第38話 ニビルって銃無いんだよな
――牙門十字
『すっ、すごいです。あんな粗末な矢で、どうやってあんな正確な射撃が出来るんですか』
『それより矢の威力の方が問題だよ。大型のクロスボウ並みの威力じゃないかッ!! 魔力器官なしで、なんでそんな威力が出せるんだいッ!?』
コンパウンドボウの性能がよほど衝撃的だったのか、ハ・ルオとハ・マオの親子が血相を変えた表情で俺に詰め寄ってくる。
『はいはい、牙門さんはウルク語が話せないからそんな風に詰め寄ってもなにも判らないわよ。私が通訳するから聞きたいことがあるなら私を通して』
興奮した二人を天原妹がなだめてくれる。
『じゃあ、質問です。牙門さん弓は立派なのに、あんな質の悪い矢をつかってるんですか? 武器職人に矢を仕立ててもらえば命中精度も威力も段違いに上がるのに』
「牙門さんは、なんでそんな質の悪い矢を使っているんですか? って聞かれてるわよ」
「天原妹だって知ってるだろ。こいつは矢の補給がない可能性に備えて用意した自作の矢なんだよ」
俺の使ってる矢は木の枝を削って棒状に整え、樹液を接着剤代わりにしてニワトリの羽を矢羽根とくっつけただけの簡素な矢だ。
金属製のヤジリとシッカリした矢羽根を付けた方がグンと威力は上がるんだから、ハ・ルオが奇妙に思うのも無理はない。
『牙門さんは、矢が補給できない可能性を考慮してたのよ。あの矢はその辺にある枝を自分で削って作った矢なの。森にある材料で矢を自作出来れば、補給が無くても戦えるでしょ』
『自作の矢――それは、失礼しました』
俺の使っている質の悪い矢が、考えあってのものだと知ったハ・ルオは素直に自分の非礼を詫びる。
『ハ・ルオも~、牙門さんのそういう姿勢は見習った方がいいんじゃない。貴方、いつも荷物が多すぎて探索中にバテバテになることが多いじゃない』
『でも、せっかくお母様が質のいい矢を作ってくれるんだから、それを使わない手は無いですよ』
「ハ・マオさんが質のいい矢を用意してくれるから、ハ・ルオはそれを使いたいって」
「まっ、確実に矢の補給が見込めるなら、自作の矢を使うメリットはないな」
天原妹に口利きしてもらって、俺にもハ・マオさんが作った矢を売ってもらうことにした。
矢がまともになれば、射撃の精度が上がるのでいい道具を使うに越したことはない。
『私は矢を自分で作ろうって考え好きだよ。矢が無くなったら戦えなくなるのは、弓使いにとって永遠のテーマだからね。じゃあ、次に私からの質問というか頼みなんだが、その弓売ってもらえないかい? 対価はケイコの持ってきた魔力器官を作った魔導具でどうかな?』
「えっと、ハ・マオさんがコンパウンドボウを売ってくれと言ってる。対価として、牙門さん用の魔導具をタダで作ってくれるって……」
天原妹は、気まずそうにハ・マオさんの提案を話す。
提案そのものは悪くない。
市販のコンパウンドボウと、魔導具では武器としての戦闘力が圧倒的に違う。
魔導具を手に入れることが出来れば、俺も衛達と肩を並べて戦うことが出来るようになるだろう。
問題は……。
「ハ・マオさんは武器職人だから、当然コンパウンドボウを自分で使うとかただコレクションするわけじゃないってことだよな」
目的はバラして構造を解析してコピーを作ることだ。
コンパウンドボウは電子部品が入ってるわけじゃないし、構造も単純だからコピーを作るのは割と容易に出来るだろう。
「ニビルって銃無いんだよな」
「ニビル全体だと判らないけど、ウルクには火薬も無いわね。近くに火山とかないから火薬を作るために必要な硫黄が手に入らないの」
銃の無いニビルでは魔導具を除けば最強の武器は弓矢だ。
コンパウンドボウは地球の技術で作られた弓の革新的な改良モデルなので、とんでもないオーバーテクノロジーを彼らに渡してしまうことになるかもしれない。
「みんなどう思う? 正直、俺はこれを彼女に渡していいか判断がつかない」
「オーバーテクノロジーを現地人に渡すとなれば、もはや高度に政治的な判断になってしまいますね。役人としての立場で考えれば政治家の判断仰がずにコンパウンドボウを渡してしまうのはアウトですが……」
アイリスと俺がオーバーテクノロジーをウルク人に渡すことに対して、悩んでいるのを衛は鼻で笑って一喝する。
「地球の技術をニビルの人間に渡したくないなんでケチな考えはヤメロよ。牙門が魔導具欲しいなら売る、必要ないなら売らない、それでいいだろ」
「でも、コンパウンドボウを売ることによってこの世界のあり方が大きく変わる可能性が……」
「変わらない。変わるとすれば、この世界の弓の性能が上がって軍事力が大幅に強化されるだけだ。それともアメリカ様は、アメリカ大陸を征服してインディアンを虐殺したみたいに、この世界を征服しようと思ってるのか」
「そんなことはありません。少なくとも、そんな暴挙、私が絶対に阻止します」
アイリスの力強い宣言を聞いて衛はニヤリと攻撃的な笑みを浮かべる。
「どうする牙門。アメリカの全権大使殿はコンパウンドボウ売っても問題無いってさ」
「いや、私そこまでハッキリとは……」
アイリスは勝手にアメリカの全権大使にされてしどろもどろになっていたが、衛の言いたいことはわかった。
例えオーバーテクノロジーを渡してウルクの軍事力が大幅に強化されたとしても、それで困るのはこの地を征服しようと考えているバカな地球人だけだ。
「わかった。この弓を売ろう、発明と知識はより多くの人に知ってもらう方が望ましいからな」
俺はハ・マオさんに自分の持っていたコンパウンドボウを手渡して売却する意思がある事を示した。
『牙門さんが、自分の弓をハ・マオさんに売ってくれるって』
『ありがとよ。なら、私はお前さんに最高の魔導具を作ってやらんとな』
コンパウンドボウを手にしてハ・マオさんは、まるで新しいおもちゃを買ってもらった少年のような屈託のない笑みを浮かべていた。
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