第23話 恵子、後ろは任せます。

――天原恵子


 マモちゃんがハ・マナを担いで丘を駆け降りていく。

 やっぱりマモちゃんと牙門さんは頼りになる。

 非戦闘員であるアイリスと、戦闘不能になったハ・マナをこの場から退避させるという、この状況における最優先事項をきっちりこなしてくれた。

 やっぱり元自衛官だからだろう。鉄火場において生き延びるために一番必要な行動がなんなのかを瞬時に判断して行動に移してくれる。


「ワンッ!! ワンワンッ!」


 私は吠え立てて、グレンゴンを威嚇する。

 しかし、マモノ形態だと話せなくなるのがもどかしい。

 マモノ形態は、肉体は強靭になるし、魔法も人間形態の時より遥かに強力なものが使えるが、変身によって声帯までオオカミになって人間の言葉を離せなくなるのはパーティバトルでは大きな欠点だ。


『後でお兄さんにお礼を言わせてください。恵子、後ろは任せます。ハ・ルオ、私と恵子が足止めするのでテイルスイングが届く距離には絶対に近づかないでください』


 私のもどかしさを察したかのように、ミ・ミカが隣に立って指揮を執ってくれる。

 状況判断は正しいみたいだし、今回はミ・ミカの指示に従って戦うことにしよう。

 ハ・マナに奇襲を妨害されたグレンゴンは、再び口の中に炎を溜めて2回目の火炎放射を放とうとしてくる。

 広範囲を薙ぎ払える火炎放射は複数の敵を同時に攻撃するのに非常に効果的だ。

 しかし、その真価を発揮するのはさっきのように奇襲をかけたときだけ。

 放つために足を止めなければならない大魔法は、来ると判っていればいくらでも対策することができる。

 すでに、ハ・ルオは火炎放射の攻撃範囲を見切りグレンゴンの側面に向けて走りながら、弓に矢をつがえようとしている。

 そんな動きを気にせぬとばかりに、グレンゴンは私達に向けて2発目の炎を吹き付けた。


「わおおおんッ!」


 私は雄叫びをあげながら対抗する魔法を発動させる。

 そして、私の突撃に連動するようにミ・ミカも動いた。


 火魔法≪カエンホウシャ≫

 火魔法≪カエングルマ≫


 私はカエンホウシャの噴出口であるグレンゴンの口に向かって炎をまとって突撃する。

 正面に吹き付けるはずだった火炎放射の噴出を物理的にふさがれたことによって、グレンゴンは自分の顔面にカエンホウシャの炎を浴びることになった。


「ギィアアアアアアア!」


 グレンゴンは悲鳴のような甲高い声をあげる。

 悲鳴のように聞こえるがあの声は悲鳴ではない、私を威嚇するための咆哮だ。

 グレンゴンの原種となるゴルゴサウルスは「ギャーギャーッ!」と甲高い声で敵を威嚇する。

 映画でしか恐竜を知らない人はイメージと違うと思うかもしれないが、同じ獣脚類の恐竜である鳥類とゴルゴサウルスは身体の作りに共通点が多いので、必然的に声も鳥類と似通ってくる。

 そもそも、火属性のマモノがカエンホウシャを自分の顔に浴びたとしても大したダメージにはならない。

 私の突撃は、カエンホウシャを潰すと同時にグレンゴンの注意を私に引き付けるための陽動だ。

 本命は……。


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


 私をブラインドにして懐に潜り込んだミ・ミカが魔法を発動させる。

 彼女は飛び上がって人間の身体で一番固い部位、肘をグレンゴンの胸板に叩きつける。

 なんの工夫もない運動エネルギーを叩きつけるだけの攻撃。

 しかし、下から突き上げる強力な打撃をくらったグレンゴンの巨体が一瞬宙に浮きあがる。

 浮き上がった高さはほんの10センチ程度だったが、なにしろ体重2.5トンの巨体だ。

 着地の衝撃の吸収と、転倒を防ぐために両足を大きく広げて踏ん張ったグレンゴンの動きは完全に止まった。


『動きが止まったッ!!』


 毒魔法≪テトロドトキシン≫


 ハ・ルオが持つ魔導具『トビサソリ』は弓の中心に毒属性のマモノの魔力器官を取り付けた作りになっていて、放った矢に強力な毒魔法の効果を付与することが出来る。

 矢はグレンゴンの首筋に命中しヤジリから強力な神経毒が体内に注入される。


『あの巨体では一発では倒せません。倒れるまで何発でも撃ち込むので、もう一度動きを止めてください』


 もう一度動きを止めろか。

 身勝手な要求に聞こえるが、あの巨大なマモノを殺すにはハ・ルオの使う毒魔法を使うのが一番効果的だ。

 だから彼女の状況判断は正しい。

 私達がすべきは全力で身体を張り毒矢を撃ち込む隙を生み出すことだ。

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