第57話 ガーディアンは、日本政府の役職で例えるなら総理大臣みたいな立場になります

――伊藤広志


「私達が今から会いに行くガーディアンは、日本政府の役職で例えるなら総理大臣みたいな立場になります」

「それって、この国の国家元首ってことじゃないですか」


 ハンター協会のマスター・ヨ・コタから、ウルクの国家元首であるガーディアンからマモノハンター達への動員令を出してもらう必要性があると言われた僕たちは、中央島の中心に住んでいるというガーディアンの元へ向かっていた。


「伊藤君よかったな。国家元首に会えるなんて外交官の面目躍如じゃないか」

「天原さんからかわないで下さいよ。僕は外務省のメンツを内向きに保つために同行してるだけで、ウルク語の会話も、読み書きも出来ない外交官に存在価値なんてないですよ」


 外交官でありながら自己紹介すらまともに出来ない自分の不甲斐なさに頭が痛くなってくる。

 先ほどのマスター・ヨ・コタとの相談だって、話をしていたのはウルク語で筆談が出来る恵子さんで事情の分からない僕は完全に蚊帳の外だった。

 僕に出来ることがあるとすれば、日本政府が国交を結ぼうと考えているウルクの内情を外務省に伝えることだけだ。


 ウルク。

 人口は30万人ほどで日本の地方都市と同じくらいしかないが、自国民から国家元首を選び自治を行っている立派な独立国家だ。

 地球人として驚くべきことは二つ。

 一つは、この国がホモサピエンスと同種であるクサリクと、オオカミから進化した知的生命体ウルディンが共存する複合種族国家であること。

 二つ目は、ウルクが日本の地方都市レベルの人口しかない小さな国で、他国との交流も最低限という閉鎖的な環境にも関わらず地球の19世紀相当の高い文明レベルを有していることだ。


「しかし、ウルク文明レベルは本当にすごいですね。こんな閉鎖された環境だと太平洋に島国みたいに文明が石器時代からほとんど発展しない可能性だって高いのに」

「魔法や魔導具の存在があるから地球の常識と同じように考えるわけにはいかないけど、確かに異常なほど文明が進んでいるな」


 ウルクで自分用の魔導具を作ってもらったという牙門さんが、僕の意見にコクコクとうなずいてくれる。

 彼が今所持している弓は、ウルクの武器職人が地球のものをコピーして作ったというコンパウンドボウに魔力器官を取り付けて魔導具化したもので、放った矢に雷の魔法の効果を付与することが出来るらしい。


「その弓、やっぱり武器として強力なんですか」


 魔法の力を付与された武器と聞かされると、ゲームに出てくるレア装備みたいで自然と興味が湧いてくる。


「強力だと思うぜ。少なくとも、単純な威力と射程は普通のコンパウンドボウに比べて格段に上がった。ただし、魔法を使うときに魔力の出力調整をミスると死ぬけどな」

「死ぬってそんなに危険な武器なんですか!?」

「俺もアイリスから聞いた話なんだが、魔導具は人間の身体の中にあるエネルギーを無理矢理吸い取って魔力に変換してるから、威力を出し過ぎると生命維持に必要なエネルギーまで吸い取られて餓死するらしい」


 健康な人間が短時間で餓死するなんてにわかに信じがたい話だが、医師であるアイリスさんが言ったのであれば本当のことなのだろう。


「しかし、リスクがあっても、誰でも魔法が使える道具ってすごいです。魔導具に関しては地球には存在しないオーバーテクノロジーですよ。しかも、制作技術が確立されて量産もされている」


 これだけの文明レベルがあれば地球のどの国家と交流しても後進国としてバカにされることは無いだろう。


「確かに文明レベルは高いんだけど。文化レベルまで高いわけじゃないんだよね。私達が会いに行くガーディアンって、どうやって決めてると思う?」

「えっと、もしかして世襲制とかですか?」


 王政を廃止しても国のトップが世襲によって受け継がれて独裁を行っているケースは、地球でも発展途上国によくみられるケースだ。

 もしかしたら、ウルクもそういう独裁国家である可能性がある。


「それならまだマシよ。この国の最高指導者であるガーディアンはね、5年に一度開かれるガーディアンファイトって呼ばれる戦技大会の優勝者が就任する決まりになってるの」

「はあ!? 国のトップを個人の戦闘能力で決めるんですか」


 腕っぷしの強さで国のトップを決める。

 そんな漫画みたいな話、地球では絶対に考えられない風習だ。

 強い人間が為政者として優れている保証がないのに、そんな方法で国のトップを決めようと考える思考が理解できない。


「ガーディアンは、マモノの襲撃や他国の侵攻から国民を守る義務を負っているから。弱い奴には用は無いのよ。ただし、ガーディアンファイトは立候補者本人じゃなく、代理人が代わりに戦うことも認められてるから立候補者が本当に強くなくてもいいんだけどね」

「代理人ありならまだ理解……いえ、やっぱり出来ません」


 強い代理人を用意できることも為政者の資質の一つという考えなのかもしれないが、個人の戦闘力に絶対の価値を見出していることに変わりはない。


「伊藤さんが理解できないのは仕方ないけど、ウルクって軍隊がないから荒事が起こったら個人の実力に頼るしかないんだよね」

「ウルクには軍隊が無いんですか!?」


 恵子さんがウルク内情について衝撃的な事実を口にする。


「そもそも、ウルクはお役所がとても少ないのよ。

 国家財政の管理と貨幣の鋳造を担当する『会計協会』。

 国内の治安維持を担当する『警察協会』。

 そしてマモノハンターへの仕事の斡旋と報酬の支払いを担当する『ハンター協会』。

 この3つしかない」

「3つだけって少なすぎませんか? そもそも軍隊が無いなら国防はどうするんですか? いくら他国との交流が最小限しかないと言っても侵略を受ける可能性は0じゃないでしょう」


 僕の脳裏に歴史の授業で習った夜警国家という言葉が思い浮かぶ。

 行政の関与を、国防と治安維持に限定して行政のスリム化を目指すという思想で、富の再分配を政府が行わなければ貧富の差が大きくなりすぎるため地球では廃れてしまった思想だ。

 しかし、ウルクの行政は夜警国家で最低限必要とされている国防すらかなぐり捨てている。


「戦争になったときは、マモノハンターを傭兵として雇って対応するの。基本的にはハンターに報酬を提示して志願兵を募るんだけど、マモノハンターが定数に達しない場合は戦争に参加するよう命令する権限をガーディアンは持っているの」

「それが動員令というわけですか。しかし人口30万の都市で戦争に参加できる兵士が最大で500人しかいないというのは、いくら何でも少なすぎる気がします」

「地球の常識だとそうだけど、ニビルではどこの国も軍隊は少数精鋭よ。理由は大軍で攻撃しても強力な個人に絶対に勝てないから」

「えっ!? そんなゲームじゃあるまいし一騎当千なんてあるわけが」


 僕の言葉を否定するように、恵子さんはポンと炎を灯した。


「伊藤さんは理解していないと思うけど、ニビルには強力な魔法を使えるマモノやマジンがゴロゴロいるの。そんな怪物に対して数は無意味なのよ。私でさえやろうと思えば自衛隊の基地一つ相手にしてそこに居る兵隊を皆殺しに出来ると思うわ」

「マジですか?」

「まっ、私達の戦いがどういうものかはシロクズシとの戦いを見ればよくわかると思うわ」


 彼女の言うことが本当なら、地球人が当たり前に考えている相手よりも多くの兵隊を集めて勝つという戦争のスタイルは無意味になるし、無駄に金のかかる常備軍を編成しようという発想も生まれないだろう。


「そんなわけで、バケモノだらけのマモノハンターに命令を下すガーディアンには相応の実力が求めらるのよ」

「でも、ガーディアンファイトは代理人ありの大会なんでしょう。なら本人が強い必要は……」

「現職のガーディアン、ミ・カミ様は代理人なしで優勝したわよ。なにしろ、ミ・ミカのお母様だものバケモノみたいに強いわよ」

「えっ!?」


 恵子さんが発した爆弾発言に反応して、その場にいる全員の視線が銀髪の少女に向けられた。

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