第26話 魔導具の使用には大きなリスクがあります

――天原衛


『姉さんを助けてくれて、ありがとうございますッ!』

『ハ・マナを助けてくれて、本当にありがとうございますッ!』


 ミ・ミカと、ハ・ルオの二人がアイリスに手を合わせている。

 ウルクの文化で合掌は、日本人のお辞儀と同じで相手への敬意を表す動作だ。

 喋っているのがウルク語なので何を言っているのか分からないが、とりあえずお礼を言っているのは間違いないだろう。

 アイリスが、ミ・ミカ達に対して『はい』と『ありがとう』の2単語で上手くコミュニケーションを取っている横で、俺と牙門は夕飯の支度をしていた。

 メニューは持ち込んだコメと水をたっぷり使ったお粥だ。

 ハ・マナほどではないだろうが、ミ・ミカとハ・ルオもエネルギーを大きく消耗している可能性が高いから消化しやすいものを食べさせた方がいいというアイリスの指示でお粥を作ることになった。


『あの~、ご飯の支度手伝いましょうか?』


 横になっていたハ・マナが上半身を起こして何やら話しかけてくる。

 おそらく意識を取り戻したので晩飯の支度を手伝おうかと言っているのだろうが、恵子が問答無用でハ・マナを寝かせる。


『ハ・マナは今日のMVPなんだから、私が一番偉いんだって顔して寝てなさい』


 ハ・マナを寝かしつけて、炊事の手伝いに来た恵子になにを言ったのか聞いてみる。


「今日一番活躍したのはハ・マナなんだから、堂々と寝てろって言ったのよ」

「確かに、今日のMVPは彼女だな」


 牙門の言葉に俺も無言で頷く。

 ハ・マナは、後先考えずに大魔法を使うことによって真っ先に気絶してしまったが、彼女がその選択をしなければここに居るメンバーのうち何人かは間違いなく死んでいただろう。

 その後の戦闘で恵子達がどれだけ活躍したかは関係ない。

 グレンゴンの奇襲からの火炎放射と、ハ・マナの風魔法による迎撃。

 あの最初の攻防が、俺達の生死を分けた最大の山場だった。


「しかし、魔導具ですか……このことを本国に報告するのはすごくウォーリーね」


 グレンゴンを倒した恵子から、ようやく俺はミ・ミカ達がマジンではなく普通の人間であること、魔法を使うためにマモノから採取した魔力器官を加工して作った魔導具と呼ばれる道具を使っている事実を聞かされた。


「そんなに魔導具って重要? 正直、性能はピンキリだし、普通の人間が魔法を使うのはリスクも大きいからマジンやマモノの方が強いわよ」

「単純な強さならそうかもしれないけど、0.1%なんて奇跡みたいな確率で生まれるヒーローじゃなくても魔法が使えるのが重大なんだよ」


 アイリスが心配しているのは、アメリカが魔導具の存在を知ったら間違いなくそれを軍事利用しようと画策するからだ。

 アメリカだけじゃない、日本政府も魔導具を兵器転用することを考えるだろうし。

 極端な話、魔導具の存在を知れば地球上の全ての国家が魔法を利用して自国の軍隊を強化しようとするだろう。

 そのくらい、誰でも魔法の使える便利な道具は無限の可能性を秘めているのだ。


「一番心配なのは知識の無い地球人が魔導具を使って使用者が死んでしまうことです。恵子の言う通り魔導具の使用には大きなリスクがあります」

「リスクって、低血糖症のことか? ハ・ルオの様子を見る限り気を付けて使えば大丈夫そうだぞ」


 低血糖症に陥らないために、普段は戦う前にエネルギー変換効率の高いブドウ糖と生理食塩水の混合液でドーピングするという話を聞いた時にはびっくりしたが、別に危険な薬品を投与しているわけではないのでその程度の対策で低血糖症を予防できるなら問題無い気がする。


「魔導具は糖ではなく人間が代謝活動によって作ったエネルギーそのものを魔力に変換していると聞きました。これは非常にリスキーです。糖をミトコンドリアが分解して作ったエネルギーは人間の生命維持に必要なエネルギーの最終形なので、仮にそれを全て魔力に変換してしまったら生物は即座に餓死してしまいます」

「えっ、餓死!? だって、普通に食事して胃の中に食い物が入っている状態で餓死なんてありえないだろ」


 普通餓死といえば、飢饉が起こって何か月もろく食事を取れなかった人が飢えて死ぬというイメージがある。

 普通に食事を取っている人間が、いきなり餓死するなんてとても想像できない。


「人間は基礎代謝があるので、基礎代謝を維持するために必要なエネルギーが無ければ餓死します。衛は意識していないと思いますが、人間は食べ物を消化するためにもエネルギーが必要なんですよ」

「えーっと、人間は食べ物を消化吸収する行為にもエネルギーを使ってるから、胃や腸を動かすためのエネルギーが足りなくなったら消化吸収が止まって餓死するってことか?」

「イグザクトリーッ!! 衛は物分かりがいいので助かります」


 エネルギーを魔力に変換する魔導具は、人間の生命維持に必要なエネルギーを根こそぎ奪ってしまう危険があるってことか。

 アイリスの話を聞く限り、魔導具は扱いに相当気を使わなければならない代物のようだ。


「幸い、ミ・ミカさん達は魔導具の特性をきちんと理解して使っているようです。怖いのは、やっぱり地球人が魔導具を手にしたときですね」


 俺は、アイリスがミ・ミカ達に振る舞う料理としてお粥を作る様に指示した理由を理解した。

 ミ・ミカ達は戦闘で魔法を使うことで、食べ物を消化吸収するために必要なエネルギーが不足している可能性があるから消化に良いものを食べさせる必要あるということか。

 結局、この日はこの場所で野営をして、グレンゴンの死体を街に持ち帰るのは明日にやろうということで話はまとまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る