第48話 サクラノオキナ、いままでありがとう。
――天原衛
最初に見えたのは、枯れ木のマモノがまだ生きていたころの記憶。人気のない森の中で、20メートル以上の巨木に成長したヤマザクラがピンク色のサクラの花を満開に咲誇らせている。
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次に見えたのは、死んでいくヤマザクラの記憶。突如として現れたシロクズシに、花をつけるための枝は全て折られ、幹がキツク締め付けられ、地面から栄養を取ることも出来ずジリジリと殺されていく。
死にゆくヤマザクラは不意に黒い影に包まれた。
影の奥にはクサリクの女性と思しき存在のシルエットが見えるが、彼女がどんな顔をしているのか、どんな服を着ているのかその詳細を見ることは叶わない。
「ここに美しく育ったヤマザクラがあると聞いていたんだが、こんなことになってたとはね。シロクズシに絡まれるとは君もよくよく運が無いな」
運が無いと言われヤマザクラは怒った。
自分は何も悪いことはしていない、ただこの森で静かに暮らしていただけだ。
それなのに、身体に巻き付いたシロクズシは理不尽に自分を殺そうとしている。
この状況で自分は、逃げることも抵抗することも出来ない。
憎い――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
ヤマザクラは自分に巻き付いたシロクズシを憎み、激しい呪詛をまき散らした。
「そうか、そんなに憎いかなら抵抗してみるがいい。実は、私もこの無粋なクサリソウのマモノがあまり好きじゃないんだ」
ヤマザクラを覆う影はそう言うと、黒いオーラを彼の身体の中に流し込んだ。
黒いオーラを流し込まれた彼は、生まれてから数百年、一度も感じたことのない激しい苦痛を感じて激しく体を震わせた。
ヤマザクラの希薄な意思は幽霊となって明確な形を持ち、死にかけた身体が作り替えられ疑似的な神経と筋肉が身体のなかに形成される。
動ける身体と意思を得たヤマザクラは、自分を締め付けるシロクズシのつる草を引きちぎり、憎しみのおもむくままに動かせるようになった枝を周囲のつる草に叩きつけた。
「じゃ、あとは好きにやってみて」
いつの間にか、ヤマザクラを覆う影は姿を消していた。
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最後に見えたのは、シロクズシとの戦いの日々の記憶だ。
最初は無策に枝を叩きつけ、シロクズシのつる草に全身を打ち据えられ叩きのめされた。
枝を叩きつけるだけではダメだと悟った枯れ木のマモノは、ゴースト魔法≪クロノヤイバ≫でシロクズシを切り刻もうとしたが、次はドロバクダンの猛爆撃によって打ちのめされた。
何度も戦いを挑む中で、夜の間はドロバクダンを使ってこないことに気づいた枯れ木のマモノは夜の帳が落ち後だけ戦いを挑むことにした。
それから……戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って。
今日のこの日を迎えた。
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「おっ、おげえええッ!」
初めて体験するセイシンカンノウは想像を絶する苦痛を伴うものだった。
大量の情報が一度に頭に流れ込んできたせいで、俺の脳はオーバーフローを起こし、激しい頭痛に耐え切れずその場に倒れこむ。
地面に倒れこんだ俺は、胃液が逆流してくるのに抗えず、その場で胃の中身を全て吐きだした。
「マモちゃんッ!! あんた、騙して攻撃してきたのねッ!?」
激しく苦しむ俺の様子を見て、恵子が怒り狂った表情で枯れ木のマモノに襲いかかろうとするが、俺はとっさに彼女の服の裾をつかんで攻撃を辞めさせる。
「こ……攻撃じゃない。せっ、せいしんかんのうだ。マモノの記憶を流し込まれた。こいつは、敵じゃない」
「セイシンカンノウ!? えっ、じゃあこいつ……」
10分以上かけて、流し込まれた情報を脳が整理したころ俺はようやく立ち上がることが出来るようになった。
脳の機能を限界まで酷使したせいで、目の奥がズキズキと痛むが魔法で脳の情報処理能力を強化しておけばそのうち治まるだろう。
「記憶を流し見しただけなんだが、コイツはもともとこの辺りに生えてたヤマザクラでシロクズシに絡まれて死にそうになっていたときに、マジンにしてもらったみたいなんだ。だから、コイツはシロクズシに強い憎しみを抱いていて昨日みたいな戦いを何年も続けている」
「マジンにしてもらったって、まさかネルガル!?」
「そうだと思う。セイシンカンノウで見た記憶の中で、黒い影の塊から黒いエネルギーが、コイツに注入されるのが見えた」
ネルガルというのは、全てのゴースト属性のマジンを生みの親だと呼ばれているマモノだ。
マモノといっても、あらゆる生命を殺すことも生き返らせることも自由に出来る力を持つという神にも近しい存在で、推定されるレベルは100を遥かに超えて測定不能レベル。
正直、絶対に出会いたくないバケモノ・ザ・バケモノだ。
恵子を通じて、枯れ木のマモノの事情についてミ・ミカやヨ・タロにも説明してもらう。
『このマジンはここで、ずっと長い間シロクズシと戦い続けていたって言うんですか』
『マモちゃんが見た記憶だとコイツがシロクズシと戦い始めたのは昨日今日の話じゃないみたい。数年前、下手をすれば十年以上ずっとシロクズシに勝ち目のない戦いを挑み続けていたみたいね』
オモイイシは、ここに生えたシロクズシは100ヘクタールまで広がっていると言っていたが、逆に言うとその程度しか生息範囲が広がっていないのは、枯れ木のマモノが毎日つる草を刈り取って成長を妨害し続けていたからかもしれない。
「彼は休みなくシロクズシと戦って成長を妨害し続けていた。いうなれば、この森の守り神ね」
「で、俺達は孤独に戦い続けていた守り神にとって初めて現れた援軍だったんだな。だからドロバクダンの攻撃から俺達を守ってくれた」
枯れ木のマモノの正体と状況の整理が終わり、沈黙がその場を支配する。
この場にいる全員が、今後自分達がどう行動すればよいか決めかねていた。
「わんッ!」
最初に動いたのはヨ・タロだった。
彼は全員に向かって鋭く吠えたあと、飼い犬がご主人に敬意を示すためにお手をするように、枯れ木のマモノの足代わりになっている根っこにペタンと自分の右前足を乗せた。
「あれはウルディンにとって、相手に最敬礼を示す挨拶よ。きっと、今日守ってくれてありがとう、今までシロクズシと戦ってくれてありがとうって気持ちを伝えたいんでしょうね。あと、私達に向かって吠えたのは」
「皆まで言うな。あいつと一緒にシロクズシと戦うべきだって言ったんだろ。さすがの俺でもそれくらいは理解できる」
枯れ木のマモノがシロクズシと孤独な戦い続けてくれたおかげで、周囲の森と、森にすむ動物、もしかしたらウルクに住む人たちも助けられていたのかもしれない。
その恩と頑張りに報いたいと思うのが人情というものだろう。
「しかし、枯れ木のマモノって呼びずらいな……名前は自分でつけてるはずないし」
俺はセイシンカンノウで見せられたマモノに記憶を思い出す。
シロクズシが来るまで、彼はピンク色の花を満開に咲かせる山桜の古木だった。
「そうだな、元からけっこう爺さんだったみたいだしサクラノオキナって呼ぶか」
「サクラノオキナって、このマモノの名前?」
「そう、仲間なんだし名前がある方が呼びやすいだろ」
「仲間か……そうだね、コレから一緒にシロクズシと戦うんだもんね」
恵子はそうつぶやくと、胸元に吊り下げたオモイイシをサクラノオキナに向けてかかげた。
「№39592。以後、目の前にいる新種のマモノをサクラノオキナと呼称します」
「マモノ名、サクラノオキナ登録しました。情報共有を実行します。」
ニビルにある大いなる謎の一つとしてオモイイシの情報共有能力がある。
オモイイシは単独で情報を蓄積しているのではなく、ニビルのどこかにある巨大なデータベースから情報を参照して持ち主に情報を提供しているらしい。
だから、今みたいに新種のマモノに自分でつけた名前をオモイイシ経由で登録すると、以後全てのオモイイシが、サクラノオキナを新種のマモノではなくサクラノオキナとして認識するようになる。
「これで、今後すべての人があなたのことをサクラノオキナと呼ぶことになるわ。折角だからこうした方がいいでしょう」
正式に名前を登録されたサクラノオキナの幹に俺は右手で触れる。
「サクラノオキナ、いままでありがとう。今は、シロクズシを倒すための戦力も、装備も、作戦もない、けど俺達は必ず援軍を連れて帰って来る」
俺は一人で森を守り続けてきたサクラノオキナに固く誓いを立てるのだった。
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