第28話 マモちゃん、グレンゴンになった感想はどう?

――天原衛


「変身魔法、上手くいったわね。マモちゃん、グレンゴンになった感想はどう?」

「グア――」


 恵子に返事をしようとしたら、グレンゴンと同じような甲高い声が出た。

 あっ、これはクマと同じパターンだ。

 人間とゴルゴサウルスとで声帯の形が違うので、人間の言葉をうまく話すことが出来ない。


「人の言葉は話せないか、まあマモノ形態の宿命よね。今から、どうやってグレンゴンの死体運ぶか相談するから、マモちゃんは出来ることと出来ないことをハイとイイエで返事してね」


 ハイなら頷き、イイエなら首を振ればいいだろう、普段キュウベエと接しているおかげで言葉が通じない相手とコミュニケーションするのは慣れている。

 相談の結果、俺がうつ伏せに寝そべった状態になったところで、グレンゴンの死体を背中の上に乗せて運ぼうという話になった。

 理想をいえばグレンゴンを背中に乗せた状態で死体をロープで固定できればベストなのだが、残念なことにあの巨体をグルグル巻きにできるほどのロープは持って来ていない。

 恵子の指示に従って、俺は膝を折り曲げて可能な限り姿勢を低くする。

 後ろ足の関節は、予想以上に可動範囲が広く、人間姿勢でいうところの土下座のようなポーズを問題無くとることが出来た。

 土下座状態の俺の背中に力自慢の恵子とミ・ミカが、グレンゴンの死体を乗せる。

 オオカミになった恵子の体重は約200キロ、ミ・ミカに至っては身長と体型から考えて体重は確実に50キロ以下しかない。

 二人の肉体強化魔法のレベルが高いのは知っているが、女の子二人で大型トラック並の仕事が出来るのを見せつけられると恐怖を覚える。

 俺はグレンゴンの死体が背中に乗ったのを確認してから立ち上がった。

 自分の体重とほぼ同じ重さの死体を背負うなんて、普通の人間ならギックリ腰になってひっくり返りかねないので俺は肉体強化で筋力を強化して立ち上がる。


「マモちゃん、そーっと、そーっと立ち上がるんだよ」


 立ち上がった拍子にグレンゴンの身体が滑り落ちてしまわないよう、気を使いながら立ち上がるが――。


「あーッ!!」


 ズドーンッ!!と轟音を立てながらグレンゴンの死体が滑り落ちた。

 恵子達はグレンゴンの腰を支点にして、肩車をするような姿勢で俺の背中に死体を乗せたのだが頭よりも尻尾の方が重かったらしく、立ち上がった瞬間にバランスを崩してすべり落ちてしまった。


「苦労して乗せたのに……マモちゃん、もっと落ちないように立ち上がるとか出来ないの」


 恵子の無茶な要求に俺は首を左右に振って『NO』の意思を示す。

 どんなにゆっくり立ち上がっても、頭と尻尾の重量が同じじゃない以上、あの乗せ方では絶対に崩れる。

 ティラノサウルス科の恐竜は、重い頭と太くて長い尻尾で前後の重量バランスを取っていたと言われているが生物である以上、前後の重量の完全なシンメトリーはありえない。


「横に積むのがダメなら股を支点にして縦方向に積んだらどうかしら?」


 横積がダメなら、背負うように縦方向に乗せてみたらどうかとアイリスが提案して来る。

 確かに、脊椎動物の骨格は基本的に左右対称なので背負うように乗せればバランスはとれるかもしれない。


「いや背負わせたらバランス取りやすいのは私も判るんだけど、そうなると手が足りないのよ」


 人並外れた怪力を持つ恵子とミ・ミカの二人も、体重2.5トンもあるグレンゴンを持ち上げるのは無理なので二人がかりで引っ張って死体を移動させた。

引きずって移動させる都合上、背負わせようとすると後ろ足が引っかかってしまうので横積せざる得なかったらしい。

 恵子曰く、アイリスの提案した背負わせる乗せ方をするなら死体を引っ張る二人プラス、片方の後ろ足を持ちあげて俺の背中をまたがせる3人目が必要になるとのことだ。


「ソーリー。どうやって背負わせるかまでは考えてなかったわ」

「足だけなら何とか他のメンバーで持ち上げられないかねえ」

「インポッシブル。全身を引っ張ることに比べれば軽いですが、ゴルゴサウルスの太い脚は片足だけでも300キロくらいはありそうです。無理に持ち上げようとすれば怪我します」


 片足だけで300キロか、肉体強化の魔法が使えない人間が持ち上げるにはちょっと無理な重量だ。

 ちなみにハ・マナとハ・ルオの姉妹は、魔道具が強力な自然属性の魔法を使うことに特化した作りになっているため、肉体強化魔法はミ・ミカの5分の1程度の出力でしか使えないらしい。


「とはいえ、五日間死体を見張って野宿し続けるのもイヤだからな。ダメ元で、俺達に出来ることを総当たりで考えてみようぜ」


 昨日、所持品を総当たりで探してハ・マナの治療薬を探し出したことを思い出したのか、牙門が可能性を総当たりで検討することを提案する。


「総当たりねえ……」


 俺はここに居るメンバーの出来ることを、一人ずつ思い浮かべる。

 

①牙門十字→弓が使える。肉体強化魔法は使えない。

②アイリス・オスカー→怪我や病気の治療が出来る。肉体強化魔法は使えない。

③ハ・マナ→風魔法が使える。肉体強化魔法は使えるが強度が低い。

④ハ・ルオ→毒魔法が使える。肉体強化魔法は使えるが強度が低い。

⑤ミ・ミカ→獣魔法が使える。肉体強化魔法を高い強度で使える。

⑥天原恵子→火魔法・ゴースト魔法が使える。肉体強化魔法を高い強度で使える。

⑦天原衛→変身魔法が使える。肉体強化魔法が使える。


 んッ!?

 不意に俺の頭に、グレンゴン死体を安定した状態で背中に乗せる方法が思い浮かぶ。

 ただ、それをみんなに伝えるには一度人間に戻る必要がある。

 人間に戻る方法は変身を維持するために必要な魔力を使い切ること。

 そして、魔力を使い切るには威力の高い魔法を使うのが一番手っ取り早い。

 キュウベエの血をすすった時には、キュウベエの右腕の寄生しているノウウジのDNAデータまでコピーすることが出来なかった。

 しかし、今回俺が肉を食らったのはキュウベエのような特殊なマジンではなく、まぎれもなく竜・火の魔法属性をマモノ、グレンゴンだ。やろうと思えばグレンゴンの持つもう一つの力も使えるかもしれない。

 俺は魔力器官に宿った火属性の力に呼びかけて魔力を練る。

 上手くいきそうだ。

 俺のイメージ通りに口内に紅蓮の炎が沸き上がってくるのを感じた。

 口蓋を空に向けて俺はありったけ威力で、空中にカエンホウシャを放つ。

 俺の口から放たれた炎が空を紅蓮に染め上げた。


「ちょっと、マモちゃんいきなり何するのよ!?」


 突然空に向けてカエンホウシャを放った俺の奇行に、皆が動揺する中、俺の身体は急速に萎んでゆく。

 大魔法を使ったことで細胞内の魔力が枯渇して、変身魔法が解けたのだ。

 残ったのは一見水たまりのように見える銀色のドロドロしたスライム状の物体。

 これが変身魔法を一切使っていないときの俺、天原衛の真の姿だ。

 この姿になると、いやでも自分が人間を止めてマジンになってしまったんだと意識させられる。

 ただ、俺も変身魔法の使い方について練習し多少は使いこなせるようになった。

 俺は人間、天原衛の姿をイメージしながら魔力器官が生み出す魔力を全身の細胞に行き渡らせる。

 普段の姿に変身するのは簡単だ。

 俺は、カガミドロと天原衛という人間が融合して生まれたマジン。

 だから、天原衛になるだけなら他のマモノから遺伝子情報をもらわなくても変身できる。


「………」


 沈黙がその場を支配する。

 俺が泥から人間の姿になったのがそんなに珍しいのか、その場にいる誰一人として言葉を発しようとしない。


「なに驚いてるんだよ? 俺の顔なんていい加減見飽きてるだろ」


 俺がそういうと恵子がオオカミの姿のまま俺の元に突っ込んでくる。

 

「ええッ!?」


 俺は脇腹に巨大オオカミの頭突きをくらい盛大に吹っ飛ばされた。

 恵子は人間の姿に変身しながら、吹っ飛ばされた俺の元に駆け寄って来る。


「マモちゃんの変態ッ!! 女の子だっているのに全裸晒すとか何考えてるのよ!?」


 恵子は倒れた俺に馬乗りになって強い語気でまくしたてる。

 服を着ていたら、襟首をつかまれていそうな剣幕だが、幸か不幸か俺は全裸だ。


「あ~、確かにそればマズかったかもな」


 恵子と牙門には、全裸をさらすのが当たり前になっていたので人前で全裸になるのに抵抗が無くなっていたが、ミ・ミカ達は見た目通り十代の少女だ。

 ちょっと、デリカシーが無さ過ぎたかもしれない。

 しかし、怒っているとはいえ平然とマウントポジション取って来る恵子もけっこうマヒしているなあ。


「恵子さ~ん」

「なによ、変態」

「いいのか、お前の尻に俺のいちもつが当たってるぞ」

「ちょッ!?!?」


 恵子は、耳まで真っ赤になって慌てて立ち上がった。

 うーん、かわいい。

 こういう、十代の少女っぽい反応を見せられると思わず抱きしめたくなってしまうが、本当にやるとぶん殴られそうなので自重する。


「いい考えを思いついたんだけど、伝えるには人間に戻らないと無理だからカエンホウシャで変身解いたんだ」

「わかったから。とにかく前隠してよ」

「いや、俺の服が脱ぎ捨ててあるのあっちだし」

「もう、なんなのよッ!」


 俺がさっきまで立っていた場所を指差すと、恵子は真っ赤な顔のまま俺の服を取りに行った。

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