第58話 ガーディアンが住んでいるのは、このアパートの最上階に当たる5階の5号室よ
――ミ・ミカ
地球の人達の視線が一斉に私の方に向いたのを見て、私は恵子が何を言ったのかを即座に察した。
私も、恵子達の会話を散々聞いてきたせいで、日本語での聞き取りが少し出来るようになってきた。
『母さんがガーディアンだって、あまりして喧伝しないてくださいよ~』
『別に隠すようなことじゃないでしょ。ハンター協会の関係者はみんな知ってる話なんだし』
恵子の言うとおり、ハンター協会の関係者であれば私とウルクのガーディアン、ミ・カミ様との関係は周知の事実だ。
私の母、ミ・カミはマスター・オブ・ハンターの称号を得たこともある凄腕のマモノハンターで、私に戦い方を教えてくれた師匠でもある。
去年、ガーディアンに就任する代わりにマモノハンターを引退してしまったが、今でも実力は母さんの方が上だと思う。
なんで、母さんがガーディアンになろうと思ったのか、私には想像もつかないが、代理人無しでガーディアンファイトを勝ち抜いた勇者として今のところ母さんに対する国民の支持率は高い。
どの道、母さんに対面すれば私がガーディアンの娘だという事実は、地球の皆さんに知られてしまうのだ。
私は諦めて、恵子にウルクのガーディアン、ミ・カミがどんな人なのか地球の皆さんに説明してもらうことにした。
「いまのガーディアンは、元マスター・オブ・ハンターで、ミ・ミカの師匠か、そら強いわけだ」
「元マモノハンターならマモノの脅威についても理解はあるだろうし、話は通りやすそうだな」
衛さんと、牙門さんはコクコクと頷きながら母さんの話を聞いている。
二人の反応を見る限り、母さんに対する印象は悪くなさそうだ。
そんな感じで、母さんについての話をしているうちに、私達はガーディアンの住宅にたどり着いた。
「えっ!? ガーディアンってここに住んでるんですか?」
何に驚いているのかわからないが、伊藤さんが声を震わせている。
『はい、ガーディアンはここに住んでますよ。付け加えると、私の実家でもあります』
私の実家は、中央島の中心から少し離れたところに整備された居住区に無数に建てられているアパートの一室だ。
一階では食堂が経営されていて、2階から上が個人に住居として貸し出されている。
『恵子は知ってると思うけど私の家は最上階の角部屋で、母さんは今もそこに住んでます』
「ガーディアンが住んでいるのは、このアパートの最上階に当たる5階の5号室よ。付け加えるとここは、ミ・ミカの実家でもあるわ」
「いやいやいやいやッ! ガーディアンって日本の総理大臣に当たるこの国の国家元首なんですよね? おかしいでしょ! 首相官邸とかないんですか」
私の実家に何の不満があるのかわからないが、伊藤さんがものすごい形相で詰め寄って来る。
「ウルクには首相官邸を作るとか城を作るとかそういう文化が無いのよ。ガーディアンの仕事はこの国の行政を回している3つの協会に命令を出すことだから。ガーディアンに陳情するときは協会に来てもらって、そこで説明をするの」
「最高指導者が部下の元に出向くんですか?」
「説明に必要な資料は全部協会にあるし、わかりやすく説明してくれる役人だって協会で働いてるんだからガーディアンが協会に行く方が効率的じゃない。ガーディアンがやりたい政策があるなら、協会に行って各協会のマスターに直接命令すれば済む話だし」
「行政のスリム化が日本の常識を超えてて、頭がクラクラしてきました」
「人口が30万人しかいない小さな国だから、中間管理職なんて無駄飯食らいを置く余裕なんてないのよ」
恵子と話していた伊藤さんがガックリと肩を落とす。
『伊藤さん元気ないみたいだけど大丈夫ですか?』
『心配しないで、ニビルの文化が地球と違い過ぎてパニックになってるだけだから』
「伊藤君、肩肘張らずに話が出来そうで良かったと考えようぜ」
衛さんが伊藤さんの背中を押して歩かせ始める。
私達は二人を先頭に集合住宅の最上階を目指して階段を昇った。
部屋の前にたどり着いて呼び鈴を鳴らすと、聞き慣れた声で『はいはい、ちょっと待ちなさい』と返事が返ってきた。
よかった、母さんは在宅していたようだ。
ガーディアンになってから毎日のように各協会に陳情を聞きに行っているらしいので、入れ違いになる可能性は十分にあった。
扉を開けると私と同じ銀髪の女性が立っていた。
見た目の印象を一言で言い表すなら、ウルクのどこにでもいる普通のおばさんという感じだ。
年齢は今年で44歳になるが、トレーニングを欠かしていないおかげで背筋がピシャンと伸びて体型も崩れていないので実年齢より10歳くらい若く見える。
服装は着物に包袴という、ウルクの女性が好んで身に着ける民族衣装だが、協会に行ったときに悪目立ちしないよう藍染のものを身に着けている。
『あら、ミ・ミカ。久しぶりね』
『母さん、お久しぶりです』
『お友達も一緒なのね。とりあえず中に入って、ずいぶん大人数だけど椅子足りるかしら』
母さんは、何も聞かずに私達を部屋に招き入れる。
我が親ながら、ウルクの国家元首であるガーディアンがそれでいいのかとツッコミたくなるような無防備っぷりだ。
『母さん、いえミ・カミ様。何の用で来たのか聞かないんですか?』
『なんでって、娘が母親に会いに来るのに理由なんて要らないでしょう』
どうやら、私がふらっと実家に顔を見せに来ただけだと思われていたらしい。
私が付いて来たのは失敗だったかもしれない。
『私は今日、ハンター協会の使いとしてここに来ました。ミ・カミ様に報告したい案件があります』
『ハンター協会からの陳情か、ならハンター協会に行って話を聞いた方がよさそうね』
『はい、お願いいたします』
私は合掌して、母さんにハンター協会に同行してくれるようお願いする。
自分の母親に対して合掌してお願いをしていると、なんだか背中がむず痒くなってくる。
『困ったわね。すぐにハンター協会に行ってあげたいけど、いま会計協会から急ぎの仕事を頼まれているのよ。仕事の依頼は向こうの方が先だし、今抱えてる仕事片づけないとハンター協会には行けないわね』
『ちょっと待って、私達の陳情は本当に重大案件なのッ! それこそ、ウルク存亡にかかわる――』
母さんは私の唇に人差し指を当てて私の言葉を遮った。
『順番は、順番。私の仕事で重要じゃない案件なんてないから』
私は、食卓に置かれている書類を流し見る。
特に目立つのはキレイに製本された大きな書類の束で、中身は複雑な線が無数に絡み合っている。
『急ぎの仕事って、机に置かれた書類の束のこと』
『そうよ、この建物の設計図。この建物もう築30年で雨漏りもするから、ここを取り壊して新しいアパートを新築したいんだって。新築となると、国債を発行して補正予算を組まないといけないから私の許可が必要なのよ』
『確か、予算案の決定と、一度決めた予算案の変更したときはガーディアンの許可を得た後、その内容を会計協会で一般公開するルールになってましたね』
『そうなの!?』
恵子の口から私の知らなかった国家予算の運用ルールを聞かされて、私は思わず声が裏返ってしまう。
『そうなのよッ!? 恵子ちゃんは、よく勉強してるわね』
『まあ、当然のルールですよね。国家予算の運用を全て会計協会が独断で決めたら横領とかされても一切わからなくなるし』
国家予算の運用に関するルールは理解したし、それに母さんが関わってる理由も納得できる。
しかし……。
『この建物の取り壊しと新築なんて、さっさと許可を出せばいいじゃない』
築30年で、雨漏りもする建物の取り壊しなんて別段珍しい話じゃない。
私の感覚だと二つ返事で許可してもいい気がする。
『手厳しいわね。確かに、私も二つ返事で許可してもいい話だと思うんだけど何しろ自分の家じゃない。この部屋にはいろいろと思い出もあるし、取り壊しじゃなくて何とか修理出来ないかと思って返事を保留してきたのよ』
なるほど、母さんがワガママ言って返事を保留しているので、今手を付けている案件を優先せざる得ないのか。
『で、母さん。この家の雨漏り修理できそうなの?』
『それは……どうすればいいんだろうね? 私、雨漏りの修理なんてどうやるのかサッパリだから』
『考え無しかい、あなた一応ガーディアンだろッ!』
苦笑いを浮かべる母さんに思わずツッコミを入れてしまう。
だけど、母さんの抜けているところにちょっぴり安心している自分がいる。
母さんがガーディアンに就任して以降、遠い存在になった気がして話しかけないようにしていたが、母さんはガーディアンになっても私の知ってる母さんだった。
『この建物修理できるかマモちゃんに聞いてみるね』
『衛さんは建物の修理とか出来るんですか?』
『少なくとも、実家の細かいところの補修は自分でやってるって言ってたから私達より詳しいと思う』
恵子が、マモルさんに現在の状況を説明すると彼は部屋の壁をコンコンと叩き始めた。
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