第39話 私達に頼みたい仕事があったんですか?
――天原恵子
牙門さん用の魔導具を作るのに一週間くらい時間が欲しいというハ・マオさんの話を聞いて、私達は一度ハンター協会に戻ることにした。
ちなみに協会に帰る私達の隊列に牙門さんの姿はない。
ハ・マオさんの計画では、牙門さん用の魔導具はハ・マオさんがコピーして作ったコンパウンドボウにデンコの魔力器官を取り付けるつもりみたいだ。
そのため、コンパウンドボウのコピーを作るための手伝いと、魔導具の扱いに慣れる訓練をするため牙門さんはハ・マオさんの工房に泊まり込むことになった。
あと、牙門さんに魔導具の使い方を教えるためハ・マナ、ハ・ルオ姉妹も、実家で寝泊まりすることになった。
16歳の女の子に教えを乞うことに、牙門さんは複雑な表情をしていたが弓の魔導具の使い方を教えられるのは同じ弓使いのハ・ルオだけなので、彼女達を師匠と呼んで訓練に励んでもらうしかない。
”おや恵子ちゃんどうしたんだい? 出かけた時よりずいぶん人数減ってるじゃないか”
協会に戻ると酒場の掃除をしていたマスター・ヨ・コタが少し落ち着いた調子でワンワンと声をかけてきた。
取口が付いたモップを使ってマスター・ヨ・コタが器用に掃除をしている姿を見て、マモちゃんがギョッとした顔をしていたが、こんなのニビルでは当たり前の光景だ。
ウルディンが使う道具は一様に口で咥えて保持するための取口がついている。
町中のいたる所にウルディン用の取口が付いた道具があって、彼らがそれを使って仕事をすることを誰も不思議だと思わない。
ニビルとはそういう世界なのだ。
私はマスター・ヨ・コタと筆談をするために携帯用黒板を手に取った。
『牙門さんと、ハ・マナ、ハ・ルオはハ・マオさんの工房に置いてきました。新しい武器を作るので一週間くらい泊まり込みです』
『牙門君はともかく、ハ・マナとハ・ルオも一週間帰って来ないの? それは困ったな』
『グレンゴン退治で報酬たっぷりもらったし、私はしばらく街でノンビリしようと思っていました』
ミ・ミカが自分の状況を黒板に書くと、マスター・ヨ・コタはウウウウと困ったようなうなり声を発する。
『私達に頼みたい仕事があったんですか?』
『その通りだ。ミ・ミカちゃん達のチームに頼みたい仕事があった』
『お話を聞かせてください。内容によっては私1人でも行きますよ』
『依頼の内容は、正体不明のマモノの調査じゃ。今日、森に竜を狩りにいったウルディンの若者からタレコミがあってな、北の森の奥の方で歩く木を見かけたらしい』
『歩く木か、原種が全く想像つかないわね』
歩く木。
地球のファンタジー小説では、オークとかツリーフォークみたいに根を張らずに歩き回る木のモンスターが登場することもあるが、ニビルのマモノは原種となる野生の動植物が魔力器官を持つことによって変化した存在だ。
だから、草タイプのマモノも植物の生命活動の根幹となる根を張るものが大半だ。
そもそも、根から養分を吸収して他の動植物を食べなくても生命活動を維持できるのは植物の最大の強みと言ってもいいのでそれを捨てる理由が理解できない。
『その歩く木なんだが目撃者の話によるとウルディン達が追いかけていた竜を捕まえて捕食したらしいんじゃ』
『木が竜を捕食ですかッ!?』
『おそらく草魔法のキュウケツを使ったんじゃろう。若者達は、その光景を見て一目散に逃げ帰ったらしい』
『変に意地を張る子がいなくて良かったわね』
逃げ帰ったのは正しい選択だったと思う。
獲物を横取りされたと思ってマモノと狩ろうとしたら、今度は彼らがその木の魔物に捕食されていたかもしれない。
『そんなわけで、この木のマモノが危険性を調査する仕事をミ・ミカちゃんのチームに頼もうと思っていたんじゃ。正体不明のマモノが相手なので新人に仕事を回すわけにはいかんし、かといって調査だけだと出せる報酬にも限度があってな』
『マモノ退治の仕事じゃないと中堅以上のハンターは嫌がりそうですね』
『その点でいけば、ミ・ミカちゃん達はグレンゴンを倒して懐にも余裕があるから受けてもらえるかなと思ってな』
一通りの話を聞いて、ミ・ミカは目をつぶって数秒思案する。
『いいですよ、その仕事受けます』
意を決した彼女は黒板にそう書きこんだ。
『いいの? マスター・ヨ・コタも言ってるけど、この仕事危険なわりにお金にならないわよ』
マモノハンターの仕事で一番割がいいのは、賞金首になっているマモノの討伐だ。
マモノと殺し合いをするので命がけの仕事になるが、マモノの正体がわかっていれば対策も立てやすい。
逆に正体不明のマモノ調査は、相手がなにをしてくるか判らないので危険性は高いのに、報酬は情報料だけなので貰える金額はマモノを討伐した時よりも安くなる。
『でも、誰かがやらなきゃいけない仕事だし。大丈夫ですッ! ちょっと様子を見て逃げ帰って来るだけだから1人でもやれますよ』
『バカ言わないでよ……』
私はミ・ミカのお人好しぶりに嘆息しつつ黒板に自分の意見を書き込んだ。
『マスター・ヨ・コタ、この調査の仕事私も同行するわ。二人で行けば成功率はグンと上がるでしょ』
ずっとソロでマモノハンターをやっていた私が言うのも変な話だが、森に入る仕事は二人以上でチームを組んだ方がいい。
不測の事態で怪我をすることがあっても、仲間がいれば安全な場所まで運んでもらえる。
『ミ・ミカちゃんを一人で森に行かせるのは心配だから助かるけどいいのかい? 恵子ちゃんがウルクに来たのはは兄さんや友達と遊ぶためでハンターの仕事をしに来たんじゃないんじゃろ』
人の好いマスター・ヨ・コタが心配そうな顔で私を見上げる。
私の記憶が戻って本名やマモちゃんのことを思い出したことを話したとき、マスター・ヨ・コタは泣いて喜んでくれた。
『ミ・ミカは私の友達なんだから、一人で森に行かせるのは私だって心配なのよ』
『そう言ってくれると本当に助かる。人気のない仕事だが人数が大いに越したことは無いな。わしの方でも、他に手伝ってくれる奴がいないか探してみよう』
そんなわけで、私とミ・ミカの二人はウルクに帰って来てからたった1日で再び森に入ることになった。
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