第13話 隊長、隊を三つに分けたのって正解だったんですかねえ?
――齋藤司
薄暗い森の中で、雪を踏み抜いたときに鳴るザシザシと足音だけが響き渡る。
周囲に見えるのはエゾアカマツの森と、足元を覆いつくす白い雪だけ。
「隊長、隊を三つに分けたのって正解だったんですかねえ?」
部下の一人が不安そうな声音で小さくつぶやく。
この暗い森の中で、牙門と天原が自分達を待ち伏せている、きっとそれが怖いのだ。
俺だって怖い。
例え牙門の武器が弓だけ、天原の武器がブービートラップと山刀だけだとわかっていても恐怖を感じる。
対するこっちはボディアーマーとアサルトライフルでフル装備をしている。
装備でも人数でも圧倒しているのだから普通に考えたら俺達が勝つのが当たり前だ。
勝って当たり前、負ければ大恥。
その事実がプレッシャーとなって俺の両肩に重くのしかかる。
「全員で固まって行動したら、罠で網打尽にされる可能性もあるからな。それに、今回の演習で俺達の作戦目標はマモノの捜索と駆除だ。大人数で列をなして歩いていたら目標を見つけるのが困難になる」
「確かに教科書通りにいくなら、隊を三つに分けて目標発見の可能性をあげるのがベターですよね」
「まっ、心配するな、相手は銃を持っていいない。茂みの中に隠れてる二人を探し出してフルオート射撃ぶち込めば俺達の勝ちだ」
探し出してフルオート射撃を撃ち込めば勝ち。
俺は、部下に行った言葉を自分の胸に言い聞かせて周囲を警戒しながら進んでいく。
ズボッ!
不穏な音が聞こえたのはその直後だった。
部下の一人、三枝が雪の下に掘られた落とし穴に見落として片足を突っ込んでしまった。
「大丈夫か? 三枝」
慌てて聞き返すと三枝はバツの悪い顔で苦笑いを浮かべた。
「あの~、怪我は無いと思うんですが多分これアウトです」
落とし穴はちょうど人の足一本がハマる程度の大きさで中に杭が埋め込まれていた。
杭は靴を貫通できるように先を尖らす代わりに先端に赤い塗料が塗られている。
「天原さん、訓練だからあえて先を尖らせなかったんですよね」
「そうだな……これがホンモノならお前の靴底を杭が貫通して足を負傷しているところだな」
これはベトナム戦争でベトコンが多用したというパンジ・スティック、日本では乱杭(らんぐい)と言われるタイプの罠だ。
藪の中のような足元が見えずらい場所に浅く落とし穴を掘り、その中に先を尖らせた木の杭を埋め込む。
石器時代から使われている簡単なトラップだが、短時間で設置できる割に歩兵に対する殺傷効果が高いので現代戦でも使用されることがある。
「三枝、お前は足の負傷により戦線離脱だ。車のある所まで撤退しろ」
「ですよねえ……ご武運お祈りしています」
あくまで実戦を想定した訓練なので、罠にかかって負傷判定を受けた隊員は撤退させるのがルールだ。
サバイバルゲームのゾンビ行為のように反則をして勝っても、実戦で死傷者を出してしまったら何の意味もない訓練になってしまう。
「くそがあッ!」
幸先よくひとり削ってニンマリしているであろう天原の顔を思い浮かべて俺は思わず悪態をついた。
俺は小銃を腰だめに構えて前方の地面に向かって射撃する。
何発か撃っていくと、地面に弾が当たっても跳ね返らず弾が茂みの中に飲み込まれる場所があった。
その場所を小銃の先で突いてやると、予想にたがわず乱杭の埋め込まれた落とし穴が掘られていた。
「目に見える場所だけで5カ所。この短時間でどうやって穴掘ったんだ?」
いくら山に慣れているといっても人間離れした芸当だ。
もっとも、どうやってこんな離れ業を実現したのかは予想がつく。
「天原の申告は、戦闘ではマジンの能力を使わないだったからな」
無数の落とし穴は肉体強化魔法で得た怪力で強引に地面を掘り返したのだろう。
この先に怪力を駆使して作った罠が無数に用意されていると思うと、とても気が重くなった。
――牙門十字
「やっぱり矢羽根の効果は、すごいな」
いままで10メートル先の目標に当てるのがやっとだったが、矢羽根を付けることで30メートル先の目標にも命中が見込めるようになった。
そして今、ちょうど30メートル先で、駆除班の隊員が蔓草を利用して作ったスネアトラップに引っかかって足止めを食らっている。
「しかし衛の奴もえぐいよな」
いくら肉体強化魔法で怪力を得ているとはいえ、乱杭、スネアトラップ、落石トラップetsと多種多様な罠を短時間で仕掛けて回る知識と技術には感動を覚える。
だが、俺も負けてはいられない。
せっかく罠にかかって動けなくなった敵が居るのだ。
こんな美味しそうな獲物を逃す手はない。
「出力70ポンド」
滑車とてこの原理を使って人間の力では生み出せない張力を弦に与えるのがコンパウンドボウの特徴だ。
特に最大出力70ポンドで放たれた矢の初速は音速を超える。
「ぎゃあああッ!!」
撃たれた隊員の悲鳴が静かな森の中に響き渡たった。
ボディーアーマーの一番装甲が厚い胸部部分を狙ったので大怪我はしていないと思うが、スネアトラップを引きちぎって吹っ飛ばされるほどの衝撃を受けたのだ。
矢を受けた隊員はしばらく動くことすらできないだろう。
一射撃った俺は迷わず匍匐前進で木の幹を盾にできる位置に移動する。
仲間を撃たれたマモノ駆除班の隊員二人が、フルオート射撃で狙撃地点を薙ぎ払うがもう遅い。
彼らはフルオート射撃で誰もいない場所を薙ぎ払うことになった。
俺は矢をつがえ、撃ち返してきた二人のうちの一人に狙いを定める。
「ぐえッ!!」
カエルが潰れた様な声をあげて、二人目の隊員が矢の直撃を受けて吹き飛ばされる。
俺は迷わず3本目のー矢をつがえ最後の一人に狙いを付ける。
正直、フルオート射撃で狙撃地点を薙ぎ払ったのは大ポカだ。
そのせいで、彼は銃のマガジンを腰にある予備のものに取り換えざる得なくなった。
奴がマガジンを交換して射撃するよりも、俺が3本目の矢を打つ方が早い。
「ぐはっ!?」
マガジンを交換して銃を構えたところで三人目の隊員に俺の放った矢が直撃した。
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