第46話 恵子。あの戦い方では勝てません
――天原恵子
「恵子、大丈夫ですか?」
シロクズシの生息範囲の外まで吹き飛ばされてしまった私の元へアイリスが駆けよって来る。
「わう」
話が出来ないのがもどかしいが、私は彼女の肩にポンと手を乗せて問題無いことをアピールする。
「恵子。あの戦い方では勝てません」
いまの戦い方では勝てない、そんなこと私にもわかっている。
私の攻撃も、マモちゃんの攻撃も、燃え盛る山火事にバケツで水をかけるようなものでシロクズシは何のダメージも感じていないだろう。
しかし、他になにが出来るっていうんだ。
「攻撃するならせめて根を、地下根を攻撃してください。根菜と同じです。クズは地下根にデンプンを大量に蓄えています。今どれだけ地上にあるつる草を除草しても、地下根がある限り昼が来て光合成できるようになれば、すぐに新しい草が生えてきます」
ジャガイモやニンジンと同じか、確かにそれは厄介なことこの上ない。
「土を掘り返して根っこを掘り出せるのは、このメンツだとマモちゃんしかいないわね」
私はミ・ミカ達と相談するため人間形態に姿を戻す。
『ミ・ミカ立って、シロクズシを倒すために力を貸してちょうだい』
シロクズシを倒すためには、ミ・ミカとヨ・タロにも力を貸してもらう必要がありそうだ。
マモちゃんに作戦を伝えるために私は人間形態のままで、シロクズシの生息範囲に接近する。
敵の接近を感知したシロクズシが、ツルのムチで迎撃してくるがミ・ミカは掌底でツルのムチをはね退け、ヨ・タロはアカノツルギで迫りくるつる草を切り捨てる。
マモちゃんの近くまでたどり着いたところで、私は腹の底から声を出してマモちゃんに呼びかけた。
「マモちゃんッ!! 足元を掘って! 土の中の根っこを掘り出してッ! 地下の根っこを殺さない限り新しいつる草がすぐに生えて来るって」
私の言っていることを理解してくれたらしく、マモちゃんは大きな口をシャベル代わりにして足元の土を掘り始める。
シャベルのような土を掘り返す道具が無い以上、巨大なシロクズシの地下茎を掘り出すにはマモちゃんのサイズとパワーが必要だ。
マモちゃんが根っこを掘り出す間、私達がやるべきことはマモちゃんを守ること。
私は再びオオカミの姿になり、ミ・ミカとヨ・タロの三人でマモちゃんを取り囲むように陣形を作る。
火魔法≪カエンホウシャ≫
獣魔法≪ケモノノチカラ≫
火魔法≪アカノツルギ≫
私達は足を止め、攻撃してくるつるのムチを迎撃することに専念する。
数分後、足元の土を数十センチ掘り返して、マモちゃんはシロクズシの巨大な地下根を探し当てた。
数十メートルに及ぶつる草にエネルギーと魔力を供給しているだけに、地下根のサイズもまた巨大だ。
少なく見積もっても全長は10メートル、マモちゃんよりも大きな地下根が私達の足元に埋まっていた。
“ヨ・タロ、焼き殺してッ!!”
“応ッ!”
火魔法≪アカノツルギ≫
ヨ・タロは咥えている剣を地下根の露出部に突き立てた。
柔らかい内部が超高熱にさらされ、ジュウウウウウウという水分の蒸発する音と主に芋を火にかけたときのような香ばしい匂いが漂ってくる。
5分以上焼き続けただろうか。
足元の地下根を焼き殺すと、根からエネルギーと魔力を供給されていたつる草の一群が、糸が切れた人形のようにクタリとその場に崩れ落ちた。
“やったか?”
“この根っこから伸びてたつる草だけね”
殺したのは根から直径10メートルくらいの狭い範囲のつる草だけ。
数百の国を滅ぼした最悪のマモノの名は伊達ではない。
周囲を見渡してみれば、ウネウネと怪しい動きを繰り返すシロクズシのつる草が視界の全てを埋め尽くしている。
“これは、キツイわね”
地下根を一つ潰すだけでも4人がかりで命がけの戦いをしなければならなかった。
いま焼いた地下根と同じものが、いくつ存在するのか考えただけでその場に膝をつきたくなる。
「ギャオおおおッ!!!!!!」
絶望に飲まれそうになる私達を鼓舞するために、マモちゃんが森全体に響き渡るような大きな大きな雄叫びをあげる。
マモちゃんは諦めていない。
その証拠に、彼は率先してつる草の密集地に突撃していく。
今やったのと同じように、再び地面を掘り返し次の地下根を掘り出して始末するつもりだ。
“くそッ! こうなったら自棄だ。体力の続く限りシロクズシを攻撃し続けよう”
『ウルクを守るためだもの、私達が頑張らないとダメだよね』
ヨ・タロとミ・ミカも、マモちゃんに続いてつる草の群生地に突撃していく。
私達は、戦う意思を固めてシロクズシの駆除作業を進めていった。
けっして楽な戦いではなかった。
相手はタダのクズではなく、クズが魔力器官を得て超強化されたマモノ、シロクズシだ。
この最悪のマモノは、根から伸びた無限に近い数のつる草の一本一本が独立して動き、強力なムチとなって外敵を攻撃する。
その攻撃をしのぎながら根のある場所まで辿りつき、周辺の土を掘り出して地下根を探し出し焼き殺す。
悔しいが、マモちゃんの頑張りが無ければ私達は早々に力尽きて逃げ出すことになっていただろう。
突撃するときには自分の身体を盾にして私達を守り、周辺のつる草を刈り取って攻撃の密度が落ちたら大きな口をシャベル代わりにして地下根の周りの土を掘り返す。
マモちゃんがグレンゴンのサイズとパワーを生かし、身体を張ってくれたから私達は戦い続けることができた。
夜の闇が反転し、空が白く輝き始めるまで私達は戦い続けた。
その間に、駆除した地下根の数は12個。
その数が多いのか少ないのかはわからないが、私の視界には端から端までシロクズシで埋め尽くされた悪夢のような光景が広がっている。
“クソッ!! これだけやっても全く減ってない”
“少しは減ったわよ。でも元の数が多すぎる。悔しいけど私達だけでこいつを倒すのは無理ね”
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
それは突然のことだった。
空から降り注ぐ光を浴びたシロクズシのつる草が今までにない動きを見せ、戦闘よって発生するものとは違う別の轟音が鳴り響く。
土魔法≪ドロバクダン≫
つる草の密集地から黒くて巨大な塊が飛んでくる。
『なにあれ、もしかして泥?』
飛んでくる泥の塊から私達を守るためマモちゃんが前に出る。
「ギャッ!」
飛んできたドロバクダンの威力は私達の想像をはるかに超えるものだった。
ドロバクダンはマモちゃんに着弾すると同時にまるで爆弾のように弾け飛ぶ。
その衝撃に受け止めきれず、マモちゃんの巨体がその場で転倒した。
“チョッ! なんなのこれ!?”
グレンゴンに変身したマモちゃんの体重は2.5トン。
そんな巨体の持ち主を転倒させるほどの飛び道具があるなんて完全に計算外だ。
おまけに飛び道具は一発ではない。
マモちゃんを転倒させたドロバクダンが次々と放物線を描いて私達のところに向かってくる。
“マモちゃん立って、早く逃げないとヤバイッ!!”
コクエンの姿では、マモちゃんに届く声を発することが出来ないが私は叫ばずにはいられなかった。
しかし、マモちゃんが立ち上がるよりも早くドロバクダンの雨が私達の上に降り注ぐ……。
ボコンッ! ボコンッ! ボコンッ! ボコンッ!
私達は辛くも、ドロバクダンの爆発に飲み込まれてしまうことを免れた。
意外な存在――枯れ木のマモノがその身を盾にしてシロクズシの放ったドロバクダンから私達を守ってくれた。
泥の塊が木の幹に直撃し、そのたびに激しい爆発音が巻き起こるが。
枯れ木のマモノはガンとしてその場を動こうとしない。
マモノが人を守る、こんなのおとぎ話でも聞いたことがない。
意外な展開の連続に私の頭はフリーズし、その場で動けなくなってしまった。
「ぎゃおおおッ!」
呆然と立ち尽くしてた私は、立ち上がったマモちゃんに問答無用で蹴り飛ばされた。
私を蹴飛ばしたマモちゃんは「ぎゃおッ!」「ぎゃお!」と、けたたましい叫び声をあげながら私の方に近づいてくる。
言葉は通じていないが言っていることはわかる。
マモちゃんは「何も考えずに走って逃げろ」と言っている。
彼の言う通りだ。
ほかの事を気にする余裕はない。
いま一番大事なのは、全員でこの場から逃げることだ。
私は森に駆け込むと、木の影に隠れていたアイリスの前で人間の姿に変身する。
「全力で逃げる。抱えて走るから落ちないように捕まってて」
私はそれだけ言うと、アイリスを抱えて枯れ木のマモノの足跡の上を全力疾走で駆け抜ける。
「恵子、安心してください。他の三人も恵子のことを追いかけています」
「そう、それはよかった」
私達は、体力の続く限り走り続けなんとか安全なところまで逃げ延びることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます