第27話 なら、俺の魔法を試してみるか

――天原衛


 食事と睡眠で英気を養った俺達は、日が昇ると同時に丘を登って恵子達が仕留めたグレンゴンの元へ向かった。

 ちなみに、アイリスたっての希望で、魔導具を使うミ・ミカ達は彼女の診察を受けることになったが、健康状態に問題無いと確認することが出来た。


「血色もいいし、三人ともちゃんとエネルギー補給出来てるようで安心しました」

「大げさだなあ。昨日は奇襲されて全滅の危機だったから仕方ないけど、普段は三人ともガス欠を起こさないように出力を落として魔法を使うコツをつかんでいるから、そんなに心配ないわよ」


 恵子の話ではマモノハンターは、徒弟制度があり師匠の推薦がないとハンター協会に登録できないらしい。

 最初は先輩のマモノハンターに弟子入りして、マモノと戦えるようになるまで師匠にみっちりしごかれるそうだ。


 グレンゴンの元にたどり着いた俺はその威容に圧倒される。

 体長8メートル、体高4メートル、体重2.5トン。

 アフリカゾウとほぼ同じ大きさのプレデターその生態だけでも暴力の化身と呼べるくらいの凶悪さだ。

 加えてマモノであるグレンゴンは、火属性と竜属性の魔法を自在に使いこなすことができる。

 こんなバケモノを殺しきる恵子達の実力にため息しか出てこない。

 グレンゴンは死後硬直の影響で、脊椎が弓形に反り返り頭と尻尾が上方向を向く、俗に言うデスポーズの姿勢で息絶えていた。


「どうやってこんなバケモノ倒したんだ?」


 日本語がわかるはず無いと思うが俺の心を読んだように、ハ・ルオがパッと挙手をする。


「ハ・ルオの毒魔法で殺したの。彼女の持つ魔導具『トビサソリ』は矢に毒魔法で作った神経毒を付与することが出来るの。見てのとおりバカデカイから殺し切るのに毒矢を3発も撃ち込んだんだけど」

「むしろ、たった毒矢3発で殺せたのかよ。そのトビサソリって魔導具立派なチート武器じゃないか」


 よく見て見ると、クビ、脇腹、背中にきっちり3本の矢が突き刺さっている。

 的がデカいとはいえ、確実に命中させてる辺りハ・ルオの弓の腕前は名手と呼べるレベルに達しているようだ。


「さて、問題はこれをどうやって運ぶかってことよね」


 マモノ退治の報酬をもらうには、ハンター協会にマモノ死体を持ち帰らなければならない。

 ゲームならお助けキャラがモンスターの死体を町まで運搬してくれるが、ニビルにはそんな便利なお助けキャラはいないので仕留めた獲物はハンター自身が持ち帰らないといけない。


「一応、街まで行けばハンター協会の輸送隊を呼ぶことが出来るけど……ここから街に行くまで片道2日かかるのよね」


 誰かが街に戻るまで2日、それから運送屋を呼んでここまで来てもらうまでに3日。

 グレンゴンの死体を運ぶには最低5日間、誰かが死体のそばで番をしなければならない。


「仕留めたマモノが体重400キロのデンコとかなら自分で運ぶんだけど、さすがにこんな超大物となるとね」

「なら、俺の魔法を試してみるか」

「マモちゃんの魔法……ってまさか!?」


 そのまさかだ。

 グレンゴンの肉を食って遺伝子情報を読み取り、俺自身がグレンゴンに変身する。

 同等の体格ある恐竜に変身すれば、手ずから死体を運ぶことが可能になる。


「マモちゃん、本当に変身するの? グレンゴンは毒殺してるし死体を冷凍保存しているわけじゃないからあんまり生食はおススメしないんだけど」

「でも、マモノの血肉を生食しないと遺伝子情報の取り込みが出来ないからなあ」


 俺はカガミドロの魔力器官を体内に埋め込むことでマジンとなった。

 カガミドロとの融合体である俺が使える魔法は本質的には一つだけ、他のマモノへの変身魔法だ。

 あらゆるマモノに変身出来る一見万能に見える魔法だが、様々な制約があり今のところ完璧に使いこなすにはほど遠い状態だ。


 問題点は主に三つ。

①変身するためにはマモノの肉を生食しなければならない。

②変身したあと任意で変身を解除することが出来ない。一度変身したら魔力を使い切ってガス欠になるまで変身状態は継続される。

③変身すると身体が巨大化するので、変身する前に一度全裸なる必要がある。


 この中で一番大きな問題は、マモノの肉を生食しないと変身出来ないという部分だ。

 生食しなければならないことは諦めるとして、普通の動物の肉でも変身できるなら状況に応じてクマや牛に変身できて便利なのだが、理由はわからないが俺はマモノの血肉でなければ変身出来なかった。

 付け加えると、ゴーストタイプのマモノに変身することも出来ない。

 恵子のような生体属性がゴーストのマモノは、存在の本質があくまで幽霊で身体にDNA情報が存在しないのでカガミドロの細胞にDNA情報を読み取らせることが出来ない。

 地球では、血を分けてもらえるマモノがキュウベエしかいなかったので、ときどきキュウベエから採血してもっぱらクマ専門に変身していた。

 今回、グレンゴンに変身するとすれば、俺は初めてクマ以外の生き物に変身することになる。


「恵子、服を脱ぐからミ・ミカ達に説明頼む」

「わかった」


 恵子がミ・ミカ達のところに行ったのを確認してから、服を脱ぐためにグレンゴンの死体の影に移動する。

 しかし、変身するためにいちいち全裸にならないといけないのも面倒な話だ。

 恵子みたいに魔法で服を作れれば、こうした煩わしさから解放されるのだが恵子曰く『マモちゃんは人間形態のときは獣属性の魔法しか使えないから無理だと思う』とのことだった。

 服を作る魔法に適性が高いのは生体属性の草と虫、7種類の自然属性魔法とのことだ。

 ちなみに、虫と草の魔法で作った服は魔法を解いた後も現物が残るので非常に価値が高いらしい。

 俺は服を脱いで全裸になってからナイフでグレンゴンの死体を切りつける。

 傷口から酸化した赤黒い血が滲み出してくる。

 俺に知る限り、血抜きしていない獣の肉はけっして美味くはないのだが、俺は肉を十センチくらい切り取って覚悟を決めて口にする。


「血なまぐさいし、舌がピリピリするな……」


 予想以上にマズい。

 血抜きしてきちんと処理してやれば美味しくなるのだろうが、今は味よりもDNA情報を入手することが優先だ。


 ドクンッ!!


 俺の体内を、無いはずの心臓が激しく脈打つような感覚が駆け巡る。

 体内でドカドカ脈打っているのは心臓ではなく、心臓の代わりに左胸に埋め込んだ魔力器官だ。

 身体を構成するカガミドロの細胞が、グレンゴンのDNA情報を読みとり身体の形を作る変えるためにガンガン魔力を消費している。

 それに答えるように、魔力器官もフル稼働し体内のエネルギーを魔力に変換し続ける。

 変わる。

 目が、口が、両腕が、両足が――グレンゴンのDNA情報を読み取って変身していく。

 気が付けば俺は、全長8メートル、体重2.5トンのグレンゴンへと変身していた。


「ギャオォォォッ!!」


 変身に成功した俺は、獣脚類の恐竜特有の甲高い声で咆哮をあげる。

 しかし、質量保存の法則を無視してこんな巨大なマモノに変身できるなんて、カガミドロの変身魔法は俺が考えていたよりも遥かに強力な魔法だったようだ。

 しかし、この身体重いな。

 クマに変身したときには、身体がすごく軽く感じた。

 理由は身体を動かすエンジンである筋肉が体重の増加を上回るレベルで増強されていたからだ。

 それに対してグレンゴン、正確には原種であるゴルゴサウルスの身体は重い。

 俺の感覚的には、ゴルゴサウルスは2.5トンの巨体に対して筋肉量がクマ、下手すれば人に比べても充実していない。

 まあ、身体に付けられる筋肉の量には限界があるので2.5トンもの体重があると、体重300キロのクマのように全身ムキムキというわけにはいかないのだろう。

 事実、退化した前足はわずかに残った内腕筋を使って胸元を掻くことくらいは出来るが、これを有効活用しろと言われたらちょっと困ってしまうような貧弱さだ。

 ただ、太い後足は2.5トンの身体を支えるのに十分なパワーがあり、この巨体で問題無く歩くことが出来た。

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