第50話 この血をすすれ、そうすれば心置きなく遊べるだろ
――天原衛
野生動物は本能のままに食料を探し、食べて、寝て、を繰り返していると勘違いをしている人がいるがそれは大きな誤解だと声を大にして言いたい。
彼らが必要としているのは、食事と睡眠――そして遊びだ。
白藤の滝の裏にある洞窟という安全なネグラを提供され、そこに定期的に食料が運び込まれるようになって時間に余裕が出来たキュウベエは熱心に遊びを求めるようになった。
そして、いまキュウベエがハマっている遊びは力比べだ。
自分が得た新たな力、魔法を他者にぶつけて自分がどのくらい強くなったか確かめることをキュウベエはとても楽しんでいる。
普通の野生動物や弱いマモノはキュウベエの魔法攻撃をくらったら一撃で死んでしまうが、自分の魔法を食らっても死なず反撃して来る相手は、その強さを認め兄妹として認めてもらえる。
そのおかげで、俺と恵子はキュウベエから兄妹として認めてもらい良好な関係を気づいているが、ミ・ミカやヨ・タロはどうだろう。
もし彼らを、自分のネグラに侵入してきた不審者として、キュウベエが本気で殺しに来たら厄介なことになる。
とりあえず俺は、率先してキュウベエの前に立って様子を伺う。
「よう、キュウベエ。久しぶりだな」
俺が話しかけると、キュウベエは特に苛立った様子は無くいつもと同じように掌を俺に向けてくる。
俺は兄弟の証として掌を合わせると、キュウベエは「がうがう」と嬉しそうにうなり声をあげる。
それから、キュウベエは上体をかがめ四足歩行でいつでも走れる体勢をとる。
両足で立って両手を広げて身体を大きく見せるのが威嚇ポーズなら、こうして四つ足でいつでもケモノノハドウを仕掛けられる体勢は戦闘ポーズ。
武術家が相手と対峙したときに構えを取るのに等しい体勢だ。
どうやらキュウベエは、侵入者を排除することよりも俺達と遊ぶことを優先したいようだ。
「恵子悪いけど、キュウベエの相手をしてくれないか? こいつ俺達と久々に会えたんで遊びたくて仕方ないらしい」
「侵入者の排除よりも兄弟と遊ぶことの方が優先か。まったく、頼りになる番犬ねえ」
当初の予想より遥かに人に慣れてしまったキュウベエの様子に恵子は呆れたようにため息を吐く。
キュウベエは俺の肩にポンと手を置いて、お前も一緒に遊べと誘ってくるが、俺は首を振って『いいえ』の意思を示す。
キュウベエは、『はい』と『いいえ』の違いが判るのでこれで俺が遊べないことを理解してもらえるだろう。
俺が首を振って『いいえ』の意思を示すとキュウベエは意外な行動に出た。
自分の右手を噛んで、自ら右手を傷つけたのだ。
大きく傷ついた右手からは血がにじみ、鮮血が地面に滴り落ちる。
「キュウベエ、お前。俺の変身条件まで見抜いていやがったのか」
キュウベエの意思は明確だ。
この血をすすれ、そうすれば心置きなく遊べるだろと言っているのだ。
「いいだろうやってやるッ! 恵子ッ! せっかくだからミ・ミカとヨ・タロにも参加してもらえ。キュウベエに兄弟だと認めてもらったら今後この洞窟を利用しやすくなるだろ」
それだけ告げると、俺はキュウベエの掌から滴る血をすすって獣へと変身した。
――天原恵子
ミ・ミカとヨ・タロを戦闘に参加させろなんて、マモちゃんも勝手なことを言ってくれる。
当の本人は、キュウベエの血をすすって変身し、さっそく力比べを始めてしまった。
仕方ないので私は二人に『キュウベエと戦うから手伝って』と簡単に伝えて、オオカミに変身して突撃する。
二人がキュウベエの遊びに参加してくれるか未知数だったが、キュウベエと正面からぶつかり合っているマモちゃんの様子を見て、二人とも肉体強化魔法を使って戦う意思を見せてくれる。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
マモちゃんと、キュウベエは正面から突撃魔法をぶつけ合うが、体格に劣るマモちゃんは押し負けて吹き飛ばされてしまう。
『衛さんも、体格で劣るのはわかっているのに無茶をしますね』
マモちゃんは、私達が援軍として割って入るのを信じていてそれまでの間、キュウベエの気を引いておきたかったのだろう。
マモちゃんが派手に吹っ飛ばされて距離が開いたので、私達3人はマモちゃんとキュウベエとの間に割って入った。
「ぶおおおッ!!」
キュウベエが警戒音を発する。
おそらく、兄妹と認めた私達と見知らぬ侵入者が一緒にいるのでどう、遊ぶべきか排除すべきか迷っているのだろう。
もっとも、私達がやることは決まっている。
キュウベエを、満足いくまで楽しませるのだ。
火魔法≪カエングルマ≫
私が炎をまとって突撃するとキュウベエは立ち上がり、左型を突き出すような体勢を取る。
キュウベエは、獣と草の複合属性のマジンなので火魔法を苦手としているだが、特にノウウジとの融合度合いが高い右前足は炎を浴びると腕を構成している菌糸がドロドロに溶けてしまう。
だから、炎で攻撃すると必ず立ち上がって左前足を盾にするように防御体勢をとるので、それを利用させてもらう。
キュウベエが立ち上がって足を止めたのを好機と感じた、ミ・ミカとヨ・タロの二人は炎をまとって突撃する私を追い越し、全力疾走でキュウベエの背後回り込む。
“ヨ・タロ、一撃離脱を徹底して、攻撃が来る前に逃げるのよ”
“わかっている”
このメンバーの中で一番危険なのはヨ・タロだ。
彼の持つ魔導具は竜・火属性の『グレンゴン』。
私達が先日倒したグレンゴンと同種のマモノの魔力器官を武器に装着している。。
火魔法によって刀身を加熱することによってマモノの骨すら容易に切り裂けるので攻撃力は非常に高い。
しかし、ヨ・タロも普通の人間なのでアカノツルギを発動させているときは肉体強化の強度が大きく低下してしまう。
彼は、ウルディンの持つ高い運動能力と卓越した剣技でその弱点カバーしているが一撃もらえば致命傷を負いかねないない。
逆に、ミ・ミカは使える魔力を肉体強化に全振りしているので、決定力は乏しいが多少攻撃をくらっても崩れない。
私は二人がうまく連携してくれることを祈りながら、炎をまとった身体でキュウベエに体当たりを決める。
「があああッ!」
「わおおんッ!」
草魔法≪ジュヒコウカ≫
キュウベエは魔法で肉体を固くして苦手な火魔法に耐えきった。
体当たりを受け止められた私は、突撃の反動で2メートルほど後退を強いられる。
十分だ。
私の役目はキュウベエの注意を私に引き付けること。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
火魔法≪アカノツルギ≫
キュウベエの背後に回り込んだ二人が、無防備な背中に魔法攻撃を叩き込む。
ミ・ミカが背中に肘打ちを叩き込むと、ムリな直立姿勢を取っていたキュウベエはバランスを崩してその場に転倒する。
キュウベエが転倒したところで最も火に弱い右前足にヨ・タロがグレンゴンの刃を突き立てた。
このまま、右前足を燃やし尽くして勝負あり。
そう思った直後……。
「グオおおおッ!」
キュウベエは、右前足の肘から先を自ら切り離した。
右前足の菌糸を全て焼かれたら再生に時間がかかるので、自切は適切な判断だがまさかクマがトカゲみたいに自分の身を守るために自切するなんて想像もしていなかった展開だ。
キュウベエは包囲されている状況から脱するために、前転運動でその場から離脱する。
でんぐり返りなんて本来クマが行う動きではないが、マモちゃんがキュウベエの攻撃を回避するために前転後転運動を駆使しているのを見て自分も出来るものとして覚えたのだろう。
前転でいったん包囲から脱出したキュウベエは草魔法≪ジコサイセイ≫で、自切した右前足を再生する。
“このゴウム何者だ? 衛に対する態度といい、戦闘における適切な状況判断といい、まるで人間じゃないか”
“ただのマジン化したゴウムよ。遊びの中で戦い方のバリエーションが増えたみたいだけど”
私とマモちゃんだけで相手をしていたときは、攻撃パターンが単調でマンネリ化していたが、ミ・ミカとヨ・タロをくわえることでキュウベエに更なる成長を促してしまった気がする。
先ほどキュウベエに吹っ飛ばされてしまった、マモちゃんも合流して今度は4対1で、私達はキュウベエと対峙する。
「がおおおッ!」
キュウベエの大咆哮が洞窟内に響き渡った。
“キュウベエの奴、大喜びだわ”
敵は4人。
とうてい勝ち目のない状況だが、遊び相手が増えたことにキュウベエはまるで子供のように喜んでいる。
私がマモちゃんに視線を向けるとアイコンタクトを理解してくれたマモちゃんがコクンとクビを縦に振る。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
火魔法≪カエングルマ≫
今度は、私とマモちゃんの二人で突撃する。
二人ならパワー負けはしないはず、上手く動きを止めればミ・ミカ達が背後からの攻撃で戦闘不能に追い込んでくれるだろう。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
火魔法の攻撃が来たにも関わらず、キュウベエは防御ではなく突撃を選んだ。
私とマモちゃんとキュウベエ、三人の突撃魔法が真っ向から激突する。
二対一の力勝負の結果は引き分け。
私達は互いに自分の受けた運動エネルギーを殺しきれず、足で地面を削りながら数メートル押し戻される。
だが動きは止めた。
あとは背後に回り込んだミ・ミカとヨ・タロが決めてくれる。
そう思った直後、キュウベエはその場でドシンと尻もちをついた。
人間なら座り込んでしまえば足で踏ん張れなくなるので手をバタバタさせるだけで何もできなくなる。
しかし、キュウベエほどの体格があれば別だ。
キュウベエは座ることで自由に使えるようになった前足で、ミ・ミカの肘内を迎撃する。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
草魔法≪ジュヒコウカ≫
キュウベエは右前足だけでミ・ミカの攻撃に競り勝った。
力比べに敗れたミ・ミカは硬質化した右前足でぶん殴られ壁際まで吹き飛ばされる。
ミ・ミカとの連続攻撃を狙っていたヨ・タロは無理な突撃はせず、キュウベエの攻撃範囲外まで後退する。
「わんわんッ!!」
壁に叩きつけられたミ・ミカに声をかけると彼女ははふらつきながら立ち上がった。
『恵子、私は大丈夫です。力負けしたのは悔しいですがまだ戦えます』
その言葉を聞いて私は安心のあまりフッーと大きく息を吐く。
「お前達、何をしているのだ!?」
背後からの奇襲への対抗策を編み出してしまったキュウベエとどう戦おうか考えていたところで、割って入る様に聞き慣れたフクロウの声が聞こえてきた。
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