第37話 牙門さん、その弓、魔導具に改造してみない

――牙門十字


 タイヤ工房の見学で、ウルクにおいて魔導具は、工作機械を作るために利用されているケースが圧倒的に多いことを俺達は知ることになった。

 ウルクの工業は規模こそ小さいモノの、地球と比べて遜色のない、一部では地球を凌駕する部分もある高い技術力をもっていることも知ることができた。

 異世界の国と聞いて、中世の暗黒時代によくある神の教えを盲目的に信じ思考停止した人間ばかりの重苦しい集落を想像していた俺の予想はいい意味で裏切られることになった。

 元自衛隊の俺が言うのも変な話だが、国のリソースを軍事産業に傾けるのは、臆病な独裁者が不毛なオモチャ作りに熱中しているだけなので、ウルク人は正しい選択をしていると思う。

 そうはいっても、俺達はマモノ退治を任務とする異世界生物対策課の職員だし、ミ・ミカ達はマモノハンターだ。

 自ら戦うことを選んだ以上、たとえ日陰者と罵られようとも民間人を守るために牙を研ぎ、命を懸けて戦う義務がある。

 そんな俺達が戦うために命を預けるのが武器だ。


『すいません。私達の予定に付き合ってもらって』

『こ~こで、解散してもいいのよ~。貴方達が、竜車を作ったら私達も使わせてもらう機会があると思うし』

『いいのネルガル・ミカ達に私達の用事に付き合って寄り道してもらったんだから。おあいこ、おあいこ』


 ミ・ミカ達に俺達の工場見学に付き合ってもらった手前、今度は俺達がミ・ミカ達の目的地である武器職人のところに同行することになった。

 マジンである、衛や天原妹には武器に加工された魔導具は無用の長物だが、俺は元自衛官なのでこの世界の武器がどのように作られるのか少なからず興味がある。


「しかし、1回狩りに行くたびに。魔導具を職人のところに持って行ってメンテナンスするなんてミ・ミカ達もマメだな」

「魔導具は、マジンの能力と違って壊れることがあるからね。戦闘中に魔導具が壊れたらイコール死ぬなんだからマメにもなるわよ」

「日常的なメンテナンスは自分でやるとしても、壊れてるところがあったら替えのパーツが必要だからな。俺だって弓が壊れたらメーカーにパーツを発注する必要がある」


 普通の弓なら弦を張り直すだけで修理完了となるケースも多いが、俺の弓は複数のリムを組み合わせたコンパウンドボウなのでリム部分が破損して弓が使えなくなるリスクが存在する。


「あっ、そうそう。ウルクに行くことがあったら提案しようと思っていたんだけど。牙門さん、その弓、魔導具に改造してみない」


 そう言って天原妹はカバンから見慣れた黒い球体。

 マモノの魔力器官を取り出した。



『う~ん……コクエン。久しぶりに顔見せたと思ったら、スゴイものを持ってきたわね』

『親方~。先ほども説明しましたが、私の本名は天原恵子です。せっかく記憶が戻ったんだから恵子って呼んでくださいよ』

『ああ、自分の本名と家族の居場所を思い出したんだったね。ハ・マナとハ・ルオの友達が故郷で楽しく暮らしてるって聞いて私も安心したよ』


 武器職人の工房で店番をしていたのは、中年の女性だった。

 てっきり親方の奥さんか販売員だと思っていたのだが、素性を聞くと彼女自身が職人でこの工房の親方らしい。

 しかも……。


『どう、お母様なんとかなりそう?』


 武器職人の名はハ・マオ。

 ミ・ミカとチームを組んでいるハ・マナ、ハ・ルオ姉妹の母親だと聞かされた。


『魔導具への改造は出来ると思うけど、私としてはこの弓そのものに興味があるねえ。滑車を使って弦を巻き取り力を調整する。この機構があればどんな名匠が作った弓よりも強力な矢を放つことができるし、逆に力を緩めることで矢の威力を落とすこともできる』


 武器職人であるハ・マオは当然のように俺が持ち込んだ弓、コンパウンドボウに食いついた。

 コンパウンドボウは第2次大戦後に発明された、銃よりも新しい弓の最新モデルだ。

 ハ・ルオの使っている弓は、木材と動物の腱をニカワで張り合わせることで構造を強化した複合弓だが弓そのものの性能では到底コンパウンドボウには及ばない。


『工房の裏手に弓の練習場があるから、お前さんちょっとこの弓を使うところ見せてくれないかい?』

「ハ・マオさんは、牙門さんがこの弓を使うところを見たいって言ってる。工房の裏手に弓に練習場があるからそこを使ってくれって」

『はい』


 用意はしてきたものの、ニビルに来てからここまで弓を使う機会は全くなかった。

 練習させてくれるというなら、断る理由はない。


 工房裏にある弓の練習場は割と本格的なものだった。

 練習場の奥には矢が明後日の方向に飛んでいかないように土嚢が積まれており。

 地面に敷かれた赤い台形のポールによって練習するためのレーンがきちんと仕切られている。

 ポールには一定間隔ごとに白い線が引いてあるので、白い線を目安に的までの距離を近づけたり遠ざけたりすることが出来るのだろう。


「天原妹、ポールに刻まれてる白いライン1メートルにしては感覚が狭いと思うんだが何センチなんだ?」

「多分36センチじゃないかな。そもそもニビルではメートル法使われてないから。一番広まってるのは音速を距離の基準にしたエンリル法。音が一秒間にすすむ36メートルを1エン、それを100分割したものをリル、さらにリルを100分割したものキという単位で区切ってるの。

この練習場は多分一番奥までの距離が1エンだから、白いラインは1リル間隔で引かれてるんじゃないかな」

「メートル法を使っていないか、言われてみれば当たり前の話だな。まあ、基準がハッキリしてるなら問題ない」

『的の位置は50リルでいいかい?』


 的を設置しているハ・マオさんが大声で話しかけてくる。

 ウルク語の正確なヒヤリングは出来ないが、50リルという言葉の意味だけは理解できた。


『いいえ、1エンで』


 コンパウンドボウの性能を示すなら最大距離で的に命中するところを見せた方がいいだろう。

 幸い練習場のコンデションはほぼ無風。

 横風によって矢がぶれることを心配する必要はない。

 俺は弓を構えると弦にかかる張力を調整する。


(張力設定70ポンド)


 射程距離ギリギリを狙うので張力は最大値に設定する。

 弓の両端にあるリムがカシャカシャと小さな音を立てて回転し弦の張力が70ポンドになったのを確認してから俺は弓に矢をつがえた。

 そして、矢を放つ。


 ピュンッ!


音速を超えるスピードを与えられた矢は鋭い風切り音を立てながら直進し、木製の的を貫通して背後の土嚢に突き刺さった。


「まあ、何とかカッコウはついたか」


 的の位置を遠くするよう自分で言ったのに外したら、これ以上ないほどカッコ悪いからな。

 周囲の様子を見て見ると、コンパウンドボウの性能を良く知らない衛以外の全員が唖然とした表情で俺のことを凝視していた。

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