第35話 家に来たという事はタイヤを買いに来たのかい?

――天原衛


 翌日。

 俺達が希望していた工場見学はあっさりと許可が降りた。

 正確には――。


「ミ・ミカ達が魔導具の調整のために工房街に行くから勝手について行けばいいじゃない」


 恵子の話だとウルクの工業は地球のような大企業は存在せず、単一の工業製品を専門で作る一人親方が手掛けているケースがほとんどらしい。

 ミ・ミカ達と一緒に工房街に行くと、ガガガッ! ドドドッ! と、物を作る音がそこら中から聞こえてくる。


「まあ、説明しないとわからないと思うから言っておくけどウルクの工業を支えているのは魔法。正確には魔導具です。そうだなあ……右手にタイヤ作ってる工房があるから見せてもらおうか」


 俺達は恵子が目を付けたタイヤを作る工房に行き、タイヤ作りを見学させてもらうことにした。

 何を考えているのかわからないが、ミ・ミカ達も律儀についてきてくれる。

 タイヤ工房は学校の体育館の半分くらいの大きさのある大きな建物で、通り沿いには竜車用のタイヤを売っている販売店。

 裏の方にタイヤを作る工房という作りになっていた。

 ただ、販売店には日本にあるカー用品店のように作られたタイヤがズラズラと並べられているというわけではない。


「ウルクでは工業製品は全て受注生産なの。中央島は狭いから在庫をズラズラ並べておくスペースもないしね」

「そうなると、制作現場を見学するならタイヤを注文する必要がありますね。オーケー、私がお金出すのでウルク製のタイヤ欲しいです。アメリカに持ち帰ればプレジデントは昇天するほど喜ぶと思います」

「簡単に言うなよ。タイヤだけ買っていくのはいいが、それ持つの俺か牙門なんだぞ」

「ならいっそ竜車を買おうか? 今回マモちゃんにグレンゴンの死体運んでもらったけど、あれすごく大変だったじゃない。でも、竜車があれば帰りに荷物が多くなっても楽できると思うんだよね」

「ちょっと待て、竜車を買うってことは車を引く竜も買うのか? あんな大型恐竜買ったとしてもどうやって世話するんだよ」


 俺が竜車の購入に反対すると、牙門が俺の肩をポンと叩いた。


「心配すんな。俺達には世話ししなくてもいい竜がいるじゃねえか」


 全てを悟った俺は、その場でガックリと項垂れるのであった。


『こんにちは』


 俺は店頭で店番をしている中年のご婦人にウルク語で挨拶して手を合わせる。

 どんな所で相手が誰であろうととりあえず下手に出ておく。

 全世界で通用するトラブル回避のためのテクニックというか常識だ。


『いらっしゃい。家に来たという事はタイヤを買いに来たのかい?』


 中年のご婦人がウルク語で話始めたので、あとの対応は恵子に任せることにする。


『私達、竜車を作ろうと思っているんです。で、やっぱり竜車にとって一番大事な部品はタイヤだと思うので作っているところを見せてもらいたいなと思って』

『作っているところを見たいか、あんた達変わってるね。大抵の奴らは、注文票に欲しいタイヤの大きさを書いて終わりなのに』

『私、別の国から友人を連れて来たんですが。この国のタイヤの作り方が私の国と違うみたいなんで、どうやって作っているか興味があるんです』

『わかった親方に、作ってるところを見たいって言ってる客が居るって伝えとくよ。とりあえず注文票に作るタイヤの大きさを書いてくれ』


 恵子とウルク語で会話をしていた女性は、何かの各用紙を一枚彼女に手渡した。


「恵子、これはなんだ?」

「タイヤの注文票。これに作って欲しいタイヤの大きさを書いて職人に渡すの。トリケラトプスが引く車と、パキリノサウルスが引く車だと、当たり前だけど車の大きさもタイヤの大きさも全然違うでしょ。あと、この工房は人が引く荷車のタイヤも作ってるから」

「この国にはリアカーもあるのか」

「竜が引く大きな車より、人が引く小さな車作る方が簡単だからね。あと、中央島は狭いから竜車は大通り以外通行禁止よ」

「リアカーがあるなら作ってもらうのはリアカーでいいんじゃないか?」

「いや、衛の能力を有効活用しない手はないだろ。昨日グレンゴンの死体を運んだ、パなんとかが引いてた車なら中型トラック並の輸送力が見込めるじゃないか」


 地球とウルクの間で大量になに運ぶんだよという俺の意見は黙殺されて、中型の竜車を作ることで意見がまとまった。

 中型竜車用のタイヤを4本注文すると、店員は俺達を奥の工房へと案内してくれた。

 工房に入ってまず目についたのは、巨大なローラーが何本も連なった工作機械の存在だった。工房は決して小さな建物ではなかったが、その機械は広いスペースの半分以上を占領している。


「恵子、あれはなんだ?」

「さあ、なんだろうね? 私もタイヤの作り方を一から十まで知ってるわけじゃないから」

『何を言ってるのか判らないが、あれはゴムのプレス加工マシンだ。あれを作って原料のゴムをタイヤに適した板ゴムに引き延ばす』


 俺達に話しかけてきたのは、牙門と同じくらいの身長があるガッチリとした体格の男だった。

 髪にも髭にも白髪が多いので年齢はかなり高齢だと思うが、鍛え上げられた筋肉は老いによる衰えを全く感じさせない。


『お前等か、わざわざ俺達の仕事を見たいって言ってる変わり者は。別に監視なんてしなくても、俺は自分の仕事に手は抜かないぜ』

『親方の作るタイヤの品質を疑ってるわけじゃありませんよ。ただ、私達の故郷とは違う方法でタイヤを作ってるみたいなので、純粋にどんな作業をしているのか見たいだけです。邪魔にならないよう隅っこの方で大人しくしてますから』

『大人しくしてるならいいだろう。ただし、作業の邪魔するようならたたき出すからな』


 そういわれて、俺達は工房の隅っこで親方のタイヤ作りを見学する予定だったのだが。


「なんか、親方手招きしてないか」

「してるわね。呼ばれてるみたいだし行ってみましょうか」


 親方に手招きされて近づいてみると、彼は助手が持ってきた麻袋に入っている黒い粉を見せてくれた。


『注文票を見たらタイヤの色が指定されていなかったからな。せっかく客が目の前に居るんだから確認しとこうと思ってな』

『タイヤって黒以外の色があるんですか?』

『大半は黒だ。ゴムの強化剤にここにある炭を使うからな。ただし追加料金はかかるが別の強化剤を使うことで赤いタイヤや、白いタイヤを作ることも出来る』


 恵子は親方から聞いた話を一通り俺達に聞かせてくれる。


「色は黒でいいと思うけど、その麻袋の中身炭を砕いたものだったんだな」

「エクセレトッ! つまりウルクではタイヤの強化剤にカーボンブラックを使ってるんですね」

「それすごいのか?」


 アイリスがニビルの環境や文化を見て歓声をあげるのにいい加減慣れてきた俺は、彼女に歓声の理由を聞いてみる。


「地球で作ってるタイヤと同じ強化剤を使ってるんですよ」

「地球でもタイヤってゴムに炭混ぜて作ってるんだ。だからタイヤって黒いのね」


 日常でよく触れるゴムには輪ゴムや消しゴムがあるが、車のタイヤは他のゴム製品とは硬さも強度も全く違う。

 その理由は、カーボンブラック。

 日本風に言うと炭を砕いたものを強化剤としてゴムに混ぜているかららしい。

 事情を一通り理解した俺達は、強化剤はカーボンブラックで問題ないと親方に返答する。

 俺達の答えを聞いた親方はさっそくタイヤの制作を開始する。

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