第44話 ニビルの歴史で過去数百の国を滅ぼしたといわれる最悪のマモノ

――ミ・ミカ


 アイリスさんから借りた魔導具の光で足元を確認しながら私は走る。

 装着者の魔力を使わずに光を出す魔導具の仕組みがちょっぴり気になるが、今はそんなことを聞いている場合ではない。

 人里から遠く離れた夜の森。

 普段なら、虫の声と、夜行性の動物の鳴き声がときどき聞こえてくるだけの静かな場所で、美鼓膜をビリビリと振るわせる轟音が鳴り続けている。

 バリッ!

 ビシッ!ビシッ!

 バキッ!!

 その轟音はとてもとても剣呑だ。

 硬いモノがぶつかる音、そして何かが壊れる音。

 私はこの音がどんなものか知っている。

 まず間違いない、この暗闇の先にあるのは――。


「ワンワンワンッ!!」


 大きな木と木の間に立っていたコ・タロさんは、私達の姿を見てするどい声で吠え立てる。

 私にはウルディン語はわからないが、今は言っていることが判る。

 『止まれ、この先に進むんじゃない』と彼は言っているのだ。

 ヨ・タロさんに制止された私達は、彼と同じ場所で足を止めて大きな木の幹の影から先の様子をうかがう。


『マモノが戦ってる』


 私達の視線の先で巨大なマモノ同士が激しい戦いを繰り広げていた。

 一方のマモノは、おそらく私達が追っていた歩く木だった。

 その正体は、光合成するための葉と、子孫を残すための花を全て失ってしまった枯れた巨木だ。

 体高も幹の太さも私達が先日戦ったグレンゴンより一回り大きく、足の代わりになっている根っこを使って移動するたび超重量によって足元の土が掘り返される。

 枯れ木のマモノは、その巨体で敵の身体をふみつけ、唯一その身に残された太い枝に黒いオーラをまとわせて敵の身体を切り刻む。

 その度に、バシッ!バシッ!とするどい轟音が鳴り響く。

 枯れ木のマモノが戦っているのは、大きいとか巨大とかそんな形容すらバカバカしくなるようなバケモノだった。

 例えて言うならそれは緑の絨毯だった。

 視界一面におびただしい数のつる草がまるで絨毯のように広がっていた。

 数十メートルあるつる草は、その一本一本が私の腕よりも太く、それが鞭のようにしなって枯れ木のマモノ身体を撃ち据える。

 枯れ木のマモノは黒いオーラで、つる草を切り裂き無力させるが、つる草は無限に近い数存在していて次々と代わりを繰り出し枯れ木のマモノを打撃し続ける。

 私は枯れ木のマモノが何者なのか知らない。

 おそらくオモイイシに尋ねたら新種のマモノとして新たに登録される事になるだろう。

 だが、もう一方の方は心当たりがある。

 実際に見たのは初めてだ、だがコイツはグレンゴンよりもノウウジよりも恐ろしいマモノとしておとぎ話に語られる最悪のマモノの一つ。


「№39592。目の前にあるつる草のマモノが何者か教えてちょうだい」


 人間の姿に戻った恵子が、オモイイシにつる草のマモノが何者なのか質問する。


「前方にいるつる草のマモノに関する情報をお伝えします。名称:シロクズシ。生体:マモノ。原種:クズ。属性:草・土。レベル70。推定体長100ヘクタール、推定体重120万トン。魔力器官を得て繁殖力及び体長を強化したクズの変異種。単独で生存に必要な窒素化合物を合成することが可能なため、砂漠であっても生息地を広げるほどの生命力を持つ」


『ははは、やっぱりか。ミ・ミカ、こいつシロクズシだって。聞いたことあるでしょ、ニビルの歴史で過去数百の国を滅ぼしたといわれる最悪のマモノ』

『あ、あ、あ……』


 目の前におとぎ話で語られる最悪のマモノが存在する。

 私は、絶望のあまりその場でペタンと膝をついた。



――アイリス・オスカー


 マモノと化したクズ。

 それは、あまりに予想外の存在だった。

 ニビルに来てまだ一週間しか経っていないが、この世界は私の知的好奇心を大いに満たし、同時に胸を焼くような刺激をくれる素敵な世界だ。

 しかし、同時にマモノの恐ろしさも私の心に刻まれている。

 グレンゴンと対峙したときだって、運が悪ければ私は炎に焼かれ身元の分からない真っ黒な焼死体になっていただろう。

 だけど、目の前のバケモノはグレンゴンと比べても桁違いに凶悪なマモノであることは、魔法の使えない私でも理解できる。


『グリーンモンスター』


 私の母国、アメリカでは日本原産のクズはそう呼ばれている。

 クズは他の植物すべてを、葉で覆い隠し、幹を締め付け、枝を破壊することで根こそぎにしてしまう。

 生物多様性にあふれた森林で他の植物を全て殺しつくし、クズだけが生息するクズの荒野を作り出してしまうのだ。

 人の無知によってクズを導入してしまったアメリカ南部はクズの生息地が300万ヘクタールまで広がってしまい、今では除草のために毎年数百万ドルもの国家予算を使う羽目になっている。

 魔力を持たない原種でさえこれほどの破壊力を持っているクズがもし魔力器官を得たら。

 その結果がこれだ。

 無限とも思える数のつる草の一本一本が身を守るために独立して動き、つるのムチの威力は私のような一般人であれば一撃で血だまりに変えてしまう程の強大な破壊力を有している。

 ここまで大きくなったクズのマモノはもはや人の手で駆除しきれる存在ではない。

 きっとこのマモノ、年を重ねるごとに生息範囲を広げ、最終的にはこの北の森もウルクも全てクズの荒野と化してしまうだろう。

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