第51話 ここはニビルとは別世界にある地球という惑星です。

――天原衛


 監視カメラの映像を見たカゲトラ達が慌てて駆けつけてきたところで、俺達とキュウベエとの遊びはお開きとなった。

 短い時間だが、楽しませてくれたミ・ミカとヨ・タロをキュウベエは気に入ったようで、二人は無事兄弟の証であるハイタッチの儀式をすることが出来た。


「お前たちはドアホウなのだ。ニビルの現地人を連れてきてキュウベエとの力比べに参加させるなんて、どう考えても正気の沙汰ではないのだッ!」

「世の中には不可抗力ってもんがあるんだよ。それに、こそこそ逃げ回って永遠に獲物として狙われるよりは、キュウベエと遊んで兄弟として認めてもらう方が後々の事を考えれば安全ろ」


 俺はブーブー文句を言いまくるカゲトラの言葉を右から左に聞き流す。

 ニビルの現地人を地球に連れてきたり、彼らをキュウベエとの遊びに付き合わせたり、自分でもメチャクチャなことをやったという自覚はあるが、これはどうしようもない不可抗力だったんだ。


「それより、水と食料あるだけ持って来てくれよ? 俺達、朝から何も食べてないからもガス欠寸前なんだよ」

「もう、お前達みたいなバカ野郎見たことも聞いたこともないのだ」


 ブーブー言いながらもカゲトラは車に積まれていたレーションとペットボトル飲料を持って来てくれた。

 最低限の栄養補給をして、一息ついた俺達は、なつかしき我が家に帰る事になった。

 帰る途中の道すがら、地球に帰ってきた理由をカゲトラと駐在員として札幌から派遣されていた前川さんに説明する。


「それでお前は服まで放棄して裸なのか」

「いっそ、キュウベエにまた血をもらって帰るまでクマのままでいてもらった方がよかったかもね」

「確かにクマに変身すればこの寒さも平気だけど、そしたら俺話せなくなるじゃないか」


 カゲトラへ事情を説明する役を全て恵子とアイリスに押し付けてしまうのは気が引ける。


「流石に裸だと北海道の気候はつらいな、前川さん上着貸してくださいよ」

「貸さなくていいのだ。衛の自業自得だ。せいぜい家に帰るまで北海道の気候と向き合えばいいのだ」

「でも、上着貸さないとさすがにパワハラになりますよ。衛君が、緊急避難のために戻ってきたのは事実みたいだし」


 真面目な前川さんは、いったん車を止めて着ていたジャンパーを俺に貸してくれる。


「パワハラ、パワハラって、地球の文化はめんどくさいのだ。衛みたいに勝手なことする奴は、私のいた国なら国外追放されてもおかしくないのだ」


 地球とニビルの文化の差を感じつつ、俺達は無事オントネーにある我が家まで辿り着くことが出来た。



――ミ・ミカ


 洞窟から出るとそこには銀世界が広がっていた。

 つい1時間前まで私達はうっそうとした森の中にいたはずなのに、洞窟を一時間ほど歩いて反対側に出たら雪が降っている。

 想定外、理解不能、意味が解らない。

 目の前に広がる私の全く知らない世界の光景を見て、私は洞窟内に突然マモノが現れたときよりも遥かに大きな衝撃を受けた。


『車に乗って。とりあえず私の家に行って、休みましょう』

『車? これが車なんですか!? でも、車を引く竜がどこにも……』

『詳しいことは後で説明するから、とにかく今は車に乗って』


 私と、ヨ・タロさんは流されるまま、白い箱に押し込まれた。


『何なんですこの車? 竜が引いてないのに勝手に走ってる? もしかして、これ魔導具なんですか』

『魔導具とはちょっと違うかな? ただ、自動車が走る仕組みって……私もよくわからないわね。まあ、とにかく勝手に走るのよ。落ち着いたらマモちゃんか、アイリスさんに質問したら教えてくれると思うわ』


 と、恵子もどうやって走っているのかわからない自動車というもので運ばれて、私達は恵子の実家にたどり着いた。

 恵子の実家に来た私達は、疲れているだろうとことで温かい歓待を受けた。

 上着を貸してもらい、コタツと呼ばれるテーブルの足回りに布団をかぶせて足を入れるスペースを火属性の魔法で温める魔導具を使うよう勧められた。

 コタツに入って身体を温め、温かいお茶と、甘いお菓子で栄養補給をしたところで、私は緊張の糸が切れてペタンと床に寝転がった。


『いやあ、ミ・ミカもヨ・タロもおつかれさま。無事にみんな安全なところまで辿り着けて良かったわ』


 恵子も私と同じように、温かいところに来て、甘いものを食べたおかげで緊張がほぐれたのか私の隣でペタンと床に寝転がる。

 恵子が畳と呼んでいる床。

 草のいい匂いと、板敷きの床にはないほど良い弾力があって寝転がるのにちょうどよい作りになっている。


『って!? 私は全く良くないですよ。ここが安全な場所なのはわかりますが、洞窟を抜けたら雪が降っているなんて、北の森からの位置関係的にありえないし。恵子達が使っている見たことも聞いたこともない魔導具も理解不能です』


 私は自分が得体の知れない土地に連れて来られたことを思い出して、ばね仕掛けの人形のように起き上がる。

 ヨ・タロさんも似たようなことを思っていたらしく、アイリスさんに頼んで用意してもらったメモ帳にさらさらと質問事項を書き連ねていた。


『質問① この国は何処に存在するのか?

 質問② この国来るための移動手段はなんなのか?

 質問③ 恵子達は一体何の目的でウルクにやってきたのか?』


 ヨ・タロさんが書き連ねたのはまさしく私が聞きたいことだった。

 遭難しかかっていた状況で、安全なところまで連れて来てくれたのはありがたいが、恵子達の故郷がどこにある、どんな国なのか私には全くわからない。


「ソーリー。いきなり地球に連れてきたらやっぱり混乱しますよね」

「なんか、この反応懐かしいな。恵子も最初にオントネーに来た時はこうだったから」

『私達にわからない言葉で密談するのはヤメテください』


 いままでは外国人なので仕方ないとしか思わなかったが、こんなわけのわからない所に連れて来られて密談されるとさすがに気になる。


『結論から言うと、ここはニビルとは別世界にある地球という惑星です。私達は、空間を跳躍するゲートを通ってニビルから地球に転移して来たんです』


 アイリスさんは、ヨ・タロさんにも判るようにノートに質問の答えを書いてくれた。


『別世界ですか……』


 いきなり別世界と言われてもよくわからない。

 そもそも、私が知っている世界はウルクとその周囲を取り囲む北と南の森林地帯だけだ。

 ウルクの北に広がる巨大な森林地帯の中にダルチュがたくさん住んでいるラガシュという国があると聞いたことがあるが、行ったことが無いのでそこがどんな場所なのかもわからない。


「異世界や、宇宙の概念を知らない人に説明するのは難しいですね……それなら」

『ミ・ミカとヨ・タロさんは、洞窟に仕掛けられた特別な魔法の力でウルクから、とてもとても一生走り続けてもたどり着けないほど遠くの土地にやってきたんです』


 アイリスさんがノートに書いた私達にも理解できるように噛み砕いた説明を見て、私はようやく自分の置かれている状況を理解した。


『まだ、答えてない質問があるぞ』


 ヨ・タロさんは、最後の質問。恵子達がウルクに来た理由について問い詰める。


『私達はウルクを訪れた目的はスパイ活動のためです。ニビルにどんな動物が住んでいるのか、ウルクにはどんな人が住んでいるのか、ウルクにはどんな特産品があるのか。そいった情報を調べるために私達はウルクに行きました』


 やっぱりスパイだったのか、正直この答えは意外でも何でもない。


『ただし、私達がウルクに戦争を仕掛けることは絶対にありません。理由はいくらでもあげられますが、私達にとってウルクに戦争を仕掛けるメリットが何一つ存在しないんです』

『そうなのか? アイリスがメリットを感じなくてもこの国の支配者はそう思ってないかもしれないぞ』

『そう思うなら、ヨ・タロさんは暇があればここに遊びに来てください。そして、地球で変な動きがあると感じたら、ウルクに知らせに行けばいい』

『わかった、そうさせてもらう』


 そんな感じで、ヨ・タロさんは地球に定期的に監視に来ることで話がまとまった。

 しかしアイリスさん、怖いくらい見事にヨ・タロさんを掌の上で転がしているなあ。

 ヨ・タロさんと仲良くしたいという気持ちは本物だと思うが、その裏に得体の知れない黒いものを感じて私は部屋が暖かいのに背筋に寒気を感じた。

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