを止めることは可能です。俺が提案する工法は屋上全体を薄い板ゴムで覆ってしまう事です」


 俺は屋上の略図に斜め線を引いて、恵子に頼んでウルク文字で板ゴムと書いてもらう。


「もちろん、板ゴムを屋上の床の上に置くだけなら端から雨水がしみ込んでくるので板ゴムと屋上の床をニカワで接着します。特に隅の部分は雨水が侵入しやすいので……えっと、恵子、ウルクで樹脂接着剤って実用化されてるかな? 板ゴムの端っこのシーリング処理に必要なんだが」

「樹脂接着剤ってゴムを加工して作った接着剤ってことよね? ちょっと、わからないかも」


 俺の質問に、恵子は人差し指を顎にあててコクンとクビをひねる。

 まあ、彼女はずっとマモノハンターを生業にしていたので、建築工事の材料について知識が無くても仕方ない。

 最悪、日本でエキポシパテを買ってきて俺と牙門がシーリング処理すればこの建物の雨漏りは止まるだろう。


「じゃあ、板ゴムを屋根に接着しても端から雨水が入り込みやすいので接合面は全て樹脂接着剤を使って塞ぐ。あと、この工事をウルクの大工がやってくれるか聞いてみるが、ウルクの大工がダメだって言うなら日本から大工を連れてくるって、ミ・カミ様に伝えてくれ」


 俺が提案した工法をミ・カミ様に伝えてもらうと彼女は顔に笑顔を浮かべた。


『じゃあ、この建物を取り壊さなくてもいいのねッ!!』

『はい、マモちゃんの提案した補修工事をすれば、取り壊さなくてもよくなるそうです』

『あなたすごいわッ! これは革命的よ』


 恵子から説明を聞いていたミ・カミ様は大喜びで俺に抱き付いてくる。


『あなたの提案した方法で集合住宅の雨漏り止められるなら。ウルクにある全ての建物の耐用年数を延命できるじゃない。最高よッ! いつも金がない、金がないと言ってる会計協会にギャフンと言わせることが出来るわ』

「よかったわね。ミ・ミカ様、すごく喜んでるわよ」

「天原さん、ありがとうございますッ!! 日本人のカブをあげてくれて本当に助かります」


 俺がウルクの最高指導者を喜ばせる提案をしたのを見て、伊藤君も大喜びしていた。

 しかし、俺は高校卒業後、他に就職先が無くて自衛隊に行った人間なので、東大出身のキャリア官僚である伊藤君に尊敬の視線を向けられるとすごく気恥しい。


『貴方達のおかげで、会計協会にいい返事が出来そうだわ』

『母さん、次は私達の話を聞いてもらうわよ』

『わかったわ、今すぐハンター協会に行きましょう』


 いろいろあったが、俺達は何とかガーディアンのミ・カミ様をハンター協会に連れて行くというミッションを成し遂げたのであった。

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