第19話 その声はコクエンッ!? 生きてたんですか

――天原恵子


 声をかけると3人の少女たちがパッとこちらの方に振り向いた。

 少女たちは3人とも、前開きの和服風の衣装に腰帯でまとめて下半身に袴を履くというハイカラさんスタイルの衣装を身に着けていた。

 ウルクではボタンが発明されていないので、私が普段着にしているハイカラさんスタイルが女性の標準的な服装になっている。


『その声はコクエンッ!? 生きてたんですか』


 目を見開いて大声をあげたのは三人娘の中で一番小柄な体格の少女ミ・ミカだった。

 確か今年で14歳だと聞いているが、私より身長が低いうえに動きやすさを重視して銀色の髪をこけし人形のようなショートカットにしているので実年齢以上に幼く見える。

 服装はウルクでは毎日のように目にする女性の普段着だが、変わった点があるとすれば袴の上から緋色の腰帯を絞めていることだ。

 帯の長さは痩せ型のミ・ミカの体型に見合わないほど長く、余った部分をお尻の上の部分でリボン結びにしてまとめてあり、帯の両端には黒い球体が縫い付けられている。


『ずっと帰って来ないから、てっきり死んだと思っていたわ~』

『相変わらずハ・マナはキツイわね。私はゴーストなんだから簡単に死んだりしないわよ。何があったかは後で詳しく説明するけどちょっと里帰りしてたの』


 おっとりした口調でツッコミを入れてきた少女ハ・マナは、自分の身長より大きなナギナタを携帯していた。

 ナギナタは威力より振り易さを優先して刃は比較的小ぶりで刃と束の接続部に黒い球体が光っている。

 ヘアスタイルはショートカットのミ・ミカとは対照的に赤味がかった髪を背中まで伸ばしてリボンでまとめている。


『その里帰りと、あの人達ってやっぱり関係があるんですか』

『そうだよ、ハ・ルオ。ちなみに右手の方にいる若い男の人が、私のお兄ちゃんのマモちゃん』


 ハ・マナの妹、ハ・ルオはマモちゃん達に不安げな表情で見つめていた。

 ヘアスタイルは姉と同じく、背中まで伸ばした髪をリボンでまとめるスタイルで。

 弓を使う関係上、着物の上から胸当てを身に着けている。


『あの人達は私の故郷から来た、マモちゃんと私の仕事仲間ってところかな』


 三人は、マモちゃん、牙門さん、アイリスの三人を注意深く観察する。

 無理もない。

 三人が来ている洋服はウルクの文化には存在しない服装だ。

 きっと日本人が街中でドレス姿の人を見るくらい、奇妙な格好だと思われているだろう。


『でーもー、コクエンは記憶喪失だって言ってなかった?』

『その記憶が戻ったのよ。だから、肉親に会うために故郷に帰ってたってわけ』

『記憶が戻ったならよかったじゃないですか』

『うん、よかった。おかげでまたマモちゃんと一緒に暮らせるようになったし』

『マモちゃんねえ~』


 ハ・マナがマモちゃんのことを値踏みするように凝視する。


『あと、記憶が戻ったことで本名も思い出しました! 私は恵子、天原恵子よ』

『恵子ですか……』

『よかったらこれからは恵子って呼んで欲しいな。それが私の本当の名前だから』

『判りました恵子。なんにしてもまた会えてうれしいです』


 ミ・ミカは満面の笑顔で私に抱き着いて来る。

 私はマモちゃんと一緒の生活が楽しくて浮かれてたけど、ミ・ミカ達にとって私は半年近く行方不明状態だったのだ。

 心配もしたと思うし、結構寂しい思いをさせてしまったかもしれない。


『大好きなマモちゃんと暮らせるようになったのに、な~んで恵子は戻ってきたの?』

『戻ってきた理由か……』


 それを聞かれて私は言葉に詰まる。

 日本政府からニビルがどんなところなのか調べてくれと頼まれたと言うのは簡単だが、地球という異世界の存在を安易にミ・ミカ達に話していいのかわからない。


『えっと、故郷の友達がウルクのことに興味を持ったから、私の案内で旅行することになったのよ』

『旅行ですか……』


 ミ・ミカが訝しげな視線をマモちゃん達に向ける。

 我ながら苦しい言い訳だった。

 まず前提としてニビルに観光旅行という概念は無い。

 荒野に凶悪なマモノが闊歩し、人の住む領域の大半が小規模な都市国家しかないニビルでは、気楽に景勝地に遊びに行くという発想自体が存在しないのだ。

 危険な森や荒野を超えて旅をするのは、交易品を売りさばく旅商人と、吟遊詩人、あとは戦争を仕掛けようとする他国のスパイくらいだろう。

 マズいな、おそらくミ・ミカに私達がスパイだと疑がっている。


『ちなみに恵子はどうやって私達の居場所を探し出したんですか?』

『それは完全な偶然よ。ウルクに行くための方角を調べるために、オモイイシにコウイキタンサを使わせたら一番近くにいた貴方達が引っかかったの』

『ああ、コウイキタンサは一番近くにいるオモイイシを自動的に検出するもんね』


 合点がいったと言わんばかりにハ・ルオがポンと手を叩く。


『私から言わせれば、ミ・ミカ達がこんな森の中で何をしているのか知りたいわよ』

『私達が森に入ったのは当然マモノ退治のためです。三日前に、ライドウ様のミカドがマモノの襲撃を受けて一頭焼き殺されてしまったんです。当然、その日のうちにハンター協会にマモノ退治の手配書が張り出されましたよ』

『ライドウ様の竜が焼かれたのか……そりゃ、さぞかしブチ切れてるでしょうね』


 ライドウと呼ばれた人物はウルクの有力者の一人だ。

 多くの竜を飼育していて、特にミカド、地球ではトリケラトプスと呼ばれる大型竜飼育の第一人者とみなされている。


『はい、正直近づくのすら怖いくらいの怒りようでした。ただ、報酬額も破格だったので、多くのハンターチームが森に入ってマモノ退治に動いてます』

『ゲッ!? じゃあここでまたコウイキタンサかけても……』

『まーた、別のチームのオモイイシがコウイキタンサに引っかかるかもね』


 ハ・マナの容赦ない指摘に私は唇を噛んだ。

 オモイイシのコウイキタンサに頼れない状況では、ウルクに行くどころかイディグ川にたどり着くことさえ難しい。


『じゃあ、こういうのはどうですか? 私達と同行してくれるなら、私達が帰るときにウルクへの道案内をする』

『他に選択肢は無さそうね。マモちゃん達と相談してみるわ』

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