第16話 おはようございます皆さん。出発に日に雨にならなくてよかったですねえ
――アイリス・オスカー
準備期間の一か月はあっという間に過ぎた。
野外活動に不慣れだった私は、毎日のように衛と一緒に山に入り山道の整備されていない山の中を汗だくになりながら駆けずり回った。
後半からは私の訓練に、衛達の交代要員となるマモノ駆除班の隊員も加わることになったのだが、急斜面だろうが岩場だろうがパルクールの選手みたいにヒョイヒョイ飛び越えて進んでいく衛について行くのは元警察官でも大変らしく、マモノ駆除班の隊員も私と同じようにハアハア息を切らしながら衛について行くことになった。
十字は、ひたすらニビルで使うコンパウンドボウの射撃練習と矢の作成練習に励んでいた。
ニビルでは軍事物資の補給を受けることは出来ないので、それを補うための準備に必死なのがヒシヒシと伝わってくる。
キビシイ訓練が続く毎日の中で癒しになったのは、恵子というキュートガールの存在だ。
戸籍上の年齢は30歳らしいが、外見が衛と同じくティーンエイジャーにしか見えないので、かわいい妹が出来たみたいな気分で接することが出来た。
生い立ちのせいで普通の子供らしい生活が一切できなかった彼女に乞われて、料理を教えたり、部屋の飾りつけ方をアドバイスしたり、一緒にテレビを見て笑う時間が疲れた心と体に『明日も頑張ろう』と思えるエネルギーを補充してくれた。
そして、約束の日がやってきた。
「おはようございます皆さん。出発に日に雨にならなくてよかったですねえ」
私達を見送るために、異世界生物対策課の課長である中島由香が自ら車を運転してオントネーに訪れた。
彼女の右手にカバーを付けて体重5キロはありそうな大きなフクロウを伴っている。
「カゲトラ、お前も来たのか。お前が見送りなんて殊勝なことするなんて意外だな」
「私は交代要員だからついでなのだ。お前等がいない間は私がゲートの監視をしてやるのだ」
由香の右手に捕まっているフクロウが突然話始めたのを見て、私は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
話には聞いていた。
異世界生物対策課にはニビルでダルチュと呼ばれているワシミミズクから進化した知的生命体が所属していると。
「お前がこっち来るのかよ。いいのか? お前が対策課のエースなんだろ」
「ゲートから侵入してきた奴が何者でも、現地にいる監視員が最低限足止め出来ないと話にならないのだ。そうなると、マジン戦力の誰かがここに留まる必要があるのだ」
しかし、実際にフクロウが言葉を発し、人間と普通に会話をしている光景は衝撃的だった。
「オー、グレイト……衛、そこにいる彼のこと紹介してくれないかしら」
人と同等の知識を持ち、人の言葉を発するフクロウ、私は腹の底から知的好奇心が沸き上がってくるのを抑えきれない。
「ああ、こいつはカゲトラって言って異世界生物対策課に所属するマジンの一人だ。あと見た目で驚くかもしれないが、ニビルではダルチュって呼ばれるカゲトラと同じ種族の知的生命体がわんさか居るらしい」
「お前が、魔法も使えないのに衛達に着いて行くと言ってるクサリクか、ご苦労なことなのだ。あと、一つ訂正がある彼じゃなくて彼女だ、私はメスだからな」
「ソーリー。あなた女性だったのね」
見た目のイメージだけで相手を男性と決めつけてしまった。
医師としては、あるまじき失態だ。
「立ち話もなんなので、皆さん車に乗ってくださいゲートまで送るので」
「荷物が多いから助かるよ。しかし、対策課ってハイエースまで持ってたんだな」
衛は由香が乗ってきた車を見て感心したようにつぶやく。
今日、由香が乗ってきたのは人も荷物もたっぷり運べる大型車のハイエースだった。
「これはレンタカーなんですよ。皆さん荷物が多いと思ったので、借りて来ました」
「中島課長、ありがとうございます。本当に助かります」
何しろ今日は、私も含めた4人全員が容量40リットルの大型バックパックにパンパンになるまで荷物を詰め込んでいる。
食料調達は現地で行うことも想定しているが、念のため三日分の水と食料を持って行こうと思ったら大荷物にならざる得ない。
当然水や食料は一食ごとに減って荷物は軽くなるが、帰りはニビルに自生している植物や動物のサンプルを持って帰る予定なのでバックパックの大容量が無駄になることは無いだろう。
私達は由香の運転する車に乗ってゲートがあるという白藤の滝に向かう。
「アイリスとかいったか。お前そんなに私のことが気になるのか?」
由香に腕カバーを貸してもらい私は滝までの道中、カゲトラと話をさせてもらうことが出来た。
「当然です。日本で、ワシミミズクから進化した知的生命体が政府機関に所属していると報告したら、私の上司も、ホワイトハウスも私に精神鑑定を受けるよう勧められました。事実、私もあなたと直接会うまで本当に存在しているのか半信半疑でした」
「まあ、地球にはクサリクしか知的生命体が居ないみたいだから、信じられないのも無理はないのだ。もっとも、飛ぶことも出来ないのに自分達のことを霊長類と名乗る愚かさには呆れるのだ」
カゲトラは空を飛べる自分達が一番偉いと言わんばかりに両翼をパタパタさせる。
「さっきから、私のことをクサリクって呼んでるけど、もしかしてニビルでホモサピエンスのことをクサリクと呼ぶんですか」
「そうなのだ。サルから進化したのがクサリク。フクロウから進化したのが私達ダルチュなのだ」
「傲慢に聞こえるかもしれないけど気にしないでください。ニビルの知的生命体は、みんな自分達が一番偉いと思っていて他種族のことを見下していますから」
「アメリカ人としては、その考え方はあまり愉快じゃありませんね」
「アメリカは人種差別の歴史があるからな」
空気を読まない衛の発言に車内の空気が凍る。
でも私は嫌いじゃない、一番ダメなのはクサイものに蓋をして無かったことにすることだ。
「アメリカは今でも人種差別が多いんですよ。同じホモサピエンスなのに悲しいことです」
「気にすることはないのだ。同族同士で群を作って身を守るのは生物の本能なのだ。その人種差別だって群同士で対立しているだけなのだ」
その発言を聞いて、私は感動のあまりカゲトラのクルリとした目を無言で見つめた。
知的生命体のことを人間と呼ぶのであれば、彼女は間違いなく人間だ。
しかも、ただの人間じゃない、高度な知識と聡明な発想を有しているとびきり優秀な人間だ。
「カゲトラ、あなたはとてもクールですッ!! あなたを職員として採用するようHHSの局長に掛け合いたいくらいです」
「アイリスさん、唐突なヘッドハンティングはヤメテください。カゲトラは異世界生物対策課のエースなんだからアメリカなんかに渡しませんよ」
「ヘッドハンティングについては条件次第なのだ。私は日本政府よりも待遇がいいなら移籍してもいいのだ」
「カゲトラッ!!」
そんな話をしているうちに車はゲートのある白藤の滝にたどり着いた。
事前に聞いていた情報通り、滝の裏側にぽっかりと穴が開いている。
「今回は大荷物があるので、魔法で水の上を歩けるようにしますね」
水魔法≪ミズワタリ≫
衛や恵子は、由香に魔法をかけてもらうと迷いなく水面へ進んでいく。
そこで私は信じられない光景を目にすることになった。
衛や恵子が水に沈むことなく水面の上に立って歩いているのだ。
「私は水属性の魔法が使えるので、魔法の力で水面を歩けるようにしたんです。アイリスさんも水面を歩けるようにしたので、思い切って進んでください」
「私達の見送りはここまでなのだ。よほどの事が無い限り衛達が守ってくれると思うが、せいぜい頑張るのだ」
由香とカゲトラの激励を受けて、私はおそるおそる水面へ足を向ける。
「水の上を歩く……」
靴底が水面に接触するとポンポンと固いクッションのような弾力感を感じた。
「すごい、すごくアメージング」
一か月間のオントネーの生活で恵子が魔法を使うとこは何度か目にしてきたが、自分で魔法を体感するのはこれが初めてだ。
ただ見ているだけとは全く違う。
私はファンタジー小説の登場人物になったような気分で水面を歩き、衛達を追いかけた。
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