第40話 なんでマモちゃんと、アイリスさんまで付いてくるのよ

――天原衛


 翌日。


「なんでマモちゃんと、アイリスさんまで付いてくるのよ」


 北の森の調査に同行したいと申し出た俺とアイリスの顔を見て、恵子はプウと頬を膨らませた。


「なんでって言われても森に探索に行くなら人数は多い方がいいだろ」

「それに、私達はニビル調査隊です。ニビルに居るマモノについて可能な限り確認してデータベースを作る必要があります」

「正体不明のマモノの調査ってけっこう危険な仕事なのよ。相手が何して来るか判らないから、思いがけないところから奇襲を受ける可能性だってあるんだし」

「なおさら人数は多い方がいいだろ。怪我をしたら応急処置をアイリスに任せることが出来るし、俺はグレンゴンの生肉をわけてもらったから、10回くらいは余裕で変身できる」


 グレンゴンの生肉を分けてもらったことで、俺の戦力は大幅に向上した。

 クマに変身できるのは一回限定なので本当に非常時にしか変身出来なかったが、グレンゴンの生肉を使えば戦いに積極的に参加できるし、場合によってはグレンゴンの嗅覚を索敵に利用することも可能になる。


『私はいいと思いますよ。衛さんもアイリスさんも有能なのはウルクに来るまでの道中で散々見せてもらいましたから。』


 ミ・ミカが俺達の同行を問題無いと言ったのを聞いて、恵子はシブシブ諦めてくれた。


「ワンッ!」


 俺と恵子が、調査への参加の是非で揉めていると、もう一人の同行者が短く鋭い咆哮を発した。

 声をあげたのは赤茶色の毛皮に身を包んだ秋田犬を思わせるフォルムのウルディンで、マモノハンターであることの証のように右肩に取口の着いた50センチくらいの長さの片刃剣を装備している。

 名はヨ・タロ。

 名前から判るとおりマスター・ヨ・コタの実子だ。

 人気のない仕事だと言っていたので、マスター・ヨ・コタは自分の息子を説得して調査に参加させることにしたらしい。


「もう一人の同行者はヨ・タロか、なんというか、まとまりのないパーティーになったわねえ」


 恵子が、今回の調査のために集まったメンバーを見てため息を吐く。

 何しろウルク語が話せない地球人2人に、クサリクが1人、ウルディンが1人だ。

 全員と会話が出来るのは恵子だけなので、ため息の一つもつきたくなるだろう。


「そんなに落ち込まないでください。私も多少はウルク文字を覚えたんで、恵子の負担を減らせるようにしますよ」

「ウルク文字覚えたって、アイリス、ウルクに来てまだ二日でしょ」

「2日あれば日常会話レベルの単語は暗記出来ますよ」


 そういうと、アイリスは携帯用黒板にサラサラとウルク文字を書いてヨ・タロに差し出す。


「マジだ……アイリスさん、ウルク文字でヨ・タロに挨拶してる」

「なんて書いてるんだ?」

「『私はアイリス・オスカーです。戦う力はありませんが医師なので、皆さんが怪我をしたときにはお役に立てると思います』って書いてる」

「なんか普通の挨拶だな」

「アイリスさん、ウルクに来てまだ二日よ。それであれだけ筆談できるってヤバいでしょ」


 医師、アイリス・オスカーの頭の良さに度肝を抜かれつつ。

 俺達デコボコ調査隊は、北の森の探索を開始することになった。



 今回の探索場所はゲートからウルクに着くまで散々歩き回った北の森林地帯。

 ただし、アマゾンやアフリカの森林地帯のように広い平野部に木が生い茂っているわけではなく、地形は日本の山岳地帯のように小高い丘が連続して連なっていて、俺達はデコボコした道を登ったり降りたりしながら前へ前へと進んでいく。

 ヨ・タロと一緒に歩いていて思ったことは、この北の森はウルディン達のためにある森だという事だ。

 四足歩行のヨ・タロは、人間なら少なからず消耗を強いられる丘陵地帯のアップダウンをまるで平野を歩くのと同じような軽やかな足取りで進んでいく。

 とはいえ、ヨ・タロのペースに合わせて歩き続けるのは俺でもきついので定期的に休憩を入れる必要が出てくる。

 休憩に入ると、アイリスは黒板を持って積極的にヨ・タロと筆談をしに行った。


『すいません。また休憩することになって、この森を歩くのはクサリクにはけっこうキツイです』

『もうバテたのか。これなら調査隊はウルディンだけで編成した方が良かったな』

『申しわけないです。これでも、山歩きに慣れるように訓練したんですが、山歩きではウルディンにはかなわないですね』

『まあ、仕方ないだろう。俺達は器用さではクサリクにかなわないからな、せいぜい手を使う場面では役に立ってくれよ』


 結論からいうと、アイリスはウルク文字を覚えてくれたのはとても役に立った。

 このパーティー構成だと、恵子は人間の時には俺達とミ・ミカとの通訳を。

 合わせてオオカミに変身してヨ・タロと通訳をする必要があったのだが、アイリスが積極的に筆談でヨ・タロとコミュニケーションを取ることで、恵子の負担が激的に軽減された。

 気が付くと、ヨ・タロは頻繁にアイリスに声をかけ筆談でコミュニケーションを取る関係が出来上がっていた。


「恵子、問題なければ今日はマモノの探索より食料になりそうな動物を探すのを優先しませんか? ヨ・タロさん、マスター・ヨ・コタにこの仕事への協力を無理矢理押し付けられたみたいなので、せめて美味しいものを食べてねぎらってあげたいです」

「アイリスさん、ヨ・タロからそんなことまで聞き出したの!?」

「目標は森の奥地に居るって話だから、今日は食料調達優先でいいんじゃないか。急造パーティーだし、美味いもんでも食って親睦を深めた方がいいだろ」


 アイリスの意見を取り入れて、調査初日は食料になりそうな動物を探すことを優先することにした。


「まっ、ヨ・タロと恵子がいれば、獲物はすぐに見つかるだろ」


 オオカミに変身することで犬並みに鼻が効くようになる恵子と、遺伝子がほぼ秋田犬と同じであるヨ・タロはするどい嗅覚で獲物になる動物を探し出すことが出来る。

 牙門がここに居れば、狩りで弓の腕前を披露できたと思うのだが本当に間の悪いやつだ。

 恵子はオオカミに変身し、さっそく狩りを開始することになった。

 今回の狩りの方法は単純だ。

 鼻の利く二人が、食べられそうな獲物を探し出し仕留める。

 気を付ける点があるとすれば……。


「恵子、獲物を見つけたらそいつを水辺に追い込んでくれ。血抜きした方が獲物の解体がしやすくなる」


 俺のアドバイスを聞いて恵子は「わんッ!」とするどい声で返答する。

 鼻を鳴らしながら歩く二人を追いかけて30分あまり。

 恵子とヨ・タロの二人は「ワンッ! ワンッ!」と小気味よく吠えながら走り始める。

 走り始めた、犬とオオカミに人間が追いつくのは不可能なので、俺達は恵子達が残した足跡をたどって先行する二人を追いかける。

 一時間近く小走りで追跡を続けて、俺達はようやく二人に追いつくことが出来た。

 二人は大声で吠え立てて巨大な獣を川辺に追い込んでいるところだった。


「なんだ、あれ? カピパラか」


 二人が水辺に追い込んでいる獣は一見すると、南米に住む世界最大の齧歯類カピパラに見える。

 しかし、恵子達が水辺に追い込んでる動物のサイズは明らかに俺の知ってるカピパラのそれではなかった。

 体長はおよそ2メートル、体格もコクエンになった恵子とほとんど変わらない。


「ディファレント。カピパラではなく、地球では絶滅してしまった大型の齧歯類ですね。南米で化石として発見された史上最大の齧歯類は体重が150キロ以上あったと聞いたことがあります」

「おいおい、体重150キロってヒグマと変わらないじゃないか」


 巨大ネズミは体当たりで現状を打破し森に逃げようとするが、同じ体格の恵子が身体をぶつけて獲物を川の方に押し込んだ。

 巨大ネズミの4本脚が全て水に浸かったところで、ヨ・タロは右肩に装備した剣を抜刀する。


 火魔法≪アカノツルギ≫


 ヨ・タロが抜いた片刃の剣が、火属性の魔法によって灼熱を帯び一瞬にして真っ赤に染まる。

 彼は飛び上がると巨大ネズミの頚椎に赤熱化した刃を突き刺した。

 頚椎一閃ッ!

 生物の致命的な急所の一つである頚椎を一瞬で焼き切られた巨大ネズミは痛みを感じることなく即死し、バタンと川の中に倒れ伏した。


「すッ、すげえッ!!」


 魔導具の性能は関係ない。

 獲物の急所を見切り正確に切り裂くヨ・タロの達人的な剣技を目の当たりにして、俺は興奮のあまり背筋がゾクゾクして来る。


「ヨ・タロ。ベリーストロングね。マスター・ヨ・コタが推薦するだけのことはありますね」

「本当に強い。多分、俺が戦ったら一瞬で殺される」


 俺も自衛隊でナイフの扱いを受けたから判る。

 ヨ・タロの剣技はウルディンの能力を十二分に生かし、人間の反射神経を超える速度で繰り出される神速の業だ。

 おそらく向かい合ってヨーイドンで対戦したら地球上にいるどんな剣の達人であろうと気が付いた時には首を切り裂かれているだろう。


「とはいえ、いつまでもボーっとしてるわけにはいかないな。行くぞアイリス、あのデカブツを解体するのは俺一人じゃ無理だからな」

「そうですね、せっかく獲物をしとめてくれたヨ・タロに美味しい晩御飯を食べてもらいましょう」


 俺とアイリスは恵子達が仕留めた獲物を解体するために川辺に降りていくことにした。

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