第34話 肉が安定供給されないとなるとタンパク質どうやって摂取してるんだ?
――天原衛
俺は、食事と酒を提供してくれたマスター・ヨ・コタに『ありがとう』と書いた携帯用黒板を差し出した。
ウルクでは、クサリクとウルディンの筆談用に携帯用黒板の需要が多く一家に一枚という感覚で常備されているらしい。
マスター・ヨ・コタは、俺が差し出した黒板の文字を読むと。
返答の言葉を書き込んで返してくれる。
「恵子、これなんて書いてあるんだ?」
「えーっと、グレンゴンの死体を運んだ勇者よ、今日は大いに飲み食いして英気を養ってくれって書いてあるわ」
「そうか、歓迎されてるようでよかった」
「マモちゃんが、変身してグレンゴンの死体を町まで運んだって話したら。『コクエンの兄もすごい人だ。って、みんな驚いてたからね』」
自分としては大したことしたと思っていないんだが、こうも無条件で褒め称えられると鳩尾のところがくすぐったくなってくる。
俺達がいるのは、ハンター協会に建物内でマモノハンター向けに営業している酒場。
ちなみにハンター協会には酒場だけでなく宿も併設されていて、ここに住んでマモノハンター家業に従事するものも少なくないらしい。
「いや、実際お前はすごく頑張ったし貢献もしてるよ。もっと自分に自信を持った方がいい」
牙門がそう言って俺のグラスに飲み物を継いでくれる。
意外な事実だがウルクではガラス工芸品の生産が盛んで俺達の飲み物を入れる器も全て様々な色に着色されたガラスのコップが使われていた。
「この飲み物なんだ?」
牙門が俺のグラスに注いでくれた飲み物は、白く濁っていて薄っすらと甘い匂いが漂ってくる。
「多分、どぶろく」
「ああ、どぶろくか……ってことは、ウルクは稲作やってるのか!?」
どぶろくとは、コメと米麹と水を原料として発酵させただけで漉す工程を経ていない酒のことで、製法は簡単だし短期間で作れるので文明が地球より発達していない世界で出てくるのに違和感はないが、重要なことが一つある。
そう、どぶろくを作るためにはコメの存在が不可欠なのだ。
「今日はウルディンの集落から中央島に入ったけど、反対側にあるクサリクの集落の方に行けば日本人なら誰でも知ってる田んぼが一面に広がってるわよ。水が豊富で気候が温暖なら当然作るでしょコメ」
「コメは単位面積当たりの収穫量が小麦と比べてダンチだからな」
コメは、日本や東アジア周辺の水が豊富な地域でしか作れないが単位面積当たりの収穫量が小麦の1.5倍あり、水田を使った農業は連作障害もほとんど起こらないので、地球最強の穀物といっても過言ではない。
それは、日本を含む東アジアではヨーロッパに比べて凶作による飢饉の回数が圧倒的に少なかったという人類の歴史が証明している。
「ということはガラスの器に入れられてる食事もコメか?」
ガラスの器に盛られているのは玄米を炊いたものの中に、キノコや賽の目状に切った根菜と葉っぱを混ぜた五目御飯が盛られていた。
そして、五目御飯の隣にはやっぱりガラスの器に注がれた茶色のスープが添えられている。
「このスープ、色といい香りといいスゲー見覚えがあるんだが」
「そりゃそうでしょ、それ味噌汁だから」
「やっぱりかッ! なんか飯食ってると全く外国に来た気がしないぞ」
主要作物としてコメを作っているなら、調味料として味噌を作るのも自然な流れだ。
味噌は醸造が必要な醤油と比べて作るのが簡単なのでウルクではメジャーな調味料となっているらしい。
「外国っぽさねえ……肉でもあるといいんだけど、マスター・ヨ・コタに聞いてみるね」
恵子はマスター・ヨ・コタの元に行って筆談で会話をすると、少し残念そうな顔で戻ってきた。
「えっと、残念なお知らせです。今日は肉が入荷出来狩ったので肉料理は提供できないそうです」
「肉って、やっぱり今日車引いてもらった角竜の肉か?」
「うん、そうなんだけど、竜ってあくまで車引きとか農作業の耕運機代わりに使うために飼育しるから、肉として出回るのは老衰とか病気で死んじゃった竜だけなんだよね」
「その辺は19世紀って感じするな。江戸時代の日本も、食肉用に牛や馬育ててるわけじゃなかったからな」
地球でも動物を食肉用に大規模に飼育するようになったのは、自動車の登場で牛や馬を働かせる必要が無くなってからの話だ。
「しかし、肉が安定供給されないとなるとタンパク質どうやって摂取してるんだ? 川辺に町があるしやっぱり魚か?」
「いや……それが……」
『恵子、今日のメインディッシュが焼き上がりましたよ』
恵子が口ごもっていると、ミ・ミカがウルク語で何かを言いながら何かを盛りつけた大皿を持ってきた。
『ウワッ! やっぱりこれか!? 肉が出ないって聞いて落ち込んでるのに。さらに気が滅入るもの持ってこないでよ』
『なに言ってるんです。塩漬けの肉なんかより新鮮な虫の方が美味しいじゃないですか』
ミ・ミカが大皿にのせて持ってきたのは体長5センチくらいある巨大な芋虫の串焼きだった。
現地人であるミ・ミカは当然違和感はないらしく、毒は無いですよと言わんばかりに串焼きを一本取ってムシャムシャと貪り食う。
「すごい、ジャイアントワームですね」
「確かにこんなデカイ芋虫見たことないな」
「天原妹、これ食っていいのか?」
北海道に来る前はイラクで働いていたというアイリスと、レンジャー教習課程でサバイバル訓練を受けている牙門は芋虫の串焼きを見ても全く動じていない。
俺もマタギをやってる都合上、家より山で過ごす時間の方が多い生活を送っていたので、芋虫の串焼きを見てもグロいとか気持ち悪いなんて感情は全くわかなかった。
「本当に食べるの? 止めないけど多分味付けしてないから、塩か味噌付けて食べた方がいいわよ」
渋い顔をしている恵子を後目に、大人3人組は芋虫の串焼きに舌鼓を打つ。
恵子のアドバイスを聞いて味噌をつけて食べてみたが、非常に柔らかく塩気の無いチーズのような食感がする。
「デリシャス。とても美味しいです」
「前に忘年会で食った。フグの白子みたいな味だな、たしかあの時は衛もいたような気が」
「11年前の忘年会な、俺もいたよ。確かにフグの白子に似た感じだな。これ、鍋にしても美味いんじゃないか」
「鍋か、確かにいいかもな。もみじおろし入れたポン酢に付けて食べたら美味そうだ」
「絶対に作らないでねッ! 断りなく虫入りの鍋なんか出たら、私絶対泣くから」
ニビル暮らしが長いわりに虫が苦手らしい恵子は、俺達の虫鍋の提案に断固反対の言葉を被せてくる。
とはいえ、ミ・ミカが持って来てくれた芋虫の串焼きは予想以上に美味しかった。
『ミ・ミカ、ありがとう、おいしい』
俺がウルク語でお礼を言って手を合わせると、ミ・ミカは満面の笑みで手を合わせてくれた。
あとで聞いた話によると虫を食う文化は、カゲトラの仲間達ダルチュから伝わったものらしい。
元々は、カゲトラ達ダルチュの主食として飼育・生産されていたのだが、冷蔵庫の無いニビルでは肉も魚も保存するために塩漬けにする必要があるため、卵の状態で仕入れてエサになる葉っぱを与えておけば小スペースで生きたまま保管できる芋虫は新鮮な食材を求める人たちの間で一気に広まったらしい。
その夜は、芋虫の串焼きを片手にどぶろくをガブガブ飲み、楽しい夜を過ごすことが出来た。
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