第22話 すぐ逃げろッ!! マモノはすぐそばで俺達のことを監視してるぞッ!!
――天原衛
首尾よくマーキング痕を探すことが出来て俺は安堵のため息をつく。
自分で縄張りを主張するマーキング痕を探せと言ったものの、こんな広い森の中でこんなに簡単に痕跡が見つかるとは思っていなかった。
「で、マモちゃん。ナワバリの特定は出来たけどここからどうすればいいかな?」
「恵子の鼻なら、フンの匂いからマモノの痕跡を追うことが出来ないかな、ほら警察犬が良くやるだろハンカチの匂いを頼りに失踪した女の子を探すやつ」
「えーッ! あの悪臭をこんな近くで嗅ぐの!? 正直鼻が曲りそうなほど臭いんだけど。マモちゃんだってクマに変身できるんだから手伝ってよ」
緊急時にマモノに変身して応戦できるように俺は冷凍したキュウベエの血を冷凍保存したものを持ってきている。
「冷凍保存したキュウベエの血は50CCしかないんだよ。一回変身したら後が無いんだから身に危険が迫ってない状況で使えないだろ」
「チッ!!」
恵子は俺に聞こえるように大きく舌打ちしてオオカミの姿に変身する。
その間に、俺は今追っているマモノ、グレンゴンの生態について考察する。
一番の手掛りになるのは木の幹の側で捨て置かれているスミロドンの死体だ。
火炎放射を浴びたらしく全身の毛皮が焼け焦げ、柔らかいハラワタだけが食われている。
おそらく、あのスミロドンはグレンゴンの縄張りを侵したので襲われたのだろう。
だとすれば、グレンゴンは自身の縄張りを侵す外敵に激しい攻撃性見せると予測できる。
次に、考えるの狩りのやり方だ。
一口にプレデターと言っても、狩りのやり方は追跡型と待ち伏せ型に分けられる。
オオカミのように群れで逃げる獲物を追い詰めて、逃げ疲れたところを仕留めるのが追跡型。
ライオンのように茂みに隠れて獲物が来るのを待ち、獲物が近づいてきたら奇襲して一撃で仕留めるのが待ち伏せ型だ。
グレンゴンはどうだろう?
「まず間違いなく待ち伏せ型だよな」
体長8メートル、体重2.5トンの巨体で獲物を長時間追跡ができるとは思えない。
その代わり、その巨体で奇襲を仕掛ければ一撃で獲物に致命傷を与えることが出来るだろう。
火の魔法が使えるならなおさらだ。
おそらく、目の前に転がっているスミロドンも不意打ちで火炎放射をくらい一撃で戦闘不能にされたのだろう。
「あれ!?」
俺は恐るべき事実に気づき、背筋に凍るような冷たい汗が流れるのを感じる。
待ち伏せ型の狩り。
縄張りを侵す外敵に対する強い攻撃性。
火炎放射を使った奇襲。
「ワンッ! ワン、ワン、ワン、ワンッ!!」
マーキングの匂いを嗅いだ恵子が突然けたたましい勢いで吠え声を発する。
その吠え声の意味は、危険、注意、警戒。
「すぐ逃げろッ!! マモノはすぐそばで俺達のことを監視してるぞッ!!」
俺がそう叫ぶのとほぼ同時に、グレンゴンが俺の真正面にある茂みの中から飛び出してきた。
半開きになった口の中には、今にもあふれだしそうな紅蓮の炎が渦巻いている。
このまま火炎放射を浴びせられたら炎に耐性のある恵子以外は即死しかねない。
無警戒にプレデターの縄張りに入り込む。
それがどれほど危険なことなのか認識していなかった俺のミスだ。
火魔法≪カエンホウシャ≫
風魔法≪ボウフウ≫
グレンゴンの口から噴き出た紅蓮の炎は、ほぼ同時に発生した猛烈な暴風によってかき消された。
これは風魔法。
カゲトラが居ないのに誰がと思い周囲を見渡すと、ナギナタを持った少女ハ・マナが膝をついてその場にハアハアと肩で荒い息をしていた。
『ミ・ミカ、あとは頼みます』
彼女は小さな声で一言つぶやいてその場に崩れ落ちる。
おそらく大きな魔法を使った反動で体力を使い果たしたのだろう。
だが、後先を考えない彼女の献身のおかげで俺達の命は首の皮一枚でつながった。
俺は、その献身に答えなければならない。
「牙門ッ! アイリスを担いで全力で逃げろ。ハ・マナさんは俺が運ぶ」
「応ッ!!」
俺達がやるべきことは、非戦闘員を一秒でも早くこの戦場から遠ざけることだ。
牙門はアイリスを米俵のように担ぎ上げると、全速力で丘を駆け降りる。
俺もハ・マナを右肩に担ぎ上げる。
お姫様抱っこでもすればカッコいいのかもしれないが、人を担いて全力疾走することを考えると肩に乗せて担ぎ上げないと安定して走るのが難しい。
恵子の方にチラリと目を向けると、彼女は早く行けと言わんばかりにワンワンッ!と激しく吠え立てる。
恵子は大丈夫だ。
火属性同士のぶつかり合いならあいつは絶対に負けない。
俺は恵子の咆哮に背中を押されながら、丘を全力疾走で駆け降りるのだった。
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