第43話 クサリクが夜にメクラになることは俺も知っている。
――天原衛
謎のマモノの痕跡は森の奥へ奥へと続いていた。
ウルク周辺の地形について正確な地図は存在しないらしいが、北側に広がる森は北海道が丸ごと入ってしまうくらいの広さがあって一週間くらい歩き続けても森が途切れてしまうことが無いらしい。
しばらく歩き続けて、俺達は大きな問題に直面した。
日が暮れてきたのだ。
ニビルの空には太陽も月もなく、夕焼けも朝焼けも存在しないが空から降り注ぐ光が徐々に弱くなってくることで人々は夜が来ることを知ることになる。
「ここまでだな。目標が間近なんで歯がゆいが、夜に森の中を移動するのは危険すぎる」
空から降り注ぐ光が完全になくなり夜の帳が降りてきたタイミングで、俺はドカンとその場に座り込んだ。
「未知との遭遇まであと一歩というところなのに残念です」
『でも、無理に進んで怪我するのはバカらしいし、ここは我慢するしかないですね』
クサリク組が夜の訪れと共に座り込むのを見て、ヨ・タロが不満そうに「わんッ!」とするどい調子で吠え立てる。
『ヨ・タロさんは、ここで夜営することに不満なんですか?』
『まあ、不満かな。目標が近いならこのまま追跡を続行したい』
『でも、私達はヨ・タロさんと違って夜はメクラになってしまいます。申しわけないですが、夜の森を一緒に歩くことは出来ません』
『クサリクが夜にメクラになることは俺も知っている。代わりに俺一人で、目標を追跡してもいい』
『一人で行動するのは危険ですよ』
『俺は別に早く帰りたいから夜に追跡すると言ってるわけじゃない。今回の仕事はマモノの生態調査だから夜に接触する方がむしろ安全なんだ』
アイリスはヨ・タロと筆談した情報を全員に教えてくれる。
確かに、ヨ・タロの言い分にも一理あると思った。
今回の仕事はマモノの討伐ではなく、あくまで危険性と生態を調査して正体を確かめるのが目的だ。
極端な話、マモノと戦闘しなくても物陰からどのような行動をしているか観察して大まかな生態を知ることが出来れば仕事は成立する。
そして物陰から観察するなら、昼より夜の方が相手に自分の存在を気づかれる可能性は圧倒的に低い。
ヨ・タロは別に無謀なわがままを言っているわけではなく、あくまで安全に仕事をするためにターゲットと夜に接触すべきだと主張しているのだ。
「どうしようかな? ヨ・タロが偵察に出るなら恵子と二人で行ってもらって、俺達はここで待機か」
「まあ、合理的に考えたら私達二人で夜間偵察をした方がいいかもね。マモちゃん達は謎のマモノを見られなくて残念でしたって感じになっちゃうけど」
「ハッキリ言うなよ。実際、その通りなんだけどさあ」
認めたくはないが、仕事を安全に完了させるにはクサリク組は足手まといだという事実と突き付けられる結果になってしまった。
ちなみに俺がグレンゴンに変身するのは論外だ。
原種であるゴルゴサウルスは昼行性なので夜目が効かないし、なによりあの巨体ではターゲットに見つけてくれと言っているようなものなので、隠密行動を取ろうとしている二人をむしろ危険にさらしてしまう。
「正直、悔しいな」
夜間偵察を認めたら、まる三日険しい森をエッチラオッチラ歩いて探し求めた歩く木を見ることも叶わず、仕事の一番大事なところを恵子とヨ・タロに丸投げすることになってしまう。
全員の安全を考えたら、二人に夜間偵察してもらうのが最善手だとしても、こんな悔しい話は無い。
「仕方ないか……」
恵子とヨ・タロの二人に夜間偵察に出てもらう案をミ・ミカに説明しようとした矢先。
ドガーンッ!!!!!
バキッ!
ドガッ!
ビシッ!ビシッ!
森を覆う静寂を引き裂くように、何かがぶつかり合う激しい轟音が鳴り響いた。
『なんなんですか? これッ!?』
『私だって知らないわよ』
「わんわんッ!!」
真っ先に動いたのはヨ・タロだった。
彼はワンワンと吠えながら轟音のする方向に走り始める。
「あっ、ヨ・タロさん行っちゃった~」
「あの野郎、土壇場になって好き勝手動くんじゃねえよ。アイリス、ヘッドライト出せッ! マモノに見つかるとかもうどうでもいい、全員でヨ・タロを追うぞ」
「ラジャー」
アイリスはザックの中に入れていたヘッドライトを取り出して俺に放り投げてくる。
それから彼女はミ・ミカの元へ行き問答無用で、彼女にもヘッドライトを装着させた。
『なんですかこれ?』
「ヘッドライト、これがあれば明かりを見ながら両手が使えます」
アイリスがミ・ミカに装着したヘッドライトを点灯させると、ライトの光に照らされて周囲の木々が浮かび上がる。
『頭の機械から光が!? これ何かの魔導具ですか?』
ミ・ミカは見たことのない電灯の光を見て明らかに動揺していたが今は電灯について説明している暇はない。
「すぐにヨ・タロを追うぞ、急げッ!」
俺がヨ・タロの走り去った方向を指差すと、ミ・ミカの表情から迷いが消え真剣な表情を浮かべる。
「わんッ!」
いつの間にかコクエンに変身していた恵子に先導されて、俺達はバタバタとした足取りでヨ・タロを追う。
本来なら夜行性の動物の襲撃に警戒して足音を立てないように行動すべきなのだが、そんなことを心配する必要はなかった。
なぜなら、俺達が立てる足音をかき消してしまうような轟音が森の奥から鳴り続けているからだ。
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