第55話 しかし、伊藤君も貧乏くじ引いたな。

――天原衛


 激動の作戦会議から二日後。

 俺達はウルクに行くための準備を整え、ウルクに付いてくるという外交官を待っていた。

 外交官というウルクには存在しない役職の人物が来ると聞いて、ミ・ミカは緊張のあまり縁側の端から端を往復し続けている。

 ミ・ミカと、ヨ・タロにアイリスの考えたシロクズシ駆除作戦の概要について伝えたところ、彼女等から反対意見は上がらなかった。

 アイリスが用意する決戦兵器、ナパーム弾の威力を理解していないのかもしれないが、同時にシロクズシを倒せるならどんな方法でも構わないと思っているのだろう。


「ここから先は、こそこそスパイ活動するんじゃなくて。日本政府の代表として正式に挨拶することになるなんて。さすがの私も気が重いわ」


 恵子が待ちくたびれて足をブラブラさせていると、ジャージ姿のアイリスが2階から降りて来た。

 目覚めたばかりという感じで、視界がハッキリしないのか何度もパチパチと瞬きをしていて表情には疲労の色が色濃く見える。


「おはようアイリス。報告書作るのに徹夜だったんでしょ。もっと寝ててもよかったのに」

「ノープロブレム。徹夜仕事には慣れているので大丈夫です。私はここに残りますが、恵子達を見送るくらいはさせてください」


 外交官をウルクに連れて行く代わりというわけではないが、アイリスはオントネーに残ることになった。

 シロクズシの駆除に日本政府の支援を得られることになったので、札幌にある異世界生物対策課と作戦の詳細を詰めたり、送られてくる物資の品目と量を確認する人員が必要になったのだ。

 本来であれは職員である俺か恵子がやる仕事なのだが、俺達は書類仕事については完全無欠の無能なので、アイリスにお願いすることになってしまった。

 由香はゲートの出口にシロクズシ討伐隊の前線基地兼物資集積所を作ると言ってるので数日中に洞窟出口の隣でプレハブ小屋を建てるための工事が始まるだろう。


「ちなみに物資の輸送手段なのですが」

「わかってる竜車で前線基地と戦場との間でピストン運送をやればいいんでしょ。マモちゃんに竜車を引いてもらえば4トントラックと同じくらいの荷物運べるから戦場までの物資の運搬は問題ないと思う」

「その物資運搬をやると、俺はほとんど戦闘に参加できなくなるのですが」

「他に竜車を引ける人がいないんだから仕方ないじゃない。代わりが利かない役だし、ある意味マモちゃんがこの戦いの勝利のカギよ」


 そんなことを話していると庭先に見慣れたハイエースがやって来た。

 運転しているのはマモノ駆除部隊の齋藤さんで、後部座席に乗っていた若い男性が車を降りる。


「お久しぶりです。外務省の北米担当課の伊藤です。外務大臣の特命により、ニビル調査隊に同行させていただきます」


 車から降りてきたのは環境省でアイリスのエスコートをしていた青年だった。

 さすがに服装はスーツではなく、登山靴にカーゴパンツ、ダウンジャケットとお手本のような登山ルックで身を固めている。

 ウルクまでの道のりは丘陵地帯を2日間縦走することになるので、若くて体力のある彼に白羽の矢が立ったのだろう。


「話は聞いてるよ。訓練なしでフィールドワークはキツイと思うけど、サポートするようお願いされてるから助けが必要な時は遠慮なく言ってくれ。しかし、伊藤君も貧乏くじ引いたな。北米担当課って外務省の花形部署だろ。なのに、ド田舎の小国に行けなんてひどい話だ」

「いえ、私は地球人として初めて、公式に地球外生命体と交流を持てると聞いて今回の特命に強いやりがいを感じています」


 伊藤君が力強く宣言すると、カゲトラがパタパタと飛んできて彼の背負ったザックの上にピョンと飛び乗った。


「気合入ってるところ悪いが、地球外生命体との交流はもう始まってるぞ」

「ひあああッ!」


 ザックの上の飛び乗ったフクロウがいきなり話し出すのを見て、不意を打たれた伊藤君はかわいそうなくらい狼狽する。

 動揺のあまり転びそうになったので、俺は伊藤君の背後に回って支える。


「カカカッ! 私はニビルでダルチュと呼ばれている知的生命体なのだ。ちなみに、銀髪のクサリクと栗毛のウルディンも地球外生命体なのだ」

「あのい……あの栗毛の方も知的生命体なんですか」

「ウルディンは犬から進化した知的生命体だな。見た目は、地球の犬そっくりだが知能は人間と同等なのだ」


 ミ・ミカと、ヨ・タロが地球外生命体だと紹介されて、伊藤君は目をまん丸にして二人を凝視する。


「カゲトラあんまりイジメてやるな。伊藤君は、荒事にもニビルにも全く関りのなかった一般人なんだから」

「ウルクに行ったらウルディンを無視して外交なんて出来ないからな。まっ、私からのエールなのだ」

「あっ、ありがとうございます。ウルクに行ったら、ヨ・タロさんの御友人とも交流を持たないといけないですからね」


 そうはいうものの、伊藤君はホモサピエンス以外の知的生命体の存在を目の当たりにしてこの寒いなか額から冷や汗を流している。


『あの人、大丈夫なの? とてもアイリスさんの代わりができるとは思えないんだけど』

『伊藤さんと、アイリスさんじゃ役目が違うから』


 こうして俺達はアイリスの代わりに伊藤君という、ちょっと頼りない同行人を連れてウルクへ戻ることになった。

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