第21話 ここまで近づけばミ・ミカにも判るんじゃないかな
――ミ・ミカ
オオカミに変身したケイコを先頭に私達は深い森の中を進んでいく。
森と言っても平坦な道に気が生い茂っているわけではない。
地形は小さな丘が連なる丘陵地帯で、下草の生い茂る藪の中を登ったり降りたりという行程は野外探索に慣れたハンターでも三日も歩けば根をあげるほど険しい道のりだ。
実際、恵子の故郷から同行してきたという金髪碧眼の女性アイリスと、私の仲間である弓使いのハ・ルオは額から滝のような汗を流してかなり辛そうな顔をしている。
一番後ろでパーティー全体の様子を見ていた衛さんは、脱落者が出そうなことに気づいたのか、パンパンと手を叩いて全員に声をかける。
言葉が判らないので、何を言っているのか正確には判らないがおそらく休憩しろとでも言っているのだろう。
衛さんの、呼びかけを聞いて恵子はオオカミの姿から人間の姿に変身する。
『たっ、助かりました~』
休憩の宣言が出て、アイリスとハ・ルオがペタンとその場にへたり込む。
アイリスさんの方は判らないが、ハ・ルオの方はトレーニング不足というわけではない。
単純に他のメンバーより荷物が重いのだ。
ハ・ルオの武器は弓矢なので矢筒と矢を持参しなくてはならない。
彼女の体格には見合わないほど大きな矢筒に30本も矢を入れているので重量だって当然かさむ。
ちなみに同じ弓使いと思しき牙門さんは、矢を10本ほどしか携帯していない。
仲間の悪口は言いたくないが、丘陵地帯を歩き回ることを考えたら荷物の重さを必要最低限に減らすという牙門さんの選択の方が正解だと思う。
『ケイコ、頼り切りで悪いのですがマモノの痕跡は見つかりそうですか?』
『マモノのマーキング痕か判らないけど、隣の丘から変な匂い……ぶっちゃけ鼻が曲りそうなほどクサイ匂いがするからそこに向かっているの。ここまで近づけばミ・ミカにも判るんじゃないかな』
『私にもわかるか……』
私は両手の拳を握り、目をつぶって静かに集中する。
目をつぶることで身体の中の魔力の流れが把握しやすくなるのだ。
私はケイコのようなマジンではない、普通の人間だ。
だから、私が魔法を使うためには魔導具の力を借りる必要がある。
魔導具とは、マモノから取り出した魔力器官を素材に作り出した特殊な道具で、使用者のエネルギーを魔導具に吸わせることでマジンではない普通の人間でも魔法を使えるようになる。
私の魔導具は、腰に巻いた力帯『エンマ』。
魔力器官は帯の両端に取りつけた黒い球体で、獣属性マモノから取り出したものを取り付けている。
使える魔法が獣属性オンリーなので派手な魔法は使えないが、他の魔道具に比べて肉体強化の強度が高いのと燃費がいいのが特徴だ。
エンマを通じて流れ込んでくる魔力を自分の脳、もっと正確にいうと嗅覚をつかさどる嗅神経に流し込む。
『クサッ!? なにこれ何が腐ってるの、まるでトイレか腐った生ごみみたいな匂いがする』
私はたまらず魔法を中止し、嗅覚を通常の状態に復帰させる。
『ね、すっごく怪しいでしょ』
ケイコの言葉に私は無言でコクコクと頷いた。
軽い休憩と給水で息を整えた私達は、恵子が怪しいと見込んだ隣の丘を目指す。
丘陵地帯とはいえ高い山を登っているわけではない。
目指すポイントに到着するのにそれほど時間はかからなかった。
目的地で私達を待っていたのは――。
「すごい量のフンだな。樹の幹真っ白じゃねえか」
大量のフンを振りかけられて半分真っ白になったクリの木と、木の根元で息絶えているガルムの死体だった。
ガルムの死体は頭から炎を浴びたせいで全身の毛が黒く焼け焦げ、お腹の柔らかい部分だけが食われて息絶えていた。
「アメージングッ!! これスミロドンの死体とゴルゴサウルスのフンよね。すごい、フンの中に消化しきれなくて排泄された骨のかけらが混じっています」
恵子に同行していたアイリスさんが、歓声をあげる。
竜のフンの何がそんなに面白いのかわからないが、彼女が物おじせずフン中に混じった骨のかけらを拾い上げてニコニコ顔で眺めている。
『しかし、本当にマーキング痕みつかった。恵子ありがとうございますッ! 恵子達が居なかったら私達、いつまでも無意味に森の中をぐるぐる歩き回ってるところでした』
『私が言えた義理じゃないけど、もっとマモノの原種の生態についてお勉強をすることね』
返す言葉もない。
大半のマモノは、マモノ化したあとも生態そのものは原種のものを引継いでいる。
原種の生態について知っていれば、マモノ退治にも応用できるというのは当然の話だ。
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