第33話 なにわともあれマスター・オブ・ハンターの凱旋帰還じゃ
――天原恵子
中央島に渡った私達は、ようやくハンター協会にたどり着いた。
協会の中庭でグレンゴンの死体を下ろすと、死体を見聞するために協会の職員が数人出てきてこちらに向かってくる。
ちなみにクサリクとウルディンの意思疎通は基本的に筆談だ。
発生器官の問題でクサリクとウルディンは同じ言葉を話せないが、使っている文字は共通のウルク文字なので文字を通して意思疎通をすることが出来る。
『あっ、マスターも来た。恵子悪いけど、オオカミに変身してくれない?』
『任された』
ミ・ミカに頼まれ私はオオカミの姿に変身する。
ハンター協会の職員は、クサリクとウルディンがほぼ半々くらいの割合だがマスターはウルディンなのでマスターと直接話をするならオオカミに変身する必要がある。
“お久しぶりです。マスター・ヨ・コタ”
“おお、コクエンじゃないか。長らく顔を見せないから、キルド内じゃ『コクエン死亡説』の噂が飛び交っていたぞ”
ハンター協会のマスター、通称マスター・ヨ・コタは私の顔を見ると目を細めて優しい笑顔を浮かべる。
マスター・ヨ・コタは、秋田犬に近いジンジャーカラーの毛皮をまとったウルディンだ。
正確な年齢は判らないけど、飼い犬なら老犬と呼ばれるくらいには年を取っているので顔や胸元の毛先がちぢれてくたびれた印象を受ける。
基本的に気さくな性格の好好爺なのだが、言っていることはちょっとキツイ。
マモノハンターは命がけの職業で、討伐に失敗して死亡するハンターも少なくないとはいえ、『コクエン死亡』の噂が三か月も話のタネとして飛び交っていたと聞かされると、さすがの私も複雑な気分になる。
“再会して早々言う事がそれですか……それより見てくださいッ! 賞金首になってたグレンゴン。ミ・ミカ達と一緒に仕留めてきましたよ”
“うん見てる。久々に出てきた大型竜の討伐依頼だし犠牲者が出たイヤだな~と思ってたけど、コクエン達がサクッと倒してくれて安心した”
“サクッとって……ミ・ミカ達と4人がかりでも結構苦戦したんですよ”
“なおさら恵子さん達が討伐してくれて安心しました。昨年度のマスター・オブ・ハンターと、序列3位、8位、9位の最強チームが苦戦するマモノなんて、他のハンターが相手するのは危険すぎます”
口を挟んできたのはマスター・ヨ・コタの隣に控えている、白い毛皮のウルディンだった。
彼女はマスター・ヨ・コタの娘で秘書を務めている。
名前は確か確か――。
“ヨ・イノさん、ミ・ミカ達から聞いたんだけどあのグレンゴン。報酬の額がすごかったんで、かなりの数のチームが森に入っていたらしいじゃないですか。正直、新人ハンターが遭遇していたら確実に全滅してたと思うんだけど、そういう未熟な人が狩りに行くの止められないんですか?”
“難しいところですね。命を懸ける代わりに高い報酬を得られるのがマモノハンターというお仕事です。新人でも十分な実力を持った人はいますし、私達に出来るのはカエンホウシャ一撃でミカド1頭を焼き殺したという目に見える脅威を伝えて、あとは自己責任で考えてもらうしかないです”
ヨ・イノさんは、マスター・ヨ・コタとは対照的に表情一つ変えずにそう答える。
美人だけどいつも冷静で表情を変えない彼女のことを、ウルディンのハンター達は陰でこっそり『氷の牙』のふたつ名で呼んでいる。
ちなみにミカドは、トリケラトプスのニビルでの呼び名である。
今日改めて思い知らされたが、いくらマモノでもトリケラトプスを一撃で焼き殺すなんてとんでもない火力だと思う。
体長9メートル、体重8トン。今日グレンゴンの死体を運んでくれたパキリノサウルスのおよそ3倍の重量がある最大最強の角竜を殺すのは、私やミ・ミカでも簡単に出来ることじゃない。
“さて、今回の獲物はどんな奴だったのかな? №790456。目の前に倒れてる大型竜はどのくらいの強さなんじゃ?”
マスター・ヨ・コタは、服の胸元に縫い付けたオモイイシでグレンゴンの死体をサーチする。
“マスター・ヨ・コタの指定した生物の情報についてお答えします。生体:マモノ。名称:グレンゴン。魔法属性:竜・火。推定体長2.5リル、推定体重0.7リル。推定レベル52”
オモイイシはウルク・ウルディン語でグレンゴンの情報について教えてくれた。
便利なものだ。
持ち主が日本で質問すれば日本語で質問すれば日本語で、ウルク・ウルディン語で質問すればウルク・ウルディン語でオモイイシは答えを返してくれる。
オモイイシは石・電属性のマモノだ。
自ら行動することは皆無で、ただ情報の収集だけを存在意義とするオモイイシをニビルの知的生命体は便利な道具の一つとして利用している。
マモノの生態や、魔法属性に関する情報はマモノハンターにとって死活問題なのでオモイイシを欲しがるハンターは多いのだが手に入れるハードルはけっこう高い。
オモイイシは工場で生産される工業製品ではなく、あくまで鉱石とかを掘っているときに一緒に発見されることのあるマモノだ。
だから、手に入れたいと思っている人がいても在庫があるとは限らないし、売りに出された場合はとんでもない高値がつく。
私が持っている、オモイイシ№39592もオークションに一年分の稼ぎを丸ごと注ぎ込んで辛うじて手に入れたくらいだ。
オモイイシで、私達が倒したグレンゴンのレベルを確認したマスター・ヨ・コタは深々とため息を吐いた。
“レベル52か、本当にコクエン達が倒してくれて助かったわ”
“レベル50以上のマモノなんて、年に一度出てくるかどうかって感じですからね”
“そうなの!?”
最近私、そのレベル50以上の超強力なマモノと何度も戦っている気がする。
“まあ、なにわともあれマスター・オブ・ハンターの凱旋帰還じゃ、今日はワシのおごりだ宴にするぞッ!”
マスター・ヨ・コタの宣言を聞いて、その場のウルディン達は「わおおおおんッ!」と歓喜の雄叫びをあげるのだった。
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