第53話 簡単なことではありませんが、人類の手であのマモノを倒すことは可能です。

――天原衛


 アイリスは、俺達が遭遇したシロクズシの様子について語り始める。


「ウルクの北に広がる森で100ヘクタール程の広さに繁殖したシロクズシを発見しました。昨夜、衛さん達はシロクズシと交戦して地下根を12個ほど駆除したのですが、朝になってシロクズシがドロバクダンを使った絨毯爆撃で反撃してきたので、私達は食料や水を含む大半の装備を投棄して逃亡する羽目になったんです」

「それは……賢明な判断だったと思います。出来れば、交戦せずにそのまま逃げた方がなおよかったと思いますが」


 由香が絞り出すような声音でそうつぶやいた。


「中島課長、シロクズシっていうのはそんなに危険なマモノなんですか?」


 シロクズシの名を聞いて露骨に動揺する由香の様子を見て、環境大臣が食いついてくる。


「シロクズシは地球でクズと呼ばれている植物が原種のマモノで、ニビルでは歴史上数百の国を滅ぼした最悪のマモノとして語り継がれています。

 基本的な生態は原種であるクズと同じで、地下にある根からつる草を伸ばして生息域を拡大させるだけです。

 ただ、原種のクズに比べてシロクズシはそのサイズが数百倍スケールアップしています。

 一度シロクズシの地下根が出来たら最後、石畳でも、コンクリートでも関係なく下からぶち抜いてつる草を伸ばして生息域を拡大させていきます。

 わかりやすく言うと、シロクズシは人工の都市を丸ごと破壊して自分の生息域に変えてしまうんです。

 おまけに、全てのつる草が自分を攻撃する外敵に対して反撃行動をとってきます。

 打撃力は、常人であれば一撃で即死させるレベル。

 そのため、シロクズシの生息エリアにはほかの動物が一切立ち入ることが出来なくなります」


 由香から、シロクズシの概要を聞かされた環境大臣と事務次官は言葉を失う。


「な、なんというか破壊の規模が今まで地球に現れたマモノに比べても桁違いに大きくないですか」

「だから最悪のマモノなんですよ。ニビルではシロクズシが集落の近くまで迫ってきたら全ての住民が家も町も捨てて逃げるんです。数百の国を滅ぼしてきたという伝説は伊達ではありません」

「アイリスさんの話だと、その最悪のマモノがウルクの近郊に現れたというんだね」

「はい、ウルクの北側には森林地帯が広がっているのですがその森林地帯の中でシロクズシを発見しました。距離は歩いて三日ほどかかる位置なので地球の単位では30キロほど離れた場所になります」

「30キロですか、話に聞いたシロクズシの生態を考えるとかなり近いですね」


 このままではシロクズシは北の森で生息域を広げて早ければ数年後、遅くても10年以内にはウルクの街を飲み込んでしまうだろう。


「そこで提案なんです。日本政府が、シロクズシを駆除するために協力すれば、ウルクの人達は日本という国に好意的な感情を向けてくれると思いませんか」

「そう……ですね。人類が初めて接触する地球外生命体の国家と日本が友好条約を結べれば、大きな国益になると思います。でも、あなた方が話していたシロクズシというマモノは非常に強大な力を持っているように聞こえましたが本当に勝てるんですか?」


 シロクズシを駆除する。

 それが出来なければウルクは近い将来消滅してしまうので、国交を結ぶ意味が無くなってしまうと言いたいのだろう。


「戦力と、装備、そして適切な作戦があれば駆除は可能です」


 アイリスは事務次官に向かって大見得を切ってそう言い放った。


「アイリス、あいつを駆除するための作戦思いついたっていうのか!?」

「簡単なことではありませんが、人類の手であのマモノを倒すことは可能です。由香、今からシロクズシを倒すのに必要な物資のリストを送るので確認していただけませんか?」


 アイリスはメールソフトを立ち上げて、シロクズシを倒すために必要な物資について書かれたメールを由香に送り付ける。

 

「今、由香にシロクズシの駆除に必要な物資の一覧を送りました。すぐにとは、言いませんがこのリストにかかれた物資を作戦が始まるまでに集め欲しいです」

「由香さん、そのメール私にも転送してください。あと、事務次官もリストを確認したいそうなので、今から教えるアドレスにアイリスさんが送ったメールを転送してください」


 大臣の指示で、アイリスの作った必要なものリストがお偉いさんにも共有される。

 このリスト、事と次第によっては総理大臣の目に触れることになるだろう。


「送ったリストの物資は全て民間で取引されているものです。兵器の類はないので、ウルクに提供しても法的な問題は無いと思います」


 送ったリストの一番上に書かれているのは食料と水だった。

 ただし数が多い、要求している食料と水の量は最低でも2000食分と書いてある。


「シロクズシを駆除するためには最低でも100人は人員を投入する必要があります。戦力が大いに越したことは無いので、食料についてはあくまで最低2000食分です」

「100人の兵士が一日2回食事を取るとして作戦期間は10日ですか、確かに必要最低限の量ですね」


 100人の兵士が10日間作戦行動をとれるだけの食料。

 そう聞くと確かに、2000食でも足りないような気がしてくる。

 人数は可能な限りたくさん集めたいし、10日間でシロクズシを駆除しきれる保証もない。


「水と食料は最低でも2000食分。場合によってはもっと多くですね。これは問題無いと思います」


 アイリスが何を考えているのかわからないが、仮に100人の兵士を集めたとしてもシロクズシを倒すには大きな困難が存在する。

 シロクズシが強いのは、獣や竜では絶対に叶わない圧倒的な物量を持っているからだ。

 無限に近い数のつる草が個々に抵抗してくるうえ、つる草を切り裂いても代わりのつる草が地下からいくらでも生えてくる。

 一応有効な攻撃は地下根を駆除することだが、その根を掘り出すのに大きな労力を伴ううえ根を掘り返そうとするとつる草だけでなく土魔法≪ドロバクダン≫が飛んでくる。

 このドロバクダンが非常に厄介で、大量の人員を集めて一斉に根を掘り出そうとしても、ドロバクダンで絨毯爆撃されたら人数が多い分、多数の死傷者を出すことになってしまう。


「もし攻撃を仕掛けるなら夜戦かな? 夜はドロバクダン撃てなくなるみたいだし」

「えっ? シロクズシって夜はドロバクダン撃てなくなるの」


 恵子が猫のように大きな瞳をかっぴらいて顔を俺に近づけてくる。


「サクラノオキナの記憶で見たんだが、あいつ夜はドロバクダンが飛んで来ないから夜にシロクズシを攻撃してるんだよ」

「そうだったんだ!? でも、不思議ね。なんで夜はドロバクダン撃ってこないのかしら」


 恵子は人差指を顎にあててコクンとクビをかしげる。

 自分の身に危険が迫っているのに必殺の魔法を使わない理由が理解できないのだろう。


「ちょっと考えればわかるだろ、夜は光合成できないからドロバクダン使うと魔力とエネルギーの消耗が大きすぎるんだよ」


 小規模ながら農業をやっていたおかげで、俺はシロクズシが夜にドロバクダンを使わない理由にすぐ見当がついた。

 ジャガイモやニンジンのような根菜と同じだ。

 夜間は地中から養分を吸収して根にデンプンを蓄え、昼間は光エネルギーを吸収して枝葉を伸ばす。

 光合成は植物にとっての食事のようなもので、光エネルギーと二酸化炭素を結合させて糖を生成しているので夜間にドロバクダンを使うのはかなりの消耗を強いられるだろう。


「そっか光合成できない出来ない夜は、ドロバクダン撃ってこないかもしれないんだ。いいんじゃない夜戦、私達もサクラノオキナと同じように夜に攻撃しようよ」


 力強く夜間の攻撃を主張する恵子にアイリスは力なく首を振った。


「夜戦は、やめた方がいいと思います。昨日は衛さん達5人だけで戦ったから事故はなかったですが、次の作戦では最低でも100人の兵士を集めるって言いましたよね。月明かりさえないニビルの暗闇で100人の兵士がシロクズシに突撃したらどうなるか想像できませんか」

「ど、同士討ちが起こりそうね……」

「あと、夜間だと負傷者の救助もスムーズに行えないと思うので昼間に比べて戦死者がかなり多くなります」


 地球でも夜戦は、夜間戦闘を専門に訓練した特殊部隊しか行わない。

 夜の闇の中で戦うのは、どれだけ化学が進歩しても難しいのだ。


「それならドロバクダンどうするのよ? どれだけ大軍集めてもドロバクダンで絨毯爆撃されたら一網打尽じゃない」

「それについて、私に考えがあります。上手くいけばドロバクダンを空撃ちさせてシロクズシを消耗させられると思うんです」


 アイリスは心配するなと言わんばかりに胸に手を当てて、自分に策があると言い放つ。


「その策って食料以外の物資が関係してるんですか? ナフサと金属石鹸が1トン、容量1リットルの空き瓶が3000本ですか、これも量が多いですね」


 アイリスが送った必要なものリストに書かれていたもので、空きビン以外はよくわからないものが記載されていた。

 そして、大勢の人間が使うことが前提なのか、そのよくわからない物資もとにかく必要量が多い。


「空き瓶はもちろんのこと、ナフサと金属石鹸も民間人が通販で購入できる工業製品の材料なので他国へ提供しても法的な問題は無いと思います」

「まあ、民間でも買える物なら大丈夫ですね。日本って、殺傷力のある武器の輸出は法律で規制がかかっているからメンドクサイんですよね」


 大臣や事務次官からも、待ったはかからない。

 二人共、民間で購入できるものなら他国に提供しても問題ないと判断したのだろう。


「ちょっと待ってください!?」


 アイリスが送った必要なものリストの内容を見て、由香の背後から待ったの声がかかった。

 話を止めたのは、異世界生物対策課に所属するオペレーターの鳴子さんだった。

 本職は指揮車からカゲトラやマモノ駆除部隊に偵察衛星から得られた情報や由香の命令を伝えるオペレーターだが、危険物取扱の資格を持っているので何かと物騒な買い物が多い異世界生物対策課の物品購入の担当も兼務している女性だ。


「ナフサと金属石鹸集めるってことは、アイリスさん、あなたナパーム弾を作るつもりですねッ!?」

「なっ!?」

「チッ!」


 鳴子さんに目論見を暴露されてしまったアイリスは露骨に舌打ちをすた。


「鳴子さんの言う通りです。ナフサと金属石鹸を混ぜ合わせたものを空き瓶に封入して火炎瓶型のナパーム弾を作り、シロクズシのつる草を焼き払う。これが、私の考えた作戦です」

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