第14話 齋藤さん、撤退するときに来た道を戻ったらだめですよ
――齋藤司
「第2班、全滅しました全員牙門さんに矢で射抜かれました」
「第3班、落とし穴にハマった仲間を助け出そうとしたところを衛に襲撃されました。全員山刀で切られて全滅です」
「くそがああッ!!」
山の探索を開始してから三時間。
分隊から立て続けに全滅判定の報告を聞かされ俺は思わず木の幹を拳で殴りつけた。
俺は一度感情を爆発させた後、ゆっくりと息を吸って平静さを取り戻すのに務める。
悔しいがこの演習、勝敗はすでに決したといっていい。
俺の率いる第1班は乱杭で隊員を人失い、第2班と第3班は奇襲をうけて構成員3名全員がキル判定を受けた。
9名中、7名が脱落。
この時点で部隊は全滅どころか壊滅したと考えていい。
「班長、牙門さん達が銃持ってないから俺達油断してたんですかねえ?」
唯一残った部下である前川が苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
「それはない。お前だって、牙門と衛の二人が強いのは判っていただろ」
油断は無かった。
ただ、実力を見誤ってしまったのは事実だ。
牙門と衛の山岳兵としての実力は俺達の想像をはるかに超えるほど強かった。
これは実戦を想定した訓練だ。
このような状況で指揮官がとる最も適切な判断について考える。
「捜索を中止して撤退する。今の状況で捜索を続けてもキル判定を貰うだけだ」
「訓練だし俺は一矢報いたいです」
「お前が矢をぶち込まれるだけだから、やめとけ。それに、これは実戦を想定した訓練なんだ」
俺達は来た道を引き返して下山する。
幸い一度通った道は、ブービートラップを解除しているので罠にはまって立ち往生する心配はない。
そう思った矢先。
「ぐはあッ!!」
前川が背後から飛んできた矢の直撃を受けた。
矢が刺さることを防ぐために先端にラバーキャップを付けているとはいえ、音速を超える速度で飛んでくる矢の運動エネルギーはすさまじく、前川は指でピンポン玉を弾いたようときのようポーンと前方に吹き飛ばされる。
前川が倒され、俺があっけに取られていた一瞬の隙をついて茂みの中から衛が飛び出してきた。
振り下ろされた山刀を、小銃を盾にして防げたのは幸運と偶然のたまものだった。
「齋藤さん、撤退するときに来た道を戻ったらだめですよ。それじゃ、自分達がどこに居るか敵に教えてるようなものです」
「そうかい、じゃあ次は気を付けることにしよう」
俺はなんとか鍔迫り合いに勝利して、天原を引きはがすのに成功する。
俺は小銃を捨て、腰のホルスターからサバイバルナイフを抜き放つ。
「悪いが一矢報いさせてもたうぞ」
「やってみろ、エリート警官ッ!」
俺と衛は同時にナイフを振るう。
俺が狙うのは、衛が山刀を握る右腕の手首。
だが、俺の狙いは読まれていたらしく固い金属同士がぶつかるキーンという音が静かな森の中で響き渡る。
キンキンキンッ!!
刃がぶつかる音が連続して森の中に響き渡る。
ナイフファイティングは先に刃を敵の身体に当てれば勝ちだ。
互いに相手の狙いを読み、コンマ一秒で攻撃する防御するかを判断して刃を走らせる。
だがこの勝負、俺の方が有利なはずだ。
マジンになったときのゴタゴタで衛は身体の出来上がってきない15歳当時の状態に若返っている。
事実、衛は斬撃そのものは防いでも、運動エネルギーを受け止めることが出来ないらしく、刃を受けるたびに後退を強いられている。
このまま押し込んで斜面の淵に追い込めば勝てると思ったその時。
ズボッ!
俺の右足が乱杭を埋めた小型の落とし穴にハマりこんだ。
身体の重心が右側に傾き、俺は衛の目の前で無防備な姿をさらすことになる。
衛はその隙を見逃さない。
奴の振るう山刀が弧を描き、俺の喉元頸動脈の手前でピタリと停止した。
「これで、齋藤さんもキル判定ですね」
「そうだな、俺の完敗だ」
俺が墨を飲んだような気分でそうつぶやいた。
衛は後退しながら落とし穴がある場所に俺を誘導していた。
つまり、俺は最初から最後まで奴の掌の上で踊らされていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます