第32話 マモちゃん、なんだか楽しそうだね

――天原衛


 輸送隊の仕事を見て思ったのは、角竜スゲーではなく、文明の利器スゲーであった。

 彼等はグレンゴンの死体をオリ付きの荷車に放り込み、パキリノサウルスが重くなった荷車を引っ張っていく。

 ニビルの礼儀にならって、手を合わせて『ありがとう』とお礼を述べたものの俺の心境は複雑であった。

 恐竜の出てくる映画や漫画で、史上最大の角竜トリケラトプスがティラノサウルスと対の存在として描かれるのと同じように、パキリノサウルスとゴルゴサウルスも対の存在として描かれることが多い。

 どちらも、最大種より身体が一回り小さくかつ互いの体格がほぼ同じなのだ。

 スペックを比較すると、ゴルゴサウルスが体長7メートル体重2.5トン、パキリノサウルスは体長6メートル体重3トンといったところだ。

 両者の体格はほぼ同じなのだが、パキリノサウルスは俺が汗だくでヒーヒー言いながら運んだグレンゴンの死体を涼しい顔で牽引している。

 パキリノサウルスは4足歩行なので、俺が変身したグレンゴンの原種であるゴルゴサウルスよりパワーがあるのは間違いないが、それ以上に車輪の恩恵が大きい。

 リアカーを引いたことがあるなら容易に想像がつくと思うが、車輪を利用すれば人間一人でも自分の体重の倍くらいの重量を簡単に運ぶことが出来る。

 おまけに車輪として使っているのは、空気を充填したゴムタイヤだ。

 タイヤの中に空気を充填することで、衝撃緩和能力や走行安定性は格段に向上する。

 21世紀の地球でも自動車のタイヤとして使われている完成度の文明の利器を装備しているのだから、車を引くパキリノサウルスへの負担は相当軽減されているだろう。


「パキリノサウルスいいなあ。こいつに変身できたら便利そうだ」


 ゴルゴサウルスに比べると攻撃力や俊敏性では劣りそうだが、4足歩行だけにパワーと汎用性は圧倒的にパキリノサウルスの方が高そうだ。


「マモちゃんが、普通の動物の肉でも変身できるとよかったんだけどね」

「パキリノサウルスが原種のマモノって居ないのか?」

「居るとは思うんだけど、草食恐竜が原種のマモノって攻撃性が低くて人を襲ったりしないから見つけるのが大変なのよ。森の中で草を食べてる野生の角竜の中にマモノが混ざっていますって言われても見分けつかないでしょ」

「それは……そうだな……」


 それに、ウルクのマモノハンターも森の中で草を食べてるだけの無害なマモノを狩りに行こうとは思わないだろう。

 ウルディンの居住区を竜車と並んでしばらく歩いていると、俺達は川岸にたどり着いた。

 川岸には竜車ごと乗り込むことが出来る渡し舟が待機していて、俺達は竜車と一緒に渡し舟に乗船する。


「マモちゃん、なんだか楽しそうだね」


 中央島と対岸を行き来する無数の渡し舟を観察していると、不意に恵子が後ろから抱き付いてくる。


「楽しい? 俺はこの辺の渡し舟がなに運んでいるか観察してただけだぞ」

「だって、マモちゃん笑っていたよ。きっと、自分の知らない世界が目の前に広がっているのが楽しいんだよ」

「そっか、俺は未知に触れるのを楽しんでいたのか」


 よく考えてみたら、俺は今回のニビル調査隊の仕事を通じて生まれて初めて旅をしている。

 地球に居たころの天原衛は旅行に行ったことがない。

 加えて直近5年くらいは、北海道はおろかオントネーから外の土地に行くこともほとんどなかった。

 だから知らなかった。

 未知に触れ知的好奇心を刺激されることは楽しい。

 そのことを一番よく知っているのは多分アイリスだ。

 医師であり、学者でもある彼女は、ニビルで未知の生命や文化に触れる度に『グレイトッ!』とか『アメージングッ!』とか言って歓声を上げる。

 でも、それだけじゃない。


「恵子、帰ってきてくれてありがとう。お前が居るから俺は、この旅も生きることも楽しいと思える」

「どういたしまして。私、マモちゃんが楽しいと思えるようにもっともっと頑張るよ」


 恵子がそう言うと、俺を抱きしめる腕の力が少しだけ強くなるのを感じた。

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