第54話 ナパーム弾をDIYで作って実戦で使用するなんて、そんなのダメに決まってるでしょう

――アイリス・オスカー


 ナフサ。

 原油を蒸留分離して得られる製品のうち沸点範囲がおおむね30°~180°程度の炭素化合物。粗製ガソリンとも呼ばれていて、車の燃料となるガソリンに比べてオクタン価が低く自然発火の可能性が低いため、オイルライターの燃料やキャンプ用の石油ストーブの材料として利用されている。


 金属石鹸。

 金属塩とも言われていて、金属を酸及び塩基酸化物と反応させることによって分子結合の状態を変質させた物質の総称。金属塩の多くは水に浸しても溶けることは無いが、油や樹脂と混ぜ合わせると非常に溶けやすい性質を持っている。その性質を利用して、機械油や合成樹脂の添加剤として利用されている。


 ナフサも、金属石鹸も単体では日常生活を豊かにする製品の原材料として使われており、一般人でも何の問題もなく購入することが出来る。

 しかし、人類はこの二つを組み合わせることによって恐ろしい兵器を作り出した。

 その兵器の名はナパーム弾。

 金属石鹸が油に溶けやすい性質を利用して、ナフサと金属石鹸を混ぜ合わせてゼリー状に加工した燃焼材を爆弾に充填したのだ。

 ナパーム弾の恐ろしいところはその圧倒的な燃焼性能にある。

 ナパーム弾の燃焼材が付着した人体や木材は、水をかけても消火することは不可能で対象が燃え尽きるまで炎を発し続けるのだ。

 また、ナパーム弾の燃焼の際には大量の酸素が使われるため、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死、あるいは一酸化炭素中毒死することがある。

 ナパーム弾が最初に使われたのは第二次世界大戦中の東京大空襲で、東京の街を炎で焼き尽くし10万人以上の死者を出した。

 その後、ベトナム戦争でもナパーム弾は使用され北ベトナムの森林地帯を焼け野原に変えた。


「アイリスさん正気ですかッ!? ナパーム弾をDIYで作って実戦で使用するなんて、そんなのダメに決まってるでしょう」

「だったら、今からニビルに行ってシロクズシを見てきてくださいッ! あれは人類だけでなく、自分以外の全ての動植物を殺しつくす悪魔です。どんな手段を講じても絶対に駆除しなくてはなりません」


 危険な兵器の材料集めを手伝わされそうになった由香が怒鳴りながら物資の調達を拒否してくるが、私も引くわけにはいかない。

 シロクズシを倒すためには、ナパーム弾を使った露払いが絶対に必要だ。


「二人共落ち着いてください。

 アイリスさん、ナパーム弾の燃焼材を空き瓶に入れて強力な火炎瓶を作って攻撃するという運用プランは理解したんですが、戦場ってシロクズシが占領している場所以外は普通の木が生えてる森林地帯ですよね。

 ナパーム弾を使用することによって大規模な森林火災を引き起こすリスクがあると思うんですが、それについて考えはあるんですか?」


 環境大臣から質問された森林火災への対策。

 もちろん、それも考えている。

 いや、正確にはその対策こそがシロクズシを倒すためのカギだと私が考えている。


「ナパーム弾を使用しても森林火災に発展するリスクは低いと思います。

理由は、ナパーム弾で火を付けられた場合、シロクズシ自らが消火作業を行ってくれるからです。

 先日、私達がシロクズシを攻撃した際、シロクズシは水を含ませて数百キロに重量を増加させた泥の塊を投擲することで私達を攻撃してきました。

 ドロバクダンと呼ばれる土属性の魔法らしいですが、私はこのドロバクダンを消火作業に使わせることでシロクズシの持つ魔力とエネルギーを消耗させることが出来ると考えています」


 ナパーム弾の炎は水をかけても消すことは出来ないが、上から泥を被せ燃焼に必要な酸素を遮断してしまえば火を消すことはできる。

 シロクズシ目的は自身の生存と生息域の拡大なので、ナパーム弾で火を付けられたら外敵の排除より消火作業を優先する可能性が高い。

 だから、ナパーム弾をどれだけ投下してもシロクズシを焼き尽くすことは不可能だ。

 しかし、ドロバクダンを消火作業に使わせれば、地下根に攻撃を行う人員への攻撃密度が低くなるはずだ。


「シロクズシ攻撃の本命はあくまで人の手による地下根への攻撃です。ナパーム弾の投下はその露払いだと考えてください」


 私が、自分の考えた作戦の概要を伝えると話を聞いていた全員が一様に押し黙る。

 失望されてしまったとしても仕方ない。

 私の作戦はあくまで机上の空論だ。

 いま私体の手元には、シロクズシの地下根を攻撃するための100名以上の兵士は存在しないし、ナパーム弾の材料を調達してもらえる保証もない。

 こんなすべてが足りない作戦は、やはり受け入れてもらえないのだろう。


「アイリスさん、あなたHSS所属のお医者さんですよね?」

「ええ、私はHSSから派遣された医師ですが」

「怒らないから本当のこと言ってください、実はCIAとか国防省が送り込んできたエージェントじゃないですよね」

「違います。私は、今まで生きていて一度も銃を撃ったことなんてありません」


 いきなり何を言い出すんだこの人、私は由香の発言の意図が読めず混乱してしまう。


「失礼しました。アイリスさんは、自分はタダの医師だと言っていましたが、ただのお医者様が本職の軍人顔負けの軍事作戦を立案して来たんでビックリしたんです。ちなみにアイリスさん、もし日本政府があなたの考えた作戦に協力することを拒否したら、どうしますか?」

「それは、もちろん私の上司を通じてホワイトハウスにシロクズシの駆除に協力するよう要請を出します」


 私は、これからHSSに今日までの期間ニビルで経験したことを報告するつもりだが、その報告書にウルクが国家存亡の危機に瀕していて支援が必要であることを書き加えることになるだろう。


「だそうです。大臣、事務次官、もしアメリカがシロクズシの駆除に協力したらウルクは親日ではなく親米国家になってしまいますね」

「わかりました。ゲートを通じた隣国であるウルクの危機に対して災害支援を行えるよう、総理に相談してみます。ウルクに貸しを作るのは日本政府としてもメリットが大きいので災害支援と必要物資の提供については閣議決定で通ると思います」


 そう言うと、大臣はテレビ会議から退席した。

 おそらく、今からウルクへの災害支援を閣議決定の議題に入れるよう動き出すのだろう。


「ちなみにアイリスさん、日本政府は物資の支援は出来ても人を出すのは無理だと思うのですが、シロクズシを攻撃するために必要な人員100名集められそうですか」

「それは、私に任せてちょうだい。ウルク存亡の危機なんでしょ、ウルクに帰ったらマモノハンター100人以上かき集める。ミ・ミカもいるし何とかなるわよ」


 恵子は何が起こっているか判らずキョトンとしているミ・ミカさんの肩をポンポンと叩いた。

 これから、ミ・ミカさんとヨ・タロさんにも、私の考えたシロクズシの駆除作戦と、その作戦に日本政府が協力してくれることを説明しないといけないな。


「ところで、天原君達はいつウルクに出発する予定なのかな」


 大臣が退席したあともテレビ会議に残っていた外務省の事務次官が、ポツリとそうつぶやいた。


「明日の朝には出発する予定ですよ。緊急避難にために一時的に地球に戻りましたが、本来ならシロクズシが現れたことを一刻も早くウルクに伝える必要があるんで」

「では、申しわけないが、その出発1日遅らせて外交官を1名同行させて欲ください。日本政府として公式にウルクに災害支援を行うなら、ウルクの行政機関に表見訪問を行う必要があるでしょう」


 その表敬訪問を必ず外交官がやらなければならない理由はないと思うのだが、否と言わせない声音で事務次官はそう告げて来た。

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