第18話 マモちゃん。言い忘れてたけどニビルには太陽ないよ。
――天原衛
「森の奥まで行ってからゲートの位置が判らなくなったなんてことになると悲惨だからな。こうやってランドマークになりそうな場所に目印をつけておくんだ」
こうやって定期的な間隔で目印を付けておけば、道が判らなくなって帰れないという事態は避けられるはずだ。
「登山道によくある順路案内の目印ですね。衛の山の裏山にも付けたらいいのに」
「裏山は面積もたかが知れてるし、地形は全部熟知してるから要らないんだよ。こっちは、下手するとアマゾン並みの広さの森かもしれないんだぞ」
「そこまでは広くないと思うけど……ウルクまで行こうと思ったら歩いてまる二日はかかるかな」
「それって、お前が走って二日? それとも普通の人が歩いて二日?」
「それはちょっと判らないかな。私の場合、森の中で二日間デンコを追いかけ続けた結果ここにたどり着いたから」
恵子の話を聞く限り、単純に直線距離で恵子が走って二日かかるほど離れていないと思うが、俺達が普通に歩いて二日でたどり着くほどウルクは近くないと考えた方がいいだろう。
「今回の調査、やっぱりそのウルクっていう街を目指すのか」
「恵子がウルク行きの道案内を出来るっていうなら行ってみたいな、ニビルの街がどんな感じなのか見てみたいし」
「任しといてイディグ川までたどり着ければ、後は川沿いに歩けば自然とウルクに着くから」
「イディグ川?」
「この辺りで一番大きな川の名前。日本でいう一級河川って奴ね。ウルクでは川の水引いて農業をやってるから都市自体が川沿いに建設されてるの」
「川沿いに都市の建設か、洪水のリスクもあるのにまるで古代文明みたいな発想だな」
牙門が呆れたようにつぶやく。
洪水が起こるたびに自衛隊は災害救助活動に駆り出されるので、川沿いの街は危険という先入観があるのだろう。
「いや、灌漑農業は農業の基本だから」
灌漑農業は現代でもやっている。
日本の稲作だって、川から水を引いて田に水を供給する灌漑農業だ。
ダムや、長い水道を敷設できるようになった現代ではあまり川沿いに街を作ることに拘らなくなったが、パリやロンドンといったヨーロッパの古い都市は例外なく川沿いに都市が作られている。
これは川の水を引いて農業をやり、その近郊に都市を築いた時代の名残だ。
「それじゃあ今回の調査の基本方針を確認しましょう」
①調査隊の目的地は近郊都市のウルク。
②ウルクに行くためのランドマークとして、調査隊はこの辺りで一番大きな川であるイディグ川を目指す。
③その経路の途中で可能な限り、ニビルに生息する動植物のサンプルを取る。
こういう行動計画を現地に来てから決めるのは、場当たり的な気がするが上からの指示が「身の安全を確保できる範囲で周辺を調査して帰還すること」という、非常にあいまいな命令だったからだ。
まあ、ニビルに行ってみたら、大気に俺達の知らない有害物質が含まれているとか、いきなりマモノの大群に襲われる可能性もあるので、何処まで行っていつ帰るかは現場判断で決めるしかないという事情もある。
「で、川に行くにはどっちに行けばいいんだ?」
「えっと、私がデンコを探してたのはウルクの北にある森の中だったから……南の方に向かえばいいのかな」
「コンパスが使えないのが厄介だけど、太陽見れば方角がわかるだろ」
太陽は基本的に空の南側に位置しているので、太陽を背にして左側が西になるはずだ。
そう思って空を見上げた俺はとてつもない違和感を覚えた。
「あっ、あれ!?」
「マモちゃん。言い忘れてたけどニビルには太陽ないよ。だから、太陽の位置から方角を逆算するのは無理だよ」
「なんじゃ、そりゃあ!?」
恵子に言葉で違和感の正体に気づいた。
空は青く、雲もある。
しかし、この世界の空には世界を照らす星。
太陽が存在しなかった。
「太陽が存在しないってどういう事だよ!? なら、今世界を照らしてる光はどこから来てるんだ」
「そんなの私も知らないわよ。でも、多分空そのものが電灯みたいに光ってるじゃないの」
「そんなバカな!?」
地球は太陽という地球の何百倍もの大きさを持つ巨大な火の玉が発する光に照らされた面が昼になり、反対側が夜になるそれが常識だ。
空そのものが光を発しているのだとすれば……。
「ニビルには夜が無いのか?」
「夜はあるわよ。一日の半分は空が青くて、半分は真っ暗になる。でも、地球でいうところの夜明けとか夕方とかは無いかも」
「衛ッ! 恵子の言う、空が光ってるって話、多分正しいです。木の影を見てください」
アイリスに促されて木の影を見てみると、全ての木の影が電灯に照らされた屋内のように枝の真下に影を作っていた。
人間が目で物を見ることが出来るのは物質に光が当たりそれが反射されているからだ。
だから、光の当たった部分は色づいて見えて、光の当たらない部分は陰になる。
つまり、枝の真下に影があるということは……。
「光が上から垂直に降りてきている」
地球の環境に慣れた俺達は驚愕するしかないが、ニビルの照明事情は屋外でも電灯に照らされた室内とほぼ同じ状況らしい。
「あと、夜に月や星が輝くこともないわね。空は一面真っ黒になる」
それは、さぞかし夜は暗いだろう。
星も月も太陽もない空。
地球では当たり前のものが無いことに、ニビルが地球とは違いう異世界であることを強く意識させる。
「しかし、どうするんだ? 太陽もなくコンパスも効かないなら南に行くって言っても方角を確かめる方法が無いぞ」
「方角を確かめる方法はないけどウルクの場所を知る方法ならあるわよ」
そう言って恵子が取り出したのはマモノが出るときによく使うオモイイシだった。
「オモイイシには、近くにいる仲間の場所を探す能力があるの」
そう言うと恵子はオモイイシを首から外して、クラッカーでも持つように指に引っかけて吊り下げる。
「№39592。貴女が以前情報交換を行った同種で一番近くに居る者の居場所を教えてちょうだい」
恵子が自分の持つオモイイシにそう命じるとオモイイシの魔力器官が起動し石の中に魔力が溜め込まれていく。
石魔法≪コウイキタンサ≫
オモイイシから魔力と光があふれ同時にピーンッ!!と甲高い音が鳴り響いた。
『直近に存在するオモイイシの反応を検出しました。方角は南西、距離は地球単位で5キロの位置に№40394が存在しました』
それからオモイイシから南西方向を指し示すようにレーザー光線のような緑色の細い光が照射される。
「えっと、この光の伸びる方向が南西ってことか」
「そうなるわね」
「しかし、5キロって近すぎないか」
「あっ、それは俺も思った」
ここはオオカミに変身出来る恵子が二日間、探索を続けた結果たどり着いた場所だ。
いくら何でも、ここからウルクまでの直線距離が5キロというのはあまりに近すぎる。
「多分、森に入っているマモノハンターが持ってるオモイイシを検出したんだと思う。どうする? 行く?」
これは非常に悩ましい選択だ。
この光の先に行ったら、当初の想定よりも遥かに早くニビルに居る現地人と接触することになってしまう。
おまけに相手はマモノハンター。
マモノと戦うための力を持っている人間だ。
「恵子はどう思うんだ? ニビルいる現地民のことに一番詳しいのお前だ。お前が危険だと思うなら接触しない方がいいと思う」
自分達の知識では判断に出来ないと察した牙門が恵子に意見を求める。
「私は――特に危険は無いと思う。ウルクのマモノハンターなら基本私の顔見知りだし、別にマモノハンターって怖い人の集団じゃないから」
「なら、そのオモイイシが示す5キロ先に居るっていうマモノハンターに接触してみようか」
俺達はオモイイシから出るレーザー光線の出る方向に向かって歩を進める。
とはいえ、ゲートの位置が判らなくなったら本末転倒なので、目印を付ける作業をしながらのゆっくりとした前進だ。
アイリスも、森を構成する植物の種類を細かく観察して新しい樹種を見つけたらその都度サンプルを取っている。
「相手が接触しようとしてるのがマモノハンターなら、こんなにちんたら歩いていたら、向こうさんが移動して追いつけなくなるんじゃないか?」
俺達の歩みが遅いことを心配して牙門が早く移動できないか急かしてくる。
「その時は改めてオモイイシでどこに居るか探せばいいのよ。それに多分、森に入っているハンターも食べられる木の実とか薪拾いながら移動してるからあまり早く動いてはいないと思う」
マモノハンターが森を探索する場合、食料は森に落ちてる木の実や山菜を食べ、飲料水も森の中にあるイディグ川の支流から取水して飲み水の確保をするのが一般的らしい。
「水や食べ物は現地調達か。意外とリスキーな方法で山狩りするんだな」
「地球みたいに軽くて日持ちする保存食があるわけじゃないからね。森の中を三日くらい探索して成果がなければ一度街に戻るって感じでマモノの捜索をする人が多いわよ」
そんな悠長な山狩りでマモノを発見できるのか非常に疑問だが、目標の発見よりも身の安全を優先する方針なら仕方ないのかもしれない。
一時間くらい歩き続けたところで、俺達は連れ立って歩いている3人組に追いついた。
おそらく全員女性であろう3人組は大木の周りに落ちている薪として使えそうな枯れ枝を拾っていた。
「あの後ろ姿は……ミ・ミカ達のパーティーかもッ!!」
『おーいッ!! ミ・ミカ~』
3人組は恵子の顔見知りだったらしく、恵子は大声で彼女達を呼び止めるのだった。
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