第42話 相手が植物なら匂いでターゲットを探すのはキビシイな

――天原恵子


 予想外に美味しい夕食を食べて体力も気力も万全となった私達は、北の森の奥へ奥へと進んでいった。

 ゲートのある場所も通り過ぎ、ウルクから歩いて二日以上かかる場所までたどり着くと北の森は別の顔を見せ始める。

 放牧地から歩いて一日で帰れる範囲は、ウルディン達が頻繁に山菜やタキギ取のために出入りする、いわゆる里山と呼ばれる領域に属する。

 野生動物も、ウルディン達に近づけば殺されることを知っているので、里山には警戒心が薄い個体がときどき入り込んでくるだけで野生動物に出会う確率はそれほど高くない。

 しかし、そこからさらに奥。

 マモノハンター以外はまず来ることのない森の奥深くに行くと、森は人の手の全く入っていない原生林になる。

 マモノの行方を匂いで捜すためにオオカミに変身していた私は、ある一定のラインを超えたところで獣の匂いがグッと濃くなるのを感じた。

 里山に比べて野生動物の数が多いエリアにたどり着いたのだ。


“マモノの目撃地の近場に来たけど、これからどうする”

“そういわれても、どうしたらいいかしら”


 ヨ・タロに問われたものの私もいい考えは思い浮かばない。

 オオカミに変身してするどい嗅覚で不審な匂いがないか探ってみたが、嗅覚をくすぐるのは木と土と、森の中で暮らす獣の匂いだけだ。

 草属性のマモノを探すセオリーは、相手が動かないことに期待して生息していそうな場所を虱潰しに探していくことなのだが、今回の目撃証言ではターゲットは草属性でありながら歩行し、キュウケツの魔法で竜を捕食していたという話だ。


“目撃されたマモノは獣に極めて近い生態をしていると思うんだけど、あくまで植物だというのが厄介だよね”

“相手が植物なら匂いでターゲットを探すのはキビシイな”

“匂いがその辺に生えてる木と同じだもんね。それに動物を捕食すると言ってもキュウケツでエネルギーだけ吸うからウンチとかしないと思うし”

“相手が獣ならマーキングしたところにションベンでもかけてやれば、ナワバリを侵されたことに怒って向こうから襲ってきてくれるんだけどな”

“ウルディンってそんなことするんだ……”


 もっとも、ナワバリを主張するためにマーキング痕からマモノの所在を特定する方法は、私達もグレンゴンを探すときにやった。

 問題は、今回のターゲットはマーキングなんてしないし、ナワバリという考えを持っているかも怪しい存在だということだ。

 ヨ・タロと相談していてもいい考えは思い浮かばないと判断した私は人間の姿に戻って、現状の課題をマモちゃん達にも伝えることにする。


「な~んか、よくよく話を聞くと見つけるだけでも相当にメンドクサイ相手みたいだな」

「存在の痕跡ですか……排泄物を出さないというのが厄介ですね」

『植物なのに獣のように動物を捕食する。けど排出物を出さない』


 三人とも、今回探してるマモノが既存の動植物と行動原理が違い過ぎてすぐにいい考えが思い浮かばないようだった。


「なんとなく、この問題のアンサーはターゲットと普通の獣との違いにあるような気がします。そうですね……例えば捕食方法。キュウケツで獣からエネルギーを吸い取った場合、吸われた側の動物はどうなるのですか?」

「そうねえ、エネルギーを直接吸われるわけだから、吸われた側の動物はエネルギー不足で代謝を維持出来なくなって餓死するかも」


 エネルギーが無くなれば生物は代謝が維持できなくなって餓死する。

 つい一週間ほど前に、魔導具を使い過ぎればエネルギーが無くなって餓死する可能性があるとアイリスに説明を受けたばかりだ。


「それだッ! マモノに捕食された動物の死体のある場所は、ごく最近ターゲットが存在した場所とイコールだから周辺に足跡とかが残っているかもしれない」


 マモちゃんの言葉を聞いて私は目の前に広がっていた暗闇にパッと光が差し込んだような気がした。

 ミ・ミカとヨ・タロに、マモちゃんの意見を伝えると、ミ・ミカは驚きと共に笑顔を浮かべ、ヨ・タロは嬉しそうに「わんッ!」と称賛の声をあげた。


 私は再びオオカミに変身して、ヨ・タロと共に匂いでマモノに捕食された獣の死体を探す。

 先ほどまでの森の中で周囲の木と少しだけ匂いの違う木という、存在するかどうかも怪しい目標ではなく。

 獣の死体という確実に存在する目標を探すので、匂いで探し出せる可能性はグンと高くなる。


“探すとしたら、今回タレコミをしてきた人達の目の前で捕食された竜がいいかしら”

“それが一番見つけやすそうだな。ちなみに、目撃者が追っていた竜はクレイゴンらしい”

“クレイゴンか、けっこう大物を追っていたのね”


 ニビルでクレイゴンと呼ばれる竜は、地球ではギガントラプトルという学名が付けられている。

 口がクチバシ状になったダチョウ恐竜の一種なのだが、体長は8メートル、体重は2トンとその体格はゴルゴサウルスに匹敵する大型恐竜だ。

 それを捕まえて捕食したとなると、私達が探している歩く木のサイズも同じくらいの大きさがあると考えて良さそうだ。

 私とヨ・タロは鼻をひくひく鳴らして、獣の匂い、正確には獣の腐った匂いを探す。

 もっとも、この北の森は野生動物が大量に生息する弱肉強食の世界。

 肉食動物に捕食された、動物の死体は探せばいくらでも発見できる。

 デイノニクスのシックルクロウで先進傷だらけにされて死んだ動物。

 スミロドンの牙で首の頸動脈を食い破られて死んだ動物。

 変わり種だと、何か固いもので頭を殴られて頭蓋骨が陥没している動物の死体もあった。


“これはクレイゴンにやられたな。あいつら、ご自慢の嘴で獲物の頭蓋骨を叩き割るんだ”

“そうかクレイゴンって、雑食性だったわね”


 ギガントラプトルは見た目に似合わず割と凶暴な竜だ。

 クマと同じで木の実で腹を満たせれば動かないが、腹が減れば他の動物を襲うこともある。

 一応、死体が見つかるたびに周囲を探索して歩く木の足跡を探してみたが、今のところ捕食した動物の足跡がそのまま見つかるだけで私達が探している歩く木の足跡は見つからない。


“クレイゴンが捕食された具体的な場所がわかれば助かるのになあ”

“なにしろ目印の無い森の中での目撃証言だからな、動物の死体を探すという行動指針があるだけまだマシだと思うことだ”

“無理矢理押し付けられたっていうのに、ヨ・タロは真面目ねえ”


 このクールな物言い、とてもマスター・ヨ・コタの息子とは思えない。

 ヨ・タロは、何度空振りしようとも次があると考えて泣き言をいわずに新たな動物の死体を探し始める。

 その後、数回空振りで別の動物が仕留めた動物の死体を見つけることになったが、空の明かりが衰え、夜が近づき始めたころ。


“見つけたッ!!”

“間違いない、これはこの死体はクレイゴンだ”


 私達は、タレコミをした目撃者が追っていたというギガントラプトルの死体にたどり着いた。

 死体は、おなかの部分や首筋が他の動物に捕食され傷だらけになっていたが脊椎が反り返り、頭と尻尾が上方向を向くデスポーズの状態を維持している。


“頭部と、背中、足の腱に外傷無し、間違いないこいつは死んだあとに食いやすい部分を別の動物に捕食されただけで致命傷に繋がる傷は負ってない”


 ヨ・タロは死体を観察し、ギガントラプトルが他の動物に襲われて殺された可能性が無いか慎重に見極めてくれる。

 私は人間戻ってそのことをマモちゃん達に告げると、マモちゃんはひとこと。


「うん、多分そうだと思った」


 と呟きながら、マモちゃんはギガントラプトルの頭のある方向を指差した。


「えっ、ええッ!!」


 オオカミに変身していたときは死体の匂いを探すのに集中していたので気づかなかったが、マモちゃんが指差した先にはマモノ足跡らしきものが地面に明確に刻まれていた。

 巨大な樹木が幹と根っこを地面にこすりつけながら移動したせいだろう。

マモノが通った後はトラクターで耕したかのように地面が数センチにわたって掘り返され黒い土がむき出しの状態になっていた。


「この掘り返された地面を辿っていけば、ミステリーだらけのマモノに出会えるんでしょうね」


 この道の先に未知のマモノがいる。

 確信めいた予感を胸に抱いて私はゴクリと唾を飲み込んだ。

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