第20話 恵子、マーキング痕探し頼めるか?
――天原衛
「彼女達が帰るときに道案内をしてもらうか、いいんじゃないか現状では他に選択肢はないだろ」
「俺も衛と同意見だ。急ぎの用事があるわけじゃないし、彼女達に付き合っても問題はないだろう」
状況的に他に選択肢はないと判断した俺と牙門は、ミ・ミカという女の子の提案を飲むことにした。
「私も基本的にはOKなんだけど、一つ気になることがあるわ。彼女達がウルクに帰るのは何時になるの?」
唯一アイリスはミ・ミカに着いて行くことへの不安を口にする。
なにしろ、彼女達が森での用事を済ますまで俺達も森で野宿を続けないといけない。
「森での用事、マモノ退治が終わったら一緒に帰る事になるだろうな」
あとは森での探索で成果を得られず、野宿する体力が尽きた時になると思うが彼女達がどのくらい粘るつもりなのか正直想像がつかない。
「あのミ・ミカって女の子。マモノが見つからなかった場合、どのくらい粘ると思う」
「一週間くらいは普通に粘るんじゃない。ああ見えて、ミ・ミカ達は全員はウルクでもトップ10に入る優秀なマモノハンターだから」
「それは……なんというか意外だな」
見た感じ年長の二人は女子高生くらい。最年少のミ・ミカに至っては、小学生くらいに見える。
もっとも、目の前の恵子がいい例だがマジンは見た目と実年齢が全く違うのが当たり前なので、彼女達もマジンなのかもしれない。
「しかし、一週間かあ……なら、さっさとマモノ退治してウルクに行きたいところだな」
「そう簡単にいかないわよ。ウルクの北側に広がる森林地帯は北海道より広いのよ、マモノ退治と言ったって砂漠の中にある宝石一つを探し出すようなものよ」
「宝石は動かないから探しようがないが、今探してるマモノはキュウベエみたいに人が放牧してる家畜を襲ったんだよな」
「じゃあ、また家畜を襲いに来たところを待ち伏せるのが有効?」
恵子が顎に人差し指をあてて、マモノを探し出すための作戦を思案する。
「北海道ではそれをやったけど、5年間キュウベエを見つけることさえ出来なかったんだよ。ウルクでどんな風に家畜を育てているか知らないが、どの牧場を襲うか判っていないのに待ち伏せしても宝くじに当たる並みの幸運がないとマモノに出会えないで終わるぞ」
「じゃあ、マモちゃんはどうすればいいって言うのよ?」
自身のアイディアを論破された恵子が声を荒げる。
ちらりと、ミ・ミカ達の方に目を向けると目を細めてジーとこちらの様子を伺っている。
どうやら、喧嘩してると思われているようだ。
「とりあえず、ミ・ミカ達に現状どんな風に獲物を探してるか話を聞きたい。恵子、通訳頼むぞ」
「通訳するのはいいけど、みんなウルク語で『初めまして、こんにちは』くらいは言いなさいよ」
恵子の言う通り、いくら通訳を通すと言っても挨拶くらいは自分の口で言った方がいいだろう。
俺達は事前に恵子からウルク語の『はい』、『いいえ』、『おいしい』、『こんにちは』の4単語だけは教えてもらった。
乱暴な話だが、たとえ言葉が通じなくてもこれだけ判っていれば、ある程度の意思疎通は出来る。
『初めまして、こんにちは』
『こちらこそ、初めましてよろしくお願いします』
俺、牙門、アイリスの3人がウルク語で挨拶しながらお辞儀をすると、心なしかミ・ミカは挨拶をしながら両手を合わせて合掌のポーズを取る。
おそらく、あの合掌は日本人のお辞儀と同じで相手に敬意を示す動作なのだろう。
それから、恵子はミ・ミカとウルク語でゴニョゴニョと話を始める。
「えっと、ミ・ミカからどうやってマモノを追っているのか聞いてみたら。家畜を襲った現場にマモノの足跡が残っていてそれを追っているんだって」
『もっとも~、追いかけていた足跡は途中で消えちゃったんだけどね』
「ただ、追いかけていた足跡は途中で消えちゃったんだって」
マジかこいつら――俺は「お前らバカだろ」と言いたくなる衝動を喉元で抑え込み大きく息を吐いた。
「典型的なバックトラックじゃねえか」
バックトラックとは、動物が敵の追跡から逃れるために自らの足跡を踏みながら後退し、その途中で別方向へ跳ぶなどの行為のことだ。
間違いない、ミ・ミカ達はマモノのバックトラックに引っかかって明後日の方角で捜索を続けていたのだ。
俺は、恵子にそのことを伝えてミ・ミカ達にバックトラックに引っかかっていた可能性が高いことを伝えてもらる。
それを聞いた途端、ミ・ミカ達は口を半開きにして唖然とした表情を見せた。
『じゃあ、ここ二日ばかりの追跡は完全な無駄足だったってことですか?』
恵子の通訳越しで聞かれたミ・ミカの問いに俺は『はい』と答えるしかなかった。
『じゃ、じゃあ、いまから足跡が途切れたところに戻って周囲にある別の足跡を探すしか』
『も~う二日も経ってるから、そんなもの消えちゃってるわよ』
ハ・マナとハ・ルオの姉妹がわたわたと相談しているが妙案が出てくる気配はない。
『あの、恵子のお兄さんはマモノのことに詳しいみたいなので何かいいアイディアが無いか聞いてもらえないでしょうか』
ミ・ミカに相談を受けた俺は特に断る理由もないので『はい』と即答する。
「プレデターを追うための基本は、獲物の縄張りを特定することだ。あいつらは必ず自分の仲間や他の肉食動物対してここは自分の縄張りだと主張するためのマーキングをする」
犬が電柱におしっこをかけたり、クマが木の幹に自分の身体を擦り付けるのは、自分の縄張りを主張するためのマーキングだ。
「ちなみに、今追ってるマモノはどんな奴なんだ」
『今回、追っているのはキバゴンがマモノ化したグレンゴンです』
「№39592。グレンゴンのことについて教えて」
ミ・ミカかからマモノの名前を聞かされた恵子はオモイイシを取り出してグレンゴンのことについて質問すると、オモイイシがレーザーで立体映像を作り見慣れた肉食恐竜の姿が露わになる。
ただ、俺達の知識と大きく違う点は、この肉食恐竜ダチョウのような羽毛で全身が覆われている。
「グレンゴン。生体:マモノ、原種:キバゴン。属性:竜・火。推定体長8メートル。推定体重2.5トン。口から火炎放射を行うほか、尾に炎をまとわせた攻撃も得意とする凶暴な肉食竜」
「へえ、ティラノサウルスって羽毛が生えてたのかこれって大発見なんじゃないか」
感心したようにうなずく牙門を俺はジト目でにらむ。
居るんだよな、肉食恐竜は全部ティラノサウルスだと思ってる人って、自分の戦友がそんな恐竜に興味のないタイプだったことが正直悲しい。
「ノー、これはティラノサウスじゃなくてゴルゴサウルスかナヌークサウルスよ。暮らしていた地域が寒いところだったから気候に適応して羽毛を生やしたのよ」
「アイリスが正解。キバゴンの原種はこの辺りには住んでいないわ。北の方にある山岳地帯とかの寒い地域を生息地にしてるはずなんだけど」
「そんな奴がなんで、ウルクまで来てるんだ」
「マモノって魔力器官のせいで肉体が老化しない不老の存在になっているの。だから、最初は群れに属していても群の仲間はどんどん寿命で死んで行って最終的には自分だけになる。そうなったら、多分地球人も同じだと思うけど」
「知り合いが全員死んで1人になったら、1人で勝手気ままに行動するようになるわけか」
マモノになり、仲間も全部死んで、勝手気ままに行動し続けた結果ウルクにたどり着いたってことか。
「こういう本来の生息地から離れた場所に現れたマモノをウルクでは『渡り』と呼んでいるわ」
「しかし、相手は恐竜か、正直恐竜なんて狩ったことないぞ」
「大丈夫よ、マモちゃん。相手は恐竜じゃなく、あくまでプレデターだと考えればいい。プレデターの行動って獲物を狩るために最適化されているから種類が違っても割と似通ってるじゃない」
「確かにそうだな。なら、とりあえず縄張りを主張するマーキング痕を探すか」
『マーキング痕を探すと言ってもどうするんですか? 私達、森に入って三日目ですがそれらしきものは発見できなかったのですが』
いきなりマーキング痕を探すという、想像もしていなかったことを言われミ・ミカは不安そうな表情を浮かべる。
「それは――恵子、マーキング痕探し頼めるか?」
「任せなさい」
そういうと、恵子はオオカミの姿に変身する。
恵子が変身するオオカミは地球では絶滅してしまった巨大オオカミ、ダイヤウルフによく似た姿をしている。
嗅覚の鋭さは、犬やオオカミと同等のレベルで異臭があればそれが遠方であっても嗅ぎ分けることが可能だ。
『そうか匂いで探すんですね』
恵子がコクエンに変身したのを見て、ミ・ミカはなにか合点がいったのか目をキラキラさせている。
「恵子、これは俺の勘だがグレンゴンは多分フンでマーキングをしている。獣脚類の恐竜の排泄期器官は多分鳥と同じ構造になってるから。鳥に似た白いフンを木の幹とかにぶちまけてるはずだ」
「わおおおおおんッ!!」
恵子は了解したと言わんばかりに、大きな遠吠えを森の中に響かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます